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第6話 千歳、埴輪ブームに困惑する。

朝。こたつの中はぬくぬく、部屋の空気はぎりぎり人類が活動できるレベルの寒さだった。


「……さて、本日の神託を申し上げます!」


いつもどおり朝の女神タイムを始めたリィナが、ドヤ顔で紙を掲げた。


「ラッキーアイテムは……埴輪!」


「また埴輪!?」 


「ラッキーフードは干し芋、ラッキー動物はナマズです」


「もう、なんか節操なさすぎない?」


ぶれぶれにもほどがある。


「っていうか、埴輪に関してはそろそろ冷静に考えたほうがいいと思うんだけど」


私はため息をついて、こたつの中で丸くなったヨモツを見やった。


神像開発部・主任代理。見た目は完全に縄文系だが、中身はれっきとした弥生人。得意分野は土。


「ヨモツさん……最近、ずっと埴輪しか作ってませんよね」


「うむ。我が神像、いまや土偶をも超え、神代の気配を宿す……」


誇らしげに頷くヨモツ。今朝もすでにこたつの横に3体、完成品が並んでいる。


よく見ると、ひとつは顔がセラスそっくり、もうひとつはリィナ、そして……最後は、妙に目つきの悪い私?


「ちょ、待って! 私をこんな魔除けみたいな顔にしないで!」


「事実を反映したのみじゃが」


「失礼な事実やめて!!」


隣でぶりっ子声が混ざったあくびが聞こえる。


「はぁ~、今日も会社、始業時間ギリギリなのです……っていうか、ぶっちゃけ今のうちの会社ってさ、埴輪屋さんなのです?」


「え、ちょっと待って」


私は箸を止める。


「佳苗、それ、言ったら負けなやつ」


悲しくなった。私は埴輪会社を作った覚えはなかったからだった。


その日のお昼、リィナがいつものように寝転がりながら、拾ってきたポータブルテレビをいじっていた。


「おおっ! 見よ、千歳! ほれ、これ!」


画面にはワイドショー風の番組が流れており、派手なテロップが飛び込んでくる。


《令和のミステリー!? 突如人気爆発・謎のリアル埴輪!》


「……へ?」


「今、テレビで特集してるのです。見てください、これ!」


佳苗がすかさずスマホでSNSを開き、タイムラインを見せてくる。


《『家にあったら神が宿った』『マジで夢に出た』『なんか運気上がった気がする』――リアルすぎる“謎の埴輪”が話題に》


「……ちょっと待ってこれ、絶対うちのやつじゃん」


画面に映っていたのは、どう見てもヨモツ作の埴輪だった。


独特の泥くささと、絶妙に現代人の顔に寄せてくる仕上げ。


誰がどう見てもあの“ヨモツ・タッチ”である。


「この前セラスが手売りに行ったやつかも。なんか、駅前でおばあちゃんに勧めてたし」


「つまり……!」


女神リィナが立ち上がり、謎の女神ポーズを決めた。


「我らの時代、来たのでは!? 来たる埴輪元年! ピコリーナカンパニー、世界に名を轟かす!」


テンションがぐんぐん上がっていく一同。


しかし、その盛り上がりに冷や水を浴びせるような続報が画面に流れる。


《ただいま問題となっているのが、“販売元が不明”という点。ネットオークションなどには模造品とみられる類似品も出回っており……》


「販売元不明……?」


「……っていうかさ。うちら、名前すら出てないのですけど~?」


「そりゃそうだよ。セラス、名刺すら持ってないし」


「あとお釣りの計算できないです」


私たちはしばし、テレビと現実の狭間に沈黙した。


売れ始めているのに、うちらの会社名は出てこない。つまり――


「……なんか、すごい機会損失してない?」


ひんやりとした沈黙が、部屋を包んだ。


会議室、いや正確には元・会議室、現・段ボールベッド付き埴輪陳列所(照明は間接照明ならぬ“間接土器”)。


「――というわけで、現在、我が社の神像(埴輪)は巷でバズり中。しかし!」


ホワイトボードにマーカーで【現在:売れてる】【問題:うちの名前出てない】と書き殴った私は、腕を組んで全員を見渡した。


「セラス1人の手売りじゃ限界あるよね?」


「……申し訳ありません」


申し訳なさそうなセラスが神妙にうつむく。が、その横でリィナは「顔がいいのにもったいないよなー!」と謎の採点をしていた。何の話だ。


「ていうか、セラス。売ってるとき、なんて言ってんの?」


「“どうでしょう、おひとつ。家に置くと永眠できます”……と」


「それ死んじゃってない?」


「エルフの美声とオーラで押しきるつもりだったのです。第一、埴輪のセールストークなんて考えたこともないのです」


佳苗が冷めた声でツッコミを入れた。


「じゃあ何? 今のうちら、完全に口コミと謎バズ頼りじゃん」


「もはやバズ神の加護だな」


ヨモツが陶器のかけらを磨きながら口を挟む。


違う、そういう神じゃない。


「これからは、売り方をちゃんと考えなきゃいけない時代なのよ。戦略が必要、戦略が!」


私はスマホを取り出し、ネットショッピングアプリを開いた。


「通販サイト、作ろう。商品はある。あとは写真と説明と……」


「発送用の段ボール?」


「それもそうだけど! 在庫が大量にあるのに売れないって一番もったいないじゃない!」


「ほーう、ついに会社らしいことするのです?」


佳苗がこたつから半身だけ出してニヤッと笑う。


「うちら、ピコリーナ・カンパニーって名前でいくの?」


「……他に案ある?」


「“埴輪の館”とか、“神像フェアリーランド”とか」


「やめて、それ絶対どこかの怪しいスピリチュアル通販サイト」


「ふむ。では我が社の使命は、世界に神の像をばらまき、あわよくば利益を得ることにある」


「ヨモツ、それ言い方がちょっと宗教っぽいからやめて?」


とにもかくにも、私たちは本格的に「埴輪を売る会社」として動き始めることになった。


社名はピコリーナ・カンパニー。


事業内容:埴輪の制作・販売。


現状の問題点:営業力不足、知名度なし、全体的に寒い。


でも、誰かが言ったように――


「これ、戦略でいけるかも」


私は心の中でガッツポーズした。


そのとき。玄関のチャイムが、ちりん、と鳴った。


「……誰か来る予定だった?」


「いえ、ございません」


「なのです。ていうか、なんか空気、変じゃないのです?」


「Amazonじゃ」


「……Amazon配達員、うちのビル来たことないでしょ」


玄関を開けると、そこには――


黒レースのミニドレスに身を包み、傘を日傘代わりに肩にかけた、小悪魔系の少女が立っていた。


「ごきげんよう♡ 面接に来てあげたわよ、ピコリーナ・カンパニーさん♪」


あからさまに何かのファンタジーから抜け出してきたようなその子は、クルッと回って名刺(?)を差し出してきた。


《クロエ・ディアノス。異世界から来た:販売と宣伝のプロフェッショナル♡》


名刺の最後には、なぜか「♡」マークが3つも並んでいた。


名刺を受け取った瞬間、私は頭を抱えた。


「異世界から来た販売と宣伝のプロ……って、そんな都合のいい人材いる!?」


「うふふっ♡ ちょっと自信ありすぎる子って思った? でも事実なのよ?」


クロエ・ディアノスと名乗ったその少女は、玄関でクルッと回って黒レースのフリルをひらひらさせながら自己紹介を続けた。


「私はね、もともと『地獄市場(じごくいちば)株式会社』のエース営業よ? ブラック企業だったけど、その分修羅場は慣れてるわ♡ 目標達成のためなら、魂を削る営業も、悪魔的プレゼンも、ぜーんぶOKよん!」


「絶対ヤバいところじゃんそれ!!」


思わず素で叫んだ。


クロエは全く悪びれずにウィンクして言う。


「埴輪のバズり、見たわよ。すっごく良い波きてるわよね~。こういうときに一気に展開しないと、あっという間に飽きられちゃう。そこのタイミング、超重要♡」


「……うん、理屈は合ってるけど」


「なので、私が広告塔になってあげる。販売戦略も任せて。かわいいは正義、ゴスロリは武器。しかも私、声も出せるしSNSも得意なの」


「やけに準備いいな!」


「ええ。だって、神の導きで来たんだもの♡」


その瞬間。


なぜか会議室に、ひゅうっと風が吹いた。


「今、ドア、閉まってたよね?」


「なのです」


「窓も開けてないよね?」


「なのです」


不意に、ビルの中に響き渡る声。


《――この者、神の力を持った求人票によって応募した。ゆえに、採用以外の選択肢は認められない》


「来たーーーー!!!」


私は叫んだ。


「またこのルール!? なんで!? どうして!? 採用せざるを得ない制度!!てか、応募=採用ってなにそれ! 私35社落ちたのに!」


リィナが肩をすくめて言う。


「求人票を出したのは千歳だしな。きっと落ちたくないという信念が込められてたのじゃろう」


佳苗がスマホでお茶を飲みながら、どこかの掲示板に投稿されていた「異世界転職Q&Aスレ」らしき情報を読み上げた。


《Q:神のアイテムで来た人って断れますか?

A:無理。神だから。》


「いや、Q&A雑すぎない!? 神だからって全部許されると思うなよ!?」


だがもう遅い。


クロエは勝ち誇ったように腰に手を当て、くるりと一礼した。


「それでは、販売促進部・宣伝課のクロエ・ディアノス、よろしくお願いしま~す♡」


セラス、リィナ、ヨモツ、佳苗、私――ピコリーナ・カンパニーの全員が、一斉に机に突っ伏した。


こうして、新たなカオスの風が、ピコリーナに吹き込まれたのだった。



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