校舎の屋上で風見鶏が勢いよく回っていた。今日も学校という一日が始まる。嫌だと思いながらも、重い腰を上げて起きたベッドの上、昨日の起きたことはなるべく忘れて次の日を過ごす。良いも悪いも過ぎ去った日々は過去に流すタイプだ。あの時どうだったと聞かれても、動画や写真に残されていなければ、記憶がない。
あくびをして、教室前の廊下を歩く。あちらこちらで女子たちが歩き、男子はかたまって話してるのが見える。いつも集団で行動するのは好きじゃないが、会話するのは得意だ。寝癖をつけたまま、ぼんやりと覗く。
「おいおい。
「マジで、ビビるわ。本当。なんで、そこにいるんだよ。ここに来いよ」
呼ばれれば、言う通りに中に入る。颯真はそういう性格だ。群れるのは好まないが、あえて中に入っておどけて見せたり、盛り上げる。人気者であることは間違いなかった。
「わざとに決まってるよ。お前らを驚かすに決まってるだろ」
「マジかよ。この寝癖つけて。妖気漂いすぎだわ!」
「「「ハハハ……」」」
お調子者と言われたこともある。クラスメイトには男女問わずに声をかけられて、委員会の役員も推薦されて勝手に仕事をすることになったこともあった。まぁ、できないことはないと思ってるため、苦痛な思いはしなかった。他人に何かをすることは承認要求を満たすことでもある。颯真は、嫌な顔ひとつしないで、笑ってごまかした。みんな、面白ろおかしくいじりまくる。芸人のように扱って楽しんでいる。時々、やんちゃな
「颯真、購買部でカレーパンおごってくれよ」
「は? それ、恐喝だから」
「またまたぁ。いいだろう。昔からのよしみでさ」
「どんなよしみだよ」
どうにか交わしながら毎日を過ごす。颯真にとって、クラスメイトとの関わりでは苦ではなかった。明日が来るかわからないと悩む時間が訪れるのは、学校の授業をしっかりと受けて、帰宅部としてコンビニアルバイトに集中したのち、電動自転車に乗って、着いた先のおどろおどろしいドアを開けた瞬間だ。異臭が漂い、足元は踏み場もないくらいの物が散乱してゴミが重なり合っている。ゴミ袋はあちらこちらに固まって捨てずに残っている。テレビやテーブルは一体どこにあるのかと探すのさえ億劫になる。
そして一番の難関な出来事は、天井にロープをつなげて、輪っかを作り首を通そうとしている母親の姿だ。服はボロボロ、髪をぎしぎし、顔はげっそり。
「……颯真、おかえり。今日、お母さん。今度こそ、良い夢見るからね」
「ちょ、ちょっと!! 母さん。やめろって。いや、マジで。毎回、毎回。俺が帰ってくるの見計らって首絞めようとするのやめてくれないかなぁ!!!!!!」
ドアを開けた瞬間は、地獄を見てるかのように胃袋が締め付けられるのがわかった。学校での明るい表情に、自宅ではどろどろとよくない空気が宙を舞っている。
「やっと、帰ってきたか。颯真。いつまで、そうしてるつもりだ。言っただろ。早くしないと母親の命はないと……」
フワフワと空中に浮かぶ黒い物体。コウモリが話していた。
「全く……何回も何回も片付けてもどこから持ってくるんだ。こんなゴミを。今、やってくるから。母さんを地獄に誘惑するのはやめろよ」
「わかればいいんだよ……」
颯真は、クローゼットの中から全身真っ黒の服に黒いマスク。黒い帽子。黒いサングラス。昼間の明るい性格はどこに行ったのかというくらいの真っ黒な姿に違和感を覚えたが、コウモリからの指示は絶対だ。言うことを聞かなければ、母親の命を吸い取ると言われている。手にはサバイバルナイフが握りしめられていた。
「今日も行って来なくちゃいけないのか」
「早く行けよ」
コウモリはバサバサと颯真を急かす。ベランダに抜ける窓をからからと開けて、身軽にジャンプした。コウモリは颯真の肩に乗る。
颯真が夜中に外に出かける時は、月と星は雲に隠れて真っ暗闇な世界へと変貌する。
ナイフを開いて、街中の光で輝く刃先を見つめた。颯真は、深呼吸をして黒いコウモリとともに人々が行き交う街中へと消えて行った。