「おかえり、おにいちゃん! きょうはね、ようちえんで
いつも、いつも。
「かすみのがいちばん
「へえ、しっかりした子だな」
感心したような彼の声。
「うん、それでまおちゃんが『みつるくんと
「幼稚園には他にカッコいい男の子いないの? その『みつるくん』は?」
博己が特に嫌がる様子でもなく問うのを全力で否定する。
「だって、おにいちゃんがいちばんかっこいい! おとうさんもかっこいいけど、もうおかあさんと
変と言うなら「父」でも「兄」でも変わらないというのは、当時の佳純の頭にはなかった。
──兄として、家族として、だけではないことに気づいたのはもっと時間が経ってからだったけれど。
佳純が初めて博己を「特別」だと感じたのは、幼稚園で催された夏祭りの夜だった。
浴衣の裾を翻しながら、佳純は博己の手を握って園庭を走り回った。屋台の金魚掬いで、佳純が掬った小さな赤い魚を保育士が笑いながら水とともに透明な袋に詰めてくれる。
「佳純の星みたいだな」と言う博己のその笑顔が、佳純の小さな胸に熱い波を起こした。
「おにいちゃん、ずっとかすみといっしょだよね?」
無邪気に尋ねると、博己は「当たり前だろ」と頭を撫でてくれた。その手の温もりが、佳純の心に初めて「何か」を刻んだのだ。
それは、家族への愛とはどこか違う、名付けられない疼きだった。
家に帰ると、母が佳純の浴衣を脱がせながらふと呟いた。
「佳純、博己くんに甘えすぎちゃダメよ。博己くんも自分の時間が必要なんだから」
その言葉に、佳純は唇を尖らせた。
「だって、おにいちゃんはかすみのだもん!」
言い返した娘に、母の目には一瞬の心配が浮かんだ。
当時の佳純にはその意味がわからなかったが、母はどこかで佳純の博己への執着が普通の妹のそれを超えていると感じていたのかもしれない。
その夜、博己が七夕について教えてくれたのも覚えている。
「織姫と彦星は年に一度だけ会えるんだ」
佳純は義兄の話に目を輝かせたが、織女と牽牛が引き離されているという話に、胸がちくりと痛んだ。「なんで一緒にいられないの?」と尋ねると、博己は笑って「天の川が邪魔するんだよ。でも、愛してるから会おうとするんだ」
答えたその言葉が、佳純の心に深く刺さった。自分も博己とずっと一緒にいたい。
──そんな思いが、幼いながらに芽生えたのかもしれない。
佳純は、博己の笑顔が他の誰とも違う特別なものだと幼いながらに感じていた。
それは家族としての愛を超えた、名付けられない熱だった。