ケイが「出て」きたのは、夏の日のこと、うだるように暑い日だった。蝉の声が耳を焼いていた。
「ひゃあ、暑いなあ。やっとられんわ」
外に出て、陽光に照りつけられ、ヤスは悲鳴を上げた。その声がまたうるさいので、俺は黙って、虫を避けるように宙を手でかいた。かざした手を、容赦なく白い日が焼く。
「あーあ、ホウジ、これから遊びに行かん?」
ヤスはTシャツをあおぎながら、目を糸みたいにして俺に尋ねた。目の先に汗が流れ込んで、開けるに開けられないらしい。
「そうやなぁ」
俺は曖昧に返した。何分暑くて、今すぐ部屋に引っ込みたい気持ちだった。それは外の無料のエアコンの方が得な気がしたが、部屋の中でだらっと寝転がりたい気持ちもあった。
耳の奥がうだって、苛々と急き立てている。それでも、夏は好きだった。あんまりしんどくて、色んなことを忘れられるから。
「なんや、はっきりせえさ」
「やっぱ今日はやめとくわ」
「なんやねんな」
俺は手を振って、歩き出した。背中にしょったリュックが、張り付いて気持ち悪い。やっぱり着替えてだらけるに一票だった。
どでかい校門を出て、下宿先のアパートへ続く道を歩く。俺はここの道を気に入っていた。喧騒からはずれて、ちょうどいいぐらいに静かだ。住宅街というのは、そういうものなのかもしれないけど、ヤスの住んでる学生マンションまでの道は死ぬほどうるさいことを考えると、俺は正しい選択をしたと思う。
角を曲がって、もうすぐ家だ。そこで、俺は声をかけられた。
「ほうちゃん」
幽霊に声をかけられたのかと思った。夏の陽気に相応しくない、温度のない、撫でるような声音。俺はぎくりとした。だけど、あくまで動揺を見せず振り返った。こういうのは、刺激をすると良くないと誰かが言っていたせいだ。
「ほうちゃん、久しぶり」
長身の——けれど、柳みたいにやわらかな様子の男が、ひとり、電柱により掛かるように立っていた。
長めの黒髪から、ぽたりと落ちた雫——汗だとわかっているが、こっちの方がしっくりくる——が、そいつの水色のシャツに染みをつくった。 前髪の隙間から、黒目がちの目がこちらをうかがっている。濡れているみたいに、しっとりした目。桜色の薄い唇から、八重歯がのぞく。
ああ。俺は思う。
ケイだ。間違いない。
「出てきた」のだ。刑期を終えて。