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第3話 成人式



 あれから二年。私は大学二年生になり、二十歳の誕生日を迎えようとしていた。



「七海ちゃん、そろそろ誕生日でしょ? 確か8月8日だったわよね。覚えやすいって話してたじゃない。で、成人式ってどうしたの? 休まなかったじゃない?」


「……ユウさん、私、そういうのいらないんです」


 私がにっこりと笑って答えると、ユウさんの顔がぐにゃっとゆがんだ。



「あら、やだ。そんな綺麗でピチピチな時間は長くないんだから、記念に写真くらいとっておきなさいよ。私がお金出してあげるから。……うん、業務命令。着物を着て写真を撮ってきなさい。そして二枚現像して、一枚は私に頂戴」


「え? ……でも」


「業務命令!」


「……はい」



 ユウさんはスマホを取り出すと、カレンダーのアプリを開いた。


「今週の土曜日の予定は?」


「ここのバイトくらいですけど……」


「じゃあ、決まりね」


 渋っている私をよそに、ユウさんはスマホを取り出して写真館を予約してしまった。


「じゃ、写真館の予約内容をスマホのメッセージで送ったから。ちゃんと写真館に行ってきなさい」


「……ありがとうございます」


 私はなんでユウさんはこんなに親切にしてくれるんだろうと、不思議に思った。



 土曜日。予約時間の10分前に写真館に着いた。


「あの、ネットから予約した酒井ですが」


「お待ちしておりました。酒井七海様ですね。本日はお着物での撮影ですね」


「……はい」


 私は写真館の衣装ブースに案内された。そこには20着くらい、色々なデザインの着物が並べられていた。



「じゃあ、これでお願いします」


 私は淡い青色の着物を選んだ。


「髪飾りもありますが、お付けになりますか?」


 写真館の人が、髪飾りをいくつか持ってきてくれた。私は藤の花を模した飾りのついた髪飾りを選んだ。


「……こちらをお願いします」


「はい。それではこちらでメイクをしますね」



 私はメイク室に通され、化粧を施された。


「肌、お綺麗ですね」


「……ありがとうございます」


 鏡の中に、メイクされた私の顔が映っている。すこし派手な気もしたが、写真を撮るのだからこのくらいはっきりと化粧をしたほうが良いのかもしれない、と思って何も言わなかった。



「それでは、スタジオへ移動お願いします」


「はい」


 私は慣れない和服で緊張しながらも、写真館の人について行った。


「椅子の前に立ってください」


「はい」


 私が青い背景用の布の前に立つと、カメラマンが機械を操作して背景を赤っぽい色の布に切り替えた。



「はい、にっこり!」


「……」


 私はカメラマンの掛け声に合わせて微笑んだ。


「はい。いいですよ」


 カシャ、カシャ、とシャッター音が何回か響いた。



「はい、お疲れさまでした」


 私は少し濃いメイクのまま、着替えを済ませた。


「お着替えはお済ですか? それではこちらのパソコンでお写真をお選びください」


 写真館の人がパソコンを操作すると、私の晴れ姿が画面の中にいくつか並んだ。


「……これで、お願いします」


 私は一番嬉しそうに見えた写真を一枚選んだ。


「一枚でよろしいんですか?」


「はい」



「それでは、出来上がり次第ご連絡差し上げます。連絡先をこちらにお書きください」


「はい」


 私はアパートの住所と携帯の番号を書いた。


「本日はありがとうございました」


「いいえ、こちらこそありがとうございました」


 写真館の人はにこやかに私を送り出すと、店の中に戻っていった。



「うわ、結構時間かかっちゃったなあ……」


 私は化粧を落とさずに職場に向かった。



 バー『有象無象』に着いた。


 重い扉を開けると、ユウさんの明るい声が響いた。


「あらー。今日は化粧が濃いわね」


「あ、あの写真館で写真撮ってもらって、そのまま来たので……すいません」


「いいのよ、あやまらなくて。でも、化粧するとちょっと老けて見えるわね」


「……あはは」


 私は笑いながら、制服に着替え、店の掃除を始めた。



「ところで、ユウさんはなんで私に、こんなに親切にしてくれるんですか?」


 ユウさんは炭酸水を飲んでから、ぼそっと言った。


「……大事な人を傷つけたから……親切な人のふりをしたいのよ」


 私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれないと思って「ふうん」とだけ言った。



 一週間後、出来上がった写真をユウさんに渡した。


「へー」


「馬子にも衣裳、って言いたいんでしょ、ユウさん?」


「言わないわよ! 綺麗よ。良いじゃない」


「……ありがとうございます」



 私は照れ隠しで自分のほっぺを引っ張る。


「ユウさんのおかげです」


 そっぽを向いたまま、私はユウさんに言った。



「記念日はね、大事にしておいたほうがいいわよ」


「そんなものですかね」


「そんなもんよ。年を取ればわかるわ」


 そう言って、ユウさんは私の写真を見て目を細めた。



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