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第11話 もう一度はじめから

 都内の小さなレストランについた。貸し切りの看板がかかっている。一樹の専門学校のクラス同窓会はそこで行われていた。


「よお、一樹! お前、社長業はどうよ?」


「ああ、まあ、なんとかね」


「そっちは新しい彼女?」


「どうも」


 私は会釈をして、言葉を濁した。



 中に入ると20人くらいの人がいた。



「さくらちゃん!」


「わが校のアイドル、健在!」


 市村さくらは本当にアイドルみたいにかわいかった。


 男性が多いから、だけではなく、市村さくらは目立っていた。


「あ、一樹! 久しぶり」


「……どうも、市村さん」


 市村さくらは悪びれもせず、平然と一樹に微笑みかけた。



「あれ? そちらは……」


「婚約者だよ」


 市村さくらの顔が、不愉快そうにゆがんだ。


「ふうん」


「どうも、はじめまして」


 アイドルみたいにかわいい顔をした市村さくらに手を差し出す。



 市村さんは、私の手を握って、耳元でささやいた。


「マザコンの相手、大変ね」


「……!!」


 私は市村さんの手をぐっと強く握った。



「痛いっ! 何するのよ、この人! こわーい!」


 市村さんが悲鳴を上げると、男たちがわらわらと集まってきた。


「一樹さんと、一樹さんのお母さんを侮辱しないでください」


 私の声が店に響いた。


「……七海さん、やめて。もう、いいんだよ」


 一樹が私の手を市村さんから離した。一樹は優しく微笑んでいる。



「一樹、女の趣味悪いんじゃない? こんな人、やめたほうがいいよ!」


「市村さん……君は変わらないんだね」


「え?」


 市村さんは一樹のほうを見た。一樹は静かに微笑んでいる。


「僕は、何もわかってなかった。君の本性も、ね」


 一樹は私の手を取って、店の外に向かって歩き出した。



 一樹は思い出したように振り返ると、市村さんに向かって言った。


「市村さん、君と付き合って一つだけよかったことがある」


「は?」


 市村さんは不愉快そうに一樹を睨みつけている。


「七海さんに、出会えた。本当に大切な人を、見つけられたんだ」


「なにそれ、意味わかんない」


 市村さんはさげすむような眼で一樹を見ている。


「さようなら、市村さん」



 一樹は受付をしていた同級生に声をかけた。


「ごめん、僕たちは帰るよ。元気でね」


「一樹、どうしたんだよ? もう帰っちゃうのか?」


「また、機会があったら会おう」


 一樹はそれだけ言うと、私を店から連れ出した。



 車の行きかう道路の脇を歩きながら、一樹がぽつりと言葉をこぼした。


「……ごめんね、七海さん。……僕がまちがってた」


「どうしたの? 急に」


 一樹は微笑んだまま、首を振った。


「……僕、市村さんがいなくても幸せになったって、平気なんだって、みせつけたいって思ってたんだ。でも、そんなくだらないことに、君を付き合わせたのは間違いだったってわかった」


「……ふうん」


 私は薬指に輝くおそろいの指輪を見つめた。



「せっかくの同窓会に水を差しちゃって、わるいことしたな……」


 一樹はうつむいたまま、ぼそりと言った。私は早足で歩きだした。


「……? 七海さん?」



 私は薬指から、指輪を外した。


 一樹が泣きそうな顔で私を見つめている。



「ねえ、せっかくきれいな恰好してるんだし、飲みなおしにいかない?」


「……どこに?」



 私は外した指輪を一樹に渡して、彼の震える唇にそっとキスをした。



「あの場所で、もう一度、出会いからやり直そうよ」


 一樹が頷いた。笑った一樹の頬に、涙が一粒ころがった。


「ああ、行こうか」


 一樹がくしゃくしゃの笑顔で言う。


「うん」


 私も笑顔で頷く。



 そして、私たちは手をつないで、ぬしの待つバー『有象無象』に向かって歩き出した。


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