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第8話 彼女さん

「やっと終わったぁ~」


「まだ午前だけだけどね」


「うぅ。今それを言わないでほしい。せっかく頑張った気持ちでいっぱいだったのに」


 あの後、残りの午前中の授業を何とか乗り越え、ようやくお昼休みとなった私と伊織は、一つの机を挟むようにして向かい合い、お互いに用意した昼食を食べていた。


「それにしても、伊織のお弁当は相変わらず凄いなぁ。手作りなんだっけ?」


「そうよ。体型を維持するためには、日頃の努力が大事なんだから」


「ほぉ〜。さすがだね」


 伊織がいつも食べているお弁当は、彼女自身が毎朝早起きをして作っているお手製のお弁当で、野菜やらご飯やらがバランスよく入っている。


 何でも彼女は小学生の頃、一時期ではあるがぽっちゃりとしていた時期があるらしく、そのせいで少しばかり嫌な思いをしたらしい。


 そのせいもあり、今では自分で栄養バランスを考えた料理を作り、徹底的に体型を維持するため頑張っているのだ。


「私からしたら、伊織はもう少し太ってもいいと思うけどねぇ」


「甘いわね。さっきも言ったけど、日頃の努力が大切なの。今は学生だからいいけど、大人になったら一度崩れた習慣や体型を戻すのは大変なんだから。今からでも習慣を維持するために頑張らないと」


「相変わらず意識高いなぁ。あ、唐揚げもらうねぇ」


「あ、ちょっと……」


「う〜ん。美味しい」


 伊織の作る料理は、どれを食べても驚くほどに美味しくて、野菜嫌いな私でも伊織が作った野菜料理なら余裕で食べられる。


 まぁ、今食べたのは唐揚げだけど。


「いつもいつも、勝手に食べないでよね」


「ごめんて。なら、お詫びに私のパンを一口あげようか?」


「ふん。そんなので許されると思わないでよね」


 伊織はそう言いながらも、私が差し出したパンを一口食べ、しっかりと噛んでから飲み込む。


「それにしても、月華は相変わらずパンばっかりだね。お母さんに作って貰えばいいのに」


「別にいいよ。私は食べられれば基本的には何でもいい人間だから、忙しいお母さんに無理してまで作ってほしくないし」


「その割には私があげた飴を不味いって言ってたよね」


「いや、不味い物に不味いって言っただけだし。食べられればいいとは言ったけど、味もそれなりに大事ではあるよ」


「そーですかー」


 お母さんは仕事が忙しい人だから、いつも作ろうかって聞いてくれるけど、朝くらいは少しでもゆっくりしてほしくて、いつもお弁当は要らないと言っている。


 だから私は、いつも学校に来る前にコンビニでパンやおにぎりを買ってお腹を満たしているのだ。


「でも、やっぱりパンやおにぎりばっかりだと体に良くないよ?」


「そうは言ってもねぇ。私も早起きまでしてお弁当を作りたいとは思わないし、面倒じゃん」


「はぁ。なら、明日から私が作ってきてあげようか?」


「ふぇ?伊織が?」


「そう。友達としてあんたの食生活が心配なのもあるし、二人分くらいならそんなに手間も変わらないからね」


「うーん。でもなぁ」


「なに。私の料理じゃ不満ってわけ?」


「そうじゃないけど」


 確かに伊織の料理は美味しいし、彼女のお弁当を毎日食べれるのもそれはそれで良さそうだけど、なんと言うか人と深い関わりを作るみたいでちょっと躊躇ってしまう。


 でも、伊織は意外と頑固なところがあるので、一度言ったことは絶対にやろうとするし、多分ここで断っても勝手に作って持ってくる可能性もある。


 伊織はツンデレちゃんなのだ。


 まぁ、ツンの方が強めだけど。


「わかった。なら、お願いしようかな。でも、材料費まで負担してもらうのはさすがに悪いから、私のお弁当に使った分のお金はちゃんと後から請求してね。ちゃんと払うから」


「はぁ。また面倒なことを。まぁわかった。なら、明日から作ってくるから、ちゃんと学校に来なさいよ」


「わかってるって」


 とはいえ、夏休みまであと数日しかないし、夏休みが終われば伊織も私のお弁当のことなんて忘れるはずでしょ。


「あ、そうだ。そう言えば朝の話の……」


「輝璃」


「ん?」


 そんな事を考えていると、伊織が何かを言いかけたタイミングで教室の扉が開けられ、誰かが輝璃の名前を呼びながら中へと入ってくる。


 するとそこには、上にジャージを羽織った如何にも運動部といった格好をした背の高い女子生徒が立っており、輝璃もそんな彼女に気がついて近づいて行く。


「あれ、誰?」


「は?あんた、彼女のこと知らないの?」


「うん。他のクラスの人とか興味ないから」


「はぁ。まったく。彼女は同じ学年の唯依柚奈って言って、バスケ部のエースだよ。夜月さんとは一年生の頃から仲が良いらしくて、よく二人で一緒にいるのを見かけるんだけど、見たことない?それに、今みたいにたまに教室にも来てたけど」


「ない。それに、そもそも興味なかったから、来てても気づかなかったみたい」


「あんたって子は。ほんと、猫みたいに興味がない物には徹底して興味がないよね」


「仕方ない。それが私だもの」


 まぁ、そんな私のことはさておき、あれが輝璃の言っていた彼女さんかぁ。


 ふーむ。なるほどねぇ。


 如何にも部活命って感じの女の子だ。


 パッと見ただけでも部活が何よりも大切で、その後に部活の仲間なんかを大切にする典型的なスポーツマンって感じ。


 恋人が出来ようともそこに優劣は無く、好きな順位はせいぜい部活と同列くらいがやっとで、それ以上にはなり得ないって感じかな。


「そりゃあ輝璃も大変だ」


 人は誰しも、程度の差はあれ誰かの特別になりたいと思っている。


 子供であれば両親の、恋人であれば相手の特別になりたい。


 他と一緒ではなく、自分だけを見て欲しいと思う瞬間が必ずある。


 それが人間というものだと私は思ってるから、だから何となく分かってしまうのだ。


 輝璃が今、幸せそうじゃないってことが。


「伊織。あの二人って、仲良さそうに見える?」


「そりゃあね。むしろ、仲が良くなければわざわざ他の教室まで尋ねてきて話なんてしないでしょ」


「まぁ、確かにね」


 伊織の言う通り、一見すればあの二人は仲良く会話をしているように見えるけど、輝璃から昨日聞かされた話のことを思うと、どうにも私には柚奈って人が輝璃との約束を放棄した謝罪と、その埋め合わせで会いに来たようにしか見えない。


「私が歪んでるだけなのかなぁ」


「なんか言った?」


「いや、何でもない。早くお昼食べよ」


 別に輝璃とその彼女さんがどうなろうと、私的にはどうでもいいから助けようとは思わないけど、何だか見てても気分がいいものじゃないから、私はそう言って二人から視線を外すと、残っていたパンを一気に口へと入れ、何だかモヤモヤする気持ちと一緒に噛み締めるのであった。





「……あ、そういえば今日、遊びに誘ったんだった。どうしようかな」


 そうしてお昼を全部食べ終え、午後の授業を受けている途中。


 ふと朝のことを思い出した私は、自分が輝璃を遊びに誘ったことを思い出す。


「私は遊びに行くのはいいけど、輝璃はどうするつもりなのかな」


 お昼休みの時、輝璃の彼女さんが教室に来て二人は何かを話していたようだったけど、当然ながら距離があったためその会話の内容までは分からなかった。


 でも、もし仮に輝璃が彼女さんから昨日の埋め合わせとして遊びに誘われていたら、きっと彼女は私なんかより彼女さんとの約束を優先するだろうから、私と遊びに行く話も無くなる可能性がある。


「まぁ、別にそうなったらそうなったでいいけどね」


 今回も私から遊びに誘いはしたけど、輝璃の中では優先順位として彼女さんの方が上だろうし、キャンセルされたらされたで、それでも別に構わない。


 だって、私たちはただの友達でしかなく、輝璃とあの人は恋人同士なのだから、それがあるべき形のはずだから。


「ん?輝璃からだ。へぇ……」


 そんなことを思っていると、授業中であるにも関わらずスマホに通知があり、スマホを開いてみるとそこには輝璃から『放課後遊びに行く約束、忘れないでね』というメッセージが送られてきていた。


「授業中にメッセージを送ってくるなんて、悪い子だなぁ」


 成績優秀でいつも真面目に授業を受けているはずの輝璃から、授業中であるにも関わらずメッセージが届いたことには少し驚いたけど、それと同時に、改めて遊びに行くことを自分から言ってくれたことに少しだけ嬉しさを覚える。


「ふぅ。放課後に楽しみができたから、残りの授業も頑張れそうだなぁ」


 そうして、放課後に楽しみができた私は残りの授業を頑張るために気合を入れると、『楽しみにしてるね』と返信を送ってから、全力で睡魔と戦うのであった。







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