目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

開口(邂逅)

1「いただきます、青春。」

朝の空気は、

春らしくほんのり甘い匂いがした。


制服のスカートをひらひらさせながら、

六枝六夢むつえむむは鼻歌まじりに坂道をのぼっていく。

新しいローファーがまだ固くて少し痛いけど、そんなの気にしていられない。


「うおーっし!入学式!!新生活スタートっ!!」


通学路に響き渡るほどの大声で気合を入れる。

登校初日、ピカピカの高校一年生。

誰が見ても元気いっぱいの女子高生だ。


「今日こそ絶対に友達作る!クラスで浮かない!妙な声出さない!あと――」


その時、鞄の中からくぐもった声がした。


『あと、

生きたまま誰かの首筋に歯を立てない、だ。

六夢』


「わかってるってば、

臨夢のぞむ兄ちゃん!」


返事をする相手は、鞄の中に隠したスマホ。イヤホン越しに繋がっているのは、六夢の兄・臨夢。無口だけど、妹の「はしゃぎすぎ事故」を警戒して通学初日から念を入れて監視している。


「もう〜、心配性なんだからぁ。わたしだって、もう高校生だよ?小学生じゃないんだよ?」


『おまえは昨日も、夕飯で「この子、きっとレバー好きだよぉ」って隣の子に言いかけてた』


「…………あれは、ちょっとだけ匂いがしたから」


『“ちょっとだけ”で済むようなら、こんな苦労はしない』


ため息まじりの兄の声に、六夢は舌を出した。

――そう、六枝家は代々“食人鬼”の血を引いている一族。

表向きは由緒ある美食一家、全国に名の知れたグルメ評論家、果ては一流のシェフも輩出している。でもその裏で、彼らが追い求める究極の美味とは“人の味”なのだった。


ただし、六夢自身はまだ一人前の「喰い手(グルマン)」ではない。

家族に言わせれば、「甘ちゃん」だの「未熟者」だの「味覚が子供」だの、散々な言われようだ。

でも、六夢には六夢の考えがある。


(――人を食べることが家の流儀でも、友達を食べちゃうのは、さすがにイヤだし)


きゅ、と胸元に指を当てて、六夢は笑った。


(今日からは、ちゃんと普通に学校生活送るんだからっ!)


けれど、そんな決意のすぐあと。

電柱の陰、歩道の向こう、登校する生徒たちの間に――


「あっ」


ふわりと香るのは、春の風ではなく。


(……めっちゃ、美味しそうな匂い……)


無意識に、口元が笑みを浮かべる。瞳孔が、僅かに開く。


『六夢』


ビリッと耳に鋭い兄の声が走る。


「……は〜い、深呼吸してまーす!!」


誰にも気づかれないよう、にっこり笑って大きく息を吸い込んだ。

人間の匂いを、スパイスのひとつに変える訓練は、もう何年もしてきた。


(普通の女子高生になりたいんだ。いや、なるんだ!)


そんなふうに自分を励ましながら、六夢は坂道の先――私立千古高等学校しりつちふるこうとうがっこうの門をくぐった。


制服を着て、笑って、友達と騒いで。

人を食べない毎日を過ごすために。


だけど、この日、彼女はまだ知らない。

その千古高校で、

彼女の「食欲」を、

強烈に刺激する出会いが待っていることを。


そしてそれが、

十斧長刀とおのなぎなたとの運命的な邂逅になることを――。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?