朝の空気は、
春らしくほんのり甘い匂いがした。
制服のスカートをひらひらさせながら、
新しいローファーがまだ固くて少し痛いけど、そんなの気にしていられない。
「うおーっし!入学式!!新生活スタートっ!!」
通学路に響き渡るほどの大声で気合を入れる。
登校初日、ピカピカの高校一年生。
誰が見ても元気いっぱいの女子高生だ。
「今日こそ絶対に友達作る!クラスで浮かない!妙な声出さない!あと――」
その時、鞄の中からくぐもった声がした。
『あと、
生きたまま誰かの首筋に歯を立てない、だ。
六夢』
「わかってるってば、
返事をする相手は、鞄の中に隠したスマホ。イヤホン越しに繋がっているのは、六夢の兄・臨夢。無口だけど、妹の「はしゃぎすぎ事故」を警戒して通学初日から念を入れて監視している。
「もう〜、心配性なんだからぁ。わたしだって、もう高校生だよ?小学生じゃないんだよ?」
『おまえは昨日も、夕飯で「この子、きっとレバー好きだよぉ」って隣の子に言いかけてた』
「…………あれは、ちょっとだけ匂いがしたから」
『“ちょっとだけ”で済むようなら、こんな苦労はしない』
ため息まじりの兄の声に、六夢は舌を出した。
――そう、六枝家は代々“食人鬼”の血を引いている一族。
表向きは由緒ある美食一家、全国に名の知れたグルメ評論家、果ては一流のシェフも輩出している。でもその裏で、彼らが追い求める究極の美味とは“人の味”なのだった。
ただし、六夢自身はまだ一人前の「喰い手(グルマン)」ではない。
家族に言わせれば、「甘ちゃん」だの「未熟者」だの「味覚が子供」だの、散々な言われようだ。
でも、六夢には六夢の考えがある。
(――人を食べることが家の流儀でも、友達を食べちゃうのは、さすがにイヤだし)
きゅ、と胸元に指を当てて、六夢は笑った。
(今日からは、ちゃんと普通に学校生活送るんだからっ!)
けれど、そんな決意のすぐあと。
電柱の陰、歩道の向こう、登校する生徒たちの間に――
「あっ」
ふわりと香るのは、春の風ではなく。
(……めっちゃ、美味しそうな匂い……)
無意識に、口元が笑みを浮かべる。瞳孔が、僅かに開く。
『六夢』
ビリッと耳に鋭い兄の声が走る。
「……は〜い、深呼吸してまーす!!」
誰にも気づかれないよう、にっこり笑って大きく息を吸い込んだ。
人間の匂いを、スパイスのひとつに変える訓練は、もう何年もしてきた。
(普通の女子高生になりたいんだ。いや、なるんだ!)
そんなふうに自分を励ましながら、六夢は坂道の先――
制服を着て、笑って、友達と騒いで。
人を食べない毎日を過ごすために。
だけど、この日、彼女はまだ知らない。
その千古高校で、
彼女の「食欲」を、
強烈に刺激する出会いが待っていることを。
そしてそれが、