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82「鈴木花子とはなんぞ」

釼が長刀の隣に立つ二人へと視線を移す。

 柔らかな眼差しで問いかけた。


「そのお二方は……ご友人ですか?」


 一瞬、長刀の肩がぴくりと動いた。

 言葉が喉で詰まり、視線が泳ぐ。


 先に口を開いたのは羽衣だった。

「はっちは羽臣羽衣だなも! 動物園の娘で、長刀くんとはクラスメイトだなも!」

 天真爛漫な自己紹介に、釼は微笑んで軽く会釈を返す。


 問題は六夢だった。

 長刀はあからさまに焦った表情を浮かべ、勢い任せに口をついた。


「えーと……こっちは……鈴木花子じゃ!」


「……は?」

 一瞬、空気が固まる。


 六夢の眉がぴくりと跳ね上がった。

 鈴木花子って……なんだよ、その雑な名前!

 心の中で全力で突っ込むが、

ここで本当の名を明かすわけにもいかない。


「……あ、はい。鈴木……花子ディス」

 作り笑顔を浮かべながら、六夢は渋々頭を下げた。


「へぇ、花子か!」

 朱璃はあっけらかんと笑い、

「めっちゃフツーの名前だな!」と無邪気に言い放つ。

 六夢の心にさらに小さな火が灯ったが、ぐっと飲み込む。


 釼はといえば、特に疑いの色もなく、静かに微笑んだ。

「……長刀さまに、ご友人」


 その優しい声に、六夢はほんの少しだけ頬を緩めた。


「……釼」


談笑の最中、奥から落ち着いた声が響いた。


 視線を向けると、衣装を脱ぎきった一人の男が立っていた。

 優しげな目元に人の良さが滲み出ている男。


「おう、鉾の叔父貴!

今年もええ舞だったわ!」

「長刀、来てたか」


鉾と呼ばれたその男は

釼と朱璃の父にして、長刀の叔父であった。

その顔はどこか気弱そうで、決して豪胆ではない。だが、柔らかな笑みには確かな温かさが宿っていた。


 釼はその姿を見るなり、こくりと頷いた。

「……はい。すぐ行きます」


 控えめに頭を下げると、六夢たちへ軽く手を振り、父のもとへと歩み去る。


 残されたのは朱璃ひとり。

 彼女はぽかんと父と兄の背を見送り、それから勢いよく振り返った。


「ほいじゃ、あとはオレが遊んだる!」


 にやりと笑って胸を張る朱璃。

 六夢と羽衣は顔を見合わせ、

少しだけたじろいだが

すぐに笑顔が弾けた。


「じゃあ、みんなで屋台巡りだな!」

 六夢が言えば、羽衣も

「はっちも金魚すくいやりたいだなも!」と張り切る。


「よっしゃ! ついてこんかい!

花子も! ……あ、羽衣も!」

「……花子言うなや」

「え、名前じゃろ?」

「……ソーダケドサー」


 朱璃に引っ張られるようにして、一行は再び賑やかな祭りの人混みへと紛れていった。

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