「……うぃ〜、マスター……同じヤツもう一杯、ウエッ」
「飲みすぎだよ、さっちゃん。もう止めときな」
薄暗いショットバーの店内。
カウンターに突っ伏している私を、馴染みのマスター「リョウ」は呆れ顔で見下ろした。
「何よ、お金払うんだからいいじゃないの。それとも、私には商品出せないってか、あ?」
「うわー……たち悪」
「何か言った?リョウちゃん」
「何でもないよ、少々お待ちを」
週前半の火曜とあって、会員制の小さなバーのお客は私の他に2、3人しかいない。他の客が静かに飲んでいるのをいいことに、マスターを独り占めしてクダを巻く。
「だって。自分が浮気しといてよ?『サツキって、割り切りすぎてて可愛げねえんだよ。俺がいなくったって別に困らない、って顔してる』だってさー。お前が選べる立場かっつーの、人の顔の意味を勝手に決めんなっつーの! 浮気男がえっらそうに……う、ううっ……」
「もう……。怒るか泣くか、どっちかにしろよ。さっちゃんのことだから、どうせ『わかったよ、仕方ないね』とか、格好つけて別れたんだろ? こんなとこで僕に言うなら、オトコに直接言えばいいのに」
クリスタルグラスを拭きながら、長髪を後ろに括ったマスターは溜め息をつく。
「だあってさーあ、〝他に好きな人できた〟って云ってんだから、どうしようも無いじゃん? 例え喚いて、その一瞬ヨリ戻したとして、遅かれ早かれ別れるじゃん。気持ちはもう向こうに移ってる訳だから」
「……。そういうとこだよ、『割り切りすぎ』って言われてんの。分かる?……ってちょっと、聞いてんの?!」
「『俺のコト、そんなに好きじゃないみたい』っだって……そんなことないよ……私、本当に大好きだったんだよお、結婚したかったんだよおおぉ」
「あー、ダメだ。聞いてねぇわこりゃ」
涙ながらにジントニックを一気飲みし、再びカウンターに頭を伏せた私は、酔眼をはたと見開いた。
「あ、ねえ。でもさ。アイツは結局、あの娘を選んだ訳だから、結果としては私の方が浮気相手だったってこと? 嘘、信じられない……、う、ううう、うわああん!」