わいわい賑わう居酒屋の店内。
各々が手にグラスを持ち楽しんでいる。
間に合わせで参加していた睦原かじかは、隣に座っている友人メイを睨んだ。
『もう・・・こんなのごめんだからね。』
小さな声で叱咤するとメイが片手で拝む。
『わかってる。ごめんって。』
テーブルの上には、所狭しと食事が並べられている。
かじかの前に座っている宮崎という男は、この中ではリーダーらしく、皿に取り分けている。
『睦原さんもなにか取る?』ふと声をかけられて、かじかは首を横に振る。
『いいえ、ありがとうございます。』
数時間前に少しだけ食事をしたせいで、飲み物だけで精一杯だ。
終電前には帰りたいところだけど、結構盛り上がっている彼らに水を差したくなくて、タイミングを計っている。
それにしても、大学生というのはこうして酒が入ると、こうも楽しそうなのか・・・。
かじかは断って席を立つと、お手洗いに向かう。
用を済ませて席に戻ろうとした時、店の入り口が開いて、見たことのある男が入ってきた。
『遅いじゃん。葉月。』
そう言われて、葉月優雨は整った顔で笑ってみせる。
大学でも有名な生徒。カメラで賞を取っていて、雑誌で見るような容姿のせいか、女生徒から熱い視線を寄せられている。
かじかは紛れるように席に戻ると、目の前に座った葉月に軽く会釈した。
『あー。こちら睦原さん。メイちゃんが連れてきてくれてね?』
『ども。』
葉月は軽く会釈してから隣に座った女と話し始める。
見た感じチャラい葉月は、好意を持っているであろう隣の女に、愛想笑いで話している、どうやら苦手のようだ。
かじかは目の前に置かれたビールのグラスを見つめて、とりあえずこれが空になったらお暇しよう、と一人、頷いて手を伸ばした。
グラスは空になったものの、くだをまいた連中のせいで帰るチャンスを逃してしまい、やっとのことで会計が済むと、フラフラした連中をタクシーに乗せて腕時計を見る。
終電には間に合いそうだけど微妙だ。
仕方なしに財布と相談して、タクシーに乗ることに決めると、隣に誰かが立った。
『睦原さんもタクシー?』
葉月はかじかの顔を覗きこむ。
『あ、うん。終電は難しそうだし・・・。』
『ああ・・・確かに。良かったら送ろうか?』
『え?』
『確か家って・・・。』
葉月はかじかの住所を知っていたらしく、口にした。
『え?何で?』
かじかが戸惑って一歩後ずさりすると、葉月は両手を前で振った。
『あ。ごめん。引くよな・・・俺、配送のバイト少ししてて、睦原さんのとこに一度届けたことがあって。だから変な意味じゃないよ?』
『そうなんだ。ごめん・・・知らないのに引いちゃって。』
『アハハ。俺、飲んでないからさ。車だから送るよ。』
『いいのかな?』
『いいよ。』
葉月の厚意に甘えて、彼の車に乗り込むと、家まで送ってもらうことにした。
『それにしても・・・結構気を使ってなかった?』
『うん?』
『ほら、帰るタイミング探してそうだったから。』
『ああ・・・そうなんだけど、だめだった。殆どの人が初対面で、何話していいかわかんないし・・・メイは即効で酔っちゃって、楽しそうに彼氏とイチャイチャしてて。』
『まあ仕方ない。うちのグループあんな感じだから。次誘われても断っていいから。』
『うん・・・考えとく。無下にもしたくないんだ、せっかくの縁だし。』
『へえ、古風な感じか。あ、そろそろ着く。』
車がゆっくりと止まり、かじかは鞄を持つとドアを開いた。
『送ってもらってありがとう。初対面なのに・・・ごめんね。』
『うん、別に。じゃあこれで。』
葉月は車に乗り込むと、すぐに行ってしまった。
かじかは車を見送りながら、玄関の鍵を開けると小さく息を吐く。
送り狼にならない人・・・初めてだ。
前の彼氏は毎回家に入りたがって、それが原因で喧嘩して別れた。
まあ、でもあのルックスなら女には困ってないんだろうし。
かじかはベットに突っ伏すと、そのまま寝てしまった。