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第7話

葉月はづきはかじかに答えは求めなかった。

ただ傍にいてとだけ。


だから、かじかはうなずいて、今までのように二人で会うことになった。

それでもぎこちない空気が時々、おそう。

お互いの距離きょりためすような、どこか甘く切なくなる空気。


友達の距離感は恋人の距離とよく似ている。

手をつながないだけ、それでも肩は触れる。

唇が触れそうな距離でなくても息がかかる。


春先の海、葉月はづきはカメラを持って撮影をしている。

かじかはぼんやりと空をながめながら、手で砂を遊ばせている。


こうして、何気なにげない時間を過ごしているのが好きだ。

葉月はづきがああして楽しそうに何かをしているのを見るのが、とても好きだ。

顔を上げて、少し離れた場所にいる葉月はづきに向かってつぶやいた。


きっとこの距離なら聞こえないから。


優雨ゆう・・・。』


今まで名前では呼べなかった。

恥ずかしくて。

きっと彼が聞いていたら、口に出すことなんて出来なかっただろう。


『好きだよ。』


こぼれた言葉に涙が出そうになった。

にじんでいく葉月はづきの姿に、かじかは目を閉じる。

綺麗な風景にける葉月はづき微笑ほほえみが遠くに見えた。




卒業近くになると、せわしなくなってくる。

製作に追われてあわただしい。

かじかもその一人で、できれば葉月はづきが喜ぶようなものを作ろう、彼が好きなものを取り入れた映像を作っていた。


出来上がる頃には一般公開される。

公開日、客足の途切とぎれた展示物の前で、かじかが立っていると後ろから葉月はづきがやって来た。


『お、凄いな。これ。』

多くの生徒たちの力作だ。

かじかが頷くと葉月はづきはポケットに手をつっこんだ。


『さっき、かじかの作品見てきた。』

『ほんと?どうだった?』

『うん、良かった。俺の好きなやつ。』

『うん。教えてもらったとおりに、モチベ上げてる。』

『ハハハ。そっか。』


葉月はづきは少し真面目な顔をして、唇をむ。

『あのさ・・・俺の作品見た?』

『ううん、まだ。さっき行ったとき混んでて見れなかった。』


『じゃあ、今からどう?ちょうど休憩中きゅうけいちゅうだから。』

『え?いいの?』

『うん、調整もかねて確認もするから。』


葉月はづきが言ったように、ブースには人がいなかった。

機材の調整が済んでいたようで、入れ替わりに状況説明を受けて葉月はづきが交代する。


ブースは写真パネルがずらりと並んでいる。

その奥に葉月はづきの作品があり、今回は写真を映像として流していた。


『違うんだ?』

『うん、今回は結構けっこう撮ったから。』


二人きりで作品の前に立つ。

葉月hづきが作品をスタートさせると、美しい朝焼けの海が映った。

写真は一枚ずつ変わっていく。

色合いを変えて波が動いている。


『綺麗だね。』

『うん・・・。』


かじかは作品を見つめながら、葉月はづきが見つめていた世界が、これほど綺麗なのだと実感じっかんした。

だからいつも、一生懸命いっしょうけんめい見つめていたのだ。


ゆっくりと切り替わる写真の中に、遠く人影が映る。

かじかだ。

何か言いたげな顔が見えて、あの時だと気付いた。


くちびるが『優雨ゆう』と名前を呼ぶ。


きっと、かじかだけが気付いたことだろう。

撮られていたなんて知らなかった。


それでも聞こえていたはずがない、葉月は遠くにいたから。

作品がかじかの横顔で終わり、少し恥ずかしくなってうつむいた。



『どうかな?』

『うん、素敵だった・・・っていうか何時いつ撮ってたの?知らなかった。』

『ハハ、いつも撮ってる。』

『え?』


葉月はづきはかじかを見下ろすと、優しく笑う。

『いつも、撮ってる。気づいてないのはかじかだけ。』


優しい瞳に、かじかは視線をらした。

『ちゃんと教えてよ。恥ずかしいじゃん。』

何気なにげないのがいいんだよ。被写体ひしゃたいはいつも自然がいい。』

『・・・わかるけど。』


ふと葉月はづきの手が、かじかの手に触れて顔を上げた。


『何で呼んでくれないの?いつも。』

『え?』

『あの時、名前・・・呼んでくれただろ?』


かじかの顔が一気に熱くなる。

ばれてた。


『な、き、聞こえてたの!!』

『聞こえないけど、そんな気がした。』


葉月はづき悪戯いたずらっぽく笑う。


『なら、今呼んでよ。』


ぐっと手をにぎられて、その手の熱さにかじかは息をんだ。


『呼んで。』


二人きりのブース。

誰もいない部屋を見渡して、かじかは葉月はづきを見る。

綺麗な顔は、優しくかじかを見つめている。


『・・・ゆ・・・。』


『うん?』


優雨ゆう。』


やっと出た言葉に、葉月はづきの顔が柔らかく笑う。


『もう一回。』

『ゆ、優雨ゆう。』


葉月はづきの両手が、かじかの頬を包んで顔が近づいた。

ささやくような葉月はづきの声が聞こえた。


『かじか、好きだよ。』

『・・・うん。』


『ずっと好きだった。かじか、知ってただろ?』


するりと葉月はづきの腕が、かじかを抱きしめる。


『・・・知らないよ、そんなの。』

『知らない?まじか・・・じゃあ、今知ったんだからさ。言って。』


『え?』

『俺の事、どう思ってるか。』


ぎゅっと抱きしめられて、かじかは葉月はづきの胸に息をく。


きっとうるさい心臓の音は聞かれてる。

バレバレでうそなんてもう意味がない。


かじかは両手で葉月はづきを抱きしめた。


『・・・好き。』

『もう一回。』


『もう!』

葉月はづきが声を出して笑うと、彼は体を離して、かじかを見つめた。


『全部好きだ。まじで全部。照れ屋で可愛くて、ずっと何で俺のものじゃないんだろうって思ってた。』


『ちょ・・・。』

『そういうとこも好き。』


何度も好き言われて耳がくすぐったい。

心臓も顔も熱くて、息が止まりそうだ。


ぐっと引き寄せられて、吐息がかかる。


『いい?』


『何?』


『キス。』

ゆっくりと葉月はづきの顔が近づいて、かじかはぎゅっと目をつぶった。

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