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夜海
夜海
椿灯夏
ホラー都市伝説
2025年06月08日
公開日
915字
完結済
歌い手の《ヨミ》と学校に現れた《夜海》 私の目の前にいる《彼》はだれ?

夜海

 恋も愛もいらない。


 推しへの気持ちはもっと、崇高なものだ。


 スマートフォンを握りしめ画面を見つめる瞳は、異常か正常か。無機質な世界に艷やかな華が咲く。


 歌う彼は、私にとって救世主そのものだった。


 ある日突然ネットの海を騒がせた、流星のように現れた歌い手。決して明るい歌詞の歌じゃない、希望より絶望、深い夜の底のような言葉で出来ている歌詞だ。


 落花の如く囚われてしまった。


 彼の歌を聞いた瞬間から、人生に彩りが生まれた。正直勉強も友達も疲弊しきって、投げやりになっていた。――鳥だって、羽ばたき続けるのは疲れるから止まり木に留まるのだから。


 毎日ネットの海を泳ぐ。


 彼を求めて。


 彼のすべてに心酔している。



 そんな日々を過ごしていた。



 ある日学校へ行くと教室が騒がしかった。先生がいるいないに関わらず、いつも静寂に満ちていたのだが、この日は声に華が咲いていた。


「夜海くんって、歌い手のヨミに似てるよね。もしかしてホンモノ?」


「ニセモノなわけないじゃん! 動画で何万回も見てる俺が言うんだから、間違いないって」



――ヨミ。



 あの、、、歌い手のヨミ…………!?



 私は声に出して思わず叫んでいた。その場の勢いかもしれない。本人かすらわからないのに、それでも口にするのは止められなかった。


「夜海くんの歌聴きたい!!」


 他のクラスメイトはぽかんとしていた。その中心にいる夜海くんだけが、表情を変えないままこちらを見つめていた。


 心臓が歌う。


 ヨミの歌を。



 「――いいよ」



 美しい笑顔だった。


 あっさり肯定して、教室を出て行く。その後の教室がどうなったかは、知らない。慌てて追いかけていくと行き先は屋上だった。



 鈍色の空と彼はパズルのピースのように、ぴたりと当てはまっていた。



「僕は“ヨミ”とそんなに、似ているの? ……真実だと思ってる?」


「雰囲気も声も全部“ヨミ”だよ」


「“ヨミ”を歌おうか。始まりと終わりに歌う物語を」



 夜海くんの歌は彼の髪色に似ている。



 夜明けよりほど遠い、昏い昏い夜の海。



 彼の歌は夜の海へ、深淵へ、引きずり込んでいく。




 ………………あれ? 




  でもなんで“ヨミ”だと思ったんだろう。――そっくりさんってだけかもしれないのに。





  ネットの海を彷徨う都市伝説のひとつ、かもしれないのに。



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