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『恋愛しなきゃ卒業できない学園に入学したら、初日に恋愛偏差値E判定を食らった件』
『恋愛しなきゃ卒業できない学園に入学したら、初日に恋愛偏差値E判定を食らった件』
まりあんぬさま
恋愛現代恋愛
2025年06月09日
公開日
1.3万字
完結済
二十一世紀の終わり。人類は“感情の減退”という病にかかっていた。 AIの進化は急速だった。会話、仕事、育児、はては娯楽やセックスまでもが、完璧にAIに代行される時代。 人は誰かを愛さずとも生きていけるようになった。 いや、愛することが非効率になったと言ってもいい。 そこで政府は決断した。    『義務恋愛教育法案』    国家が指定した“恋愛育成特区学園”にて、進学・卒業のために**一定の恋愛経験ポイント(LXP)**を取得することを義務とする。  その先駆けとして設立されたのが、ここ――    《国家恋愛育成機関・エデン=ロマンス学園》 地味で目立たない男子。恋愛経験ゼロ。入学時の評価は最低ランク“F”。 神楽ユウトがヒロインたちと織りなす学園ラブコメ!

本編

二十一世紀の終わり。人類は“感情の減退”という病にかかっていた。




 AIの進化は急速だった。会話、仕事、育児、はては娯楽やセックスまでもが、完璧にAIに代行される時代。


 人は誰かを愛さずとも生きていけるようになった。


 いや、愛することが非効率になったと言ってもいい。




 「恋愛なんて時間の無駄」

 「結婚?AIで十分」

 「人間同士の付き合いは、面倒くさいだけ」




 そうした風潮が広まり、出生率は1.0を切った。


 感情の教育は不要とされ、若者の90%が人生で一度も恋愛を経験しないまま成人するという異常事態が常態化した。




 そこで政府は決断した。




 『義務恋愛教育法案』




 国家が指定した“恋愛育成特区学園”にて、進学・卒業のために**一定の恋愛経験ポイント(LXP)**を取得することを義務とする。


 その先駆けとして設立されたのが、ここ――




 《国家恋愛育成機関・エデン=ロマンス学園》




 俺が今日、入学する場所だ。




 ──そう。

 恋愛を知らぬ子供たちに、恋を強制する世界が、いま始まった。




 ……で、そんな世界において、俺のような地味で平凡な男の末路は。




「新入生番号0317、神楽ユウトさん。最終恋愛適性ランク……E判定です」




 無機質な電子音声とともに、ステージ前の巨大スクリーンに俺の顔とデカデカとした「E」の文字が表示された。




 どよめく会場。




「やば……Eだって」

「え、まだ令和の恋愛レベル?」

「卒業、無理じゃね?」




 うん、うるせぇよ。




 ──改めて説明しよう。

 ここは《国家恋愛育成機関・エデン=ロマンス学園》。

 建前は「少子化対策と人間的成長の両立を目指した最先端教育機関」だが、実質は**“恋愛できない奴は進学・卒業不可”**という恋愛強制収容所である。




 告白、交際、キス、破局、復縁……そのすべてにポイントが設定されており、卒業には**累計1,000LXP(ラブ経験ポイント)**が必要。




 そして俺は、初回の適性診断でE判定。

 しかも――




「……なお、AIによる相性推奨対象は現在、存在しません」

「このままでは一年間、無恋愛のまま強制退学となる可能性が極めて高いです」




 死刑宣告かよ。まだ入学初日だぞ。




 隣でC判定の男子が「やべー、俺もか」と頭を抱えているが、Eの俺よりマシである。

 俺に残された手段は二つだけだ。




 ①自力で告白して成功する(成功率:ほぼ0%)

 ②相手から告白される(確率:天文学的に0%)




 つまり、詰んでいる。








「エリス=ルミナ。AI推奨恋愛適性Sランク、入学成績首位。よろしく、神楽ユウト」




 彼女の名前は、今日から俺の運命を大きく変えることになる──




 だがこのときの俺はまだ知らなかった。

 エリス=ルミナがこの学園でもっとも冷酷なヒロインであり、

 “恋愛をツールとしてしか使わない”最強の戦略家だということを――


 彼女――エリス=ルミナとの最初の対話が終わった直後。

 入学式が終わり、生徒たちはそれぞれの指定教室へと移動を始めた。


 俺は一人、教室の後ろの席でぼんやりと座っていた。

 初日にして退学フラグ、まじで笑えない。




「……あの、もしかして神楽くん?」




 声をかけてきたのは、ふわっとした栗色の髪に、優しい笑みを浮かべた少女だった。

 胸元には「推奨ランク:C」と書かれたネームタグ。だが、どこか懐かしさを感じる――。




「えっ……ましろ……?」




「うん。久しぶり。覚えててくれて、うれしい」




 彼女の名前は姫宮ましろ。

 俺の幼なじみで、小学生の頃に引っ越して離れ離れになった相手だ。




 だがましろは、驚くような言葉を口にした。




「……ねぇ。覚えてる? 昔、わたしたち、将来絶対結婚しようねって――」




 ――なんでその約束、今言う!?

 そして、なんでそれをこんな恋愛強制学園でぶっ込んでくる!?




 俺の思考が爆発しかけたその時。




 教室の扉が、バンッ!と大きな音を立てて開かれた。




「ふーん。ここが“恋愛強制養成所”ってやつか。面白そうじゃん」




 現れたのは金髪に褐色肌、鋭い目をした外国風の少女。

 制服は微妙に着崩され、首には謎の羽根飾り。堂々とした態度でクラスを見回す。




「わたしはアリア=クロフォード。母国じゃ“愛は戦争”って教えられてきた。

 この学園でも、全力で恋愛というバトルを楽しませてもらうわ」




 いや、怖ぇよ。恋愛をバトルと混同するな。




 さらに――




「静かにしてもらえる? 無駄な音と感情の波動が、わたしの思考を乱すから」




 しん……と空気が張り詰めた。

 後ろの席で静かに本を読んでいた少女が、顔を上げた。




 彼女の名前は御影セラ。

 黒髪ショートに無表情、細身のフレーム眼鏡をかけた理系天才タイプ。




「この“恋愛ポイント制度”とやらに合理性は感じない。

 だが制度である以上、遵守はする。効率的に1000LXPを取得し、最短で卒業するわ」




 愛もクソもない超合理主義者。だが、なぜか同じクラスに配置されている。




 ──こうして、俺の周囲には個性とクセが強すぎるヒロインたちが集まった。




 しかも、エリス、ましろ、アリア、セラ、全員がAIの推薦する「恋愛強者候補」だという。




 なぜこんな連中の中に、E判定の俺がいるのか?

 そして、なぜ俺の“LXP取得可能性”が、AIにだけ「特殊フラグ保留」と表示されているのか?




 その答えはまだ誰も知らない――


 午後のホームルーム。

 席に着いた生徒たちの前に、教師らしき人物が現れた――いや、投影された。




「皆さん、はじめまして。私はこのクラスを担当する、AI教育個体【プロメテウス】です」




 教壇の前に浮かび上がったのは、銀色の光を纏った人型ホログラム。

 男とも女とも言えぬ中性的な声が、教室中に響く。




「本学園における教師の大半は、私のようなAI教育体が担当します。

 人間同士の恋愛を、最も効率的に“計測”し、“指導”できるのは、我々AIなのですから」




 ――なるほど、合理的ではある。だが、どこか……引っかかる。




「恋愛に正解はない。だが、点数はある」

「すべての行動にはLXPが設定されており、あなた方はその取得量によって進学・卒業の可否が判断されます」




 プロメテウスはそう言いながら、片手を挙げた。

 すると生徒たち全員の端末に、“個別のLXP取得指針”が表示された。




「神楽ユウトくん。あなたには……特殊観察指定が下されています」




「……え?」




「理由は未開示。上層AIによる判断です。あなたの行動・関係性はすべて記録され、場合によっては“例外処理”が適用されます」




 な、なんだよその意味深ワード。




 プロメテウスは構わず続ける。




「最後に、一つだけ助言をしておきましょう」




 投影されたその顔が、微かに笑ったように見えたのは――気のせいか?




「この学園では、“嘘の恋”すらもポイントになります。

 だが、“本物の恋”だけが、ルールを超える」




 その言葉に、クラス全員がざわつく。




「健闘を祈ります。E判定の君が、どこまで行けるか……我々も、興味がありますので」




 プロメテウスの投影が消え、教室は静まり返った。




 その瞬間から、俺たちの“AI管理下の恋愛実習”が、本格的に始まったのだった――。


 チャイムが鳴り、ホームルームの時間が終わる――と思った、そのときだった。




 再び教室の前に、プロメテウスが投影された。




「では、第一段階課題を発表します」




 ピンと張り詰めた空気に、生徒たちは息を呑んだ。




「課題名:“仮初の恋人契約”」




「本日より7日以内に、あなた方は“異性1名と仮初の恋人契約”を結び、

 3つの条件を満たさなければなりません」




 教室がざわめく。俺は絶望する。恋人とか、この人生で想定してなかった。




 プロメテウスは静かに条件を読み上げる。


📝 第一課題:仮初の恋人契約(7日間)

以下の3条件を満たす必要あり:


「両者の合意により、1週間の“仮恋人契約”をAIに提出」

 (※フィジカルな恋愛行為は任意、ポイント加算対象)


「最低3回の“恋人らしいデート”記録を提出」

 (場所は学内・学外どちらでも可。AIカメラにより自動記録)


「1回以上、“人前でのスキンシップ”を達成すること」

 (手を繋ぐ、抱きしめる、キスなど。ポイントは内容で変動)


「なお、“誰からも選ばれなかった生徒”は、ペナルティとして

 “強制相性マッチングによるランダム恋人決定”が行われます」




 ──要するに、恋人できなきゃ、強制的に割り当てられるってことかよ!!




 生徒たちが一斉に動き出す。

 イケメンや美少女たちが、すでに声を掛け合っている。




 でも俺は――




(……詰んだ)




 E判定。地味。話しかける勇気もない。

 どうしようもない俺に、救いは来ない……そう思っていた。




 しかしそのとき――




「神楽くん。よかったら、わたしと“仮恋人”になってみない?」




 声の主は――幼なじみの姫宮ましろだった。




 同時に、別の席から声が飛ぶ。




「その手に乗るのは早いわ、ましろ。神楽ユウトの“観察フラグ”はAIも注目している。

 ……だったら、私が“研究対象”になってあげる」




 静かに立ち上がる、御影セラ。




 さらにもう一人。




「面白い……仮初の恋? なら本気で落としにいってやるわ。異国の流儀、見せてあげる!」




 闘志を燃やす、アリア=クロフォード。




 そして最後に、座ったまま小さく微笑む。




「ふーん。まさか、あなたが“選ばれる側”になるなんてね。

 興味あるわよ、E判定さん。私の“道具”としての価値、証明してもらいましょう」




 エリス=ルミナ。氷のような瞳で、俺を試す視線。




 ――こうして、

 モテ期(AI発動型)、爆誕。




 だが、これはあくまで仮初の恋。

 本物かどうかは、AIにも、人間にも、まだ分からない。


 ――翌日。


 俺は、人生で一番、心を削られながら登校した。




(なにが“仮初の恋人契約”だよ……)




 昨日、AI教師プロメテウスから突きつけられた最初の課題。

 “仮恋人契約”を7日以内に結び、スキンシップやデートを3回。

 満たさなければ“強制ランダム相性マッチング”という、まるで地獄のルーレット。




 にもかかわらず、何故か――




「ユウト、おはよう! 一緒に教室行こ?」

 元気に声をかけてきたのは、姫宮ましろ。幼なじみで、料理と犬と俺に甘い女子。




「おや、ずいぶんと朝から積極的ね、ましろ。彼はまだ“誰を選ぶか”決めていない。

 早い者勝ち、というわけではないのよ」

 冷ややかに割って入るのは、御影セラ。無表情系、論理命の眼鏡少女。




「ハロー! 二人ともぬるいわね、ぬ・る・い! 仮初でも、情熱がないと意味ないでしょ!」

 髪を揺らして割り込むのは、金髪ツインテールのアリア=クロフォード。

 テンションは最高潮。恋愛も競技と勘違いしてるタイプ。




 ……はぁ、ため息しか出ない。




「ユウトくん。昨日はお断りしたけど……もし、まだ相手が決まっていないなら――」

 静かに近づいてきたのは、エリス=ルミナ。

 銀髪の美少女。冷たい視線。でも、どこか意味深な声色。




「……観察対象が、無為に“割り当て”られるのはもったいない。

 選ばれないなら、私が“選んであげる”わ。責任をもって、使ってみせる」




(物騒な表現やめてくれ)




 そうして、

 俺の周りは完全に「四面ラブ修羅場」状態。




 だが、この状況を見ていたのは、生徒たちだけじゃない。




「――ふむ、恋の火種は順調に拡がっているようですね」

 AI教師プロメテウスが、教室の天井から淡く投影される。




「ですがご注意を。恋は、同意と感情で初めて成立するもの。

 そして、仮初の関係ほど、裏切りと執着が生まれやすい」




 まるで、この後に“誰かが裏切る”未来を知っているかのように。


 昼休み。教室に1人、俺は机に突っ伏していた。


 周囲では男女のペアが着々と“仮恋人契約”を進めている。

 ヒロインたちからのアプローチに対応しきれず、俺は逃げ出すようにここに来た。




 ――そのとき。


 視界の隅に、光の粒が揺れる。




 (……ん?)




 見慣れた教室の空間が、突然“読み込みのノイズ”に包まれた。




「ユーザー・神楽ユウト。該当感情ログの整合性に異常を検出。

 ――“特殊フラグ保留”を確認。コード:Re-Love_Zero.」




 頭の中に、直接響くような声。

 プロメテウスとは違う、もっと“奥底の層”から来るAIの声だった。




「確認します。あなたは、本当に“初めて恋をする”のですか?」




 脳裏にフラッシュバックする。

 小さな手。白い光。泣き声。約束。


 だけどそれは、まるで記憶の上から塗りつぶされたような、あやふやな映像だった。




 (……なんだ、今の……)




「“Re-Love_Zero”。その記録は、あなたが一度、恋をしていた証拠です。

 ただし、すでにログは“再起動処理”されています。

 つまりあなたは、過去に“リセットされた恋愛”をしている可能性が高いのです」




 ――何それ。


 俺、恋なんてしたことないはずだ。

 そもそも恋に興味がなかった。人ごとのはずだった。




 だけど。




「この“恋愛学園”のシステム上、あなたの“再起動済み恋愛記録”は干渉対象外。

 しかし、一定条件を満たすと“特殊フラグ保留解除”が発生する可能性があります」




 つまり、何かのきっかけで──




(過去の“失われた恋”が蘇るってことか……?)




 そうして、

 誰も知らない“もうひとつのフラグ”が、静かに、今……世界の裏で目覚め始めた。


放課後。


 周囲が“契約成立”の通知を受けて、盛り上がっていく中、

 俺はただひとり、廊下の隅に座り込んでいた。




(誰と契約すればいいかなんて……わかるわけない。恋愛なんてしたことないのに)




 そこへ――彼女は、静かに近づいてくる。




「……ユウトくん」




 振り向けば、銀色の髪。真っ直ぐな瞳。


 エリス=ルミナ。

 学年トップの成績。社交性は低い。でも何故か、俺には距離が近い気がする。




「仮初でも、恋人契約は重要。そう言われたわよね?」

「……ああ。課題をクリアするには、必要らしい」




 エリスは、少しだけ黙ってから――

 意外にも、目を伏せて呟いた。




「だったら、私と契約しましょう。一度目の“仮の契約”として」




「……“一度目”?」




「ええ。どうせ他の子たちとも契約するんでしょう? でも……最初は、私がいい。

 たぶん……その方が、ユウトくんの“バグ”にも影響が少ないと思うから」




 “バグ”?




「君、知ってるのか? 俺の中に……“何かある”って」




 すると彼女は、ほんの少し微笑んだ。

 寂しさと安堵が混じったような、不思議な笑みで。




「ユウトくんが**私のことを“忘れてる”ってことは、最初から分かってたわ」

「でも、大丈夫。こうしてまた始められるのなら――それでいい」




 その言葉に、

 どこか懐かしい音が、胸の奥で微かに鳴った気がした。




 ◇ ◇ ◇




【仮初の恋人契約を確認】

【契約相手:エリス=ルミナ】

【Re-Loveフラグ No.01:“過去の恋人”との再接続(進行率12%)】

【この契約は、通常ルートと別に特殊記録として保存されます】


 翌日の朝、登校途中。


「ユウト〜、今日はさ! うちで朝ごはん、食べてってほしかったなぁ〜って……思ってたんだけど」


 歩道橋の上、制服のスカートを揺らして近づいてきたのは、

 幼なじみの姫宮ましろ。


 明るくて元気で、気遣いの天才で。


 俺のことなんて、もう誰よりも知ってるはず――本来なら。




「……ましろ、俺が目玉焼きにソース派だったの、覚えてたっけ?」




「え? ……あ、あれ? ……えっと、ケチャップじゃなかったっけ?」




 違う。

 ましろがいつも言ってた。「ソース派とか珍しいよね!」って笑ってたのに。


 なんでそれを、今、忘れてる?




(……これは、たまたま? いや……)




「ましろ、昔のこと……たとえば小学校の頃の話、あんまり覚えてる?」




「うん、だいたいは。ユウトと一緒にランドセル背負ってさー……あ、でも細かいところはけっこう抜けちゃってるかも」




 笑ってるけど、目が曇ってる。




 (まさか……ましろも、“記憶をいじられてる”……?)




 そのとき。

 ポケットの中、端末がブルっと震えた。




【AI通知:Re-LoveフラグNo.02 該当対象の記憶整合率:83.7%】

【一定条件下で、記憶復元可能性アリ】

【対象との仮初恋人契約、推奨】




「ね、ユウト。今日、空いてる?」




 ふいに、ましろが言った。


「仮初とか、本気とか、あたしにはまだ分かんないけど……でも、

 ユウトが誰とも契約してなかったら、最初の約束どおり、あたしが行くからね?」




「最初の約束?」




「……ううん、なんでもない!」




 (今の、なんだ……? “最初の約束”? 俺……ましろと、何か誓ったか?)




【仮初の恋人契約を確認】

【契約相手:姫宮ましろ】

【Re-Loveフラグ No.02:“忘れたはずの朝”の約束(進行率9%)】


 「神楽くん、昼休み、ちょっと実験に付き合ってくれる?」


 声をかけてきたのは、

 同級生にしてAI工学科主席の天才、霧咲セラ。


 白衣を羽織った制服姿。

 知的で整った顔立ちに、無表情のようでいて、どこか“感情を隠している”目。




「……実験?」


「恋愛パラメータのサンプル採取。個人的研究目的よ。

 “感情制御が苦手な男子”に対して、どれだけ数値が乱れるかを観測したいの」


「完全に俺のこと言ってるよね、それ」




 不本意ながらも、連れてこられたのは、AI恋愛ラボの無人カフェスペース。

 椅子に座るなり、セラは端末を広げてこう告げた。




「はい、仮想恋人契約――“成立”」




「……は?!」




「“自発的な恋愛感情”が発生しない私でも、

 この仮初の関係を通して、何かしらの“予測不能値”が得られると思って。

 ――その対象が、神楽くんなら尚更」




(この人……恋愛すら実験対象にしてるのか……)




 だけど――そのときだった。




【システム通知:Re-LoveフラグNo.03 条件一致】

【記録干渉ログを検出:“過去の同一人物による恋愛実験記録”あり】

【データ重複率 78.4%|再生未許可】




 (――“過去にも、同じような実験があった”……?)




 見覚えのないはずの光景が、頭にちらつく。

 白衣姿の少女が、少しだけ困ったように笑っていた。

 「これはデータじゃ測れないわね」と、優しく言っていた――




「……神楽くん? 今、急に心拍が上がった。どうしたの?」


「いや……なんでもない。ただ、ちょっとだけ――既視感が」


「奇遇ね。私もなの。

 こんな会話、前にもしたような……そんな気がして、少しだけ――怖いの」




【仮初の恋人契約を確認】

【契約相手:霧咲セラ】

【Re-Loveフラグ No.03:“予測不能値・感情μ”の観測(進行率11%)】




 天才が“数値化できない想い”に直面したとき、

 彼女の中で、もう一度――かすかな感情が芽を出し始めた。


「ねぇユウトくん、そろそろ私とも契約してくれていいんじゃない?」


 放課後、カフェテリア。

 頬杖をついて甘えた声で話しかけてきたのは、金髪にツインテール、

 モデル兼配信者としても人気の少女――アリア=フェルステラ。


 猫のように気まぐれで、可愛い笑顔の裏に何を考えてるのか分からないタイプ。




「私ね、この学園で恋愛ポイント稼ぐの、ちょろいって思ってたの。

 だって、どいつもこいつも私にすぐ夢中になってくれるし」


「それで、俺にもポイント稼がせてやるからって?」


「そうそう。ユウトくんってさ、天然でフラグ立ててるくせに、自覚ゼロ系男子って感じでさ~」




 笑いながら端末を開いて、彼女は小さくウインクした。


「はい、契約ボタン押して♡」




 タップするだけの軽い契約。

 けれど――その瞬間、違和感が走った。




【システム警告:Re-LoveフラグNo.04──“記憶封印コード K-7”を検出】

【該当人物は、対象と“既に2度、恋人関係にあった”履歴を持ちます】

【再生権限なし|記録者:AI教師プロメテウス】




(……また“過去”が……?)




 アリアは何も気づかない様子で、ジュースを吸っている。


「なんかさ……時々見るんだよね。誰かと一緒に空を見上げてる夢。

 すっごく嬉しくて、でも最後に泣いてるの、私」


「……その相手って、誰なんだろうな」




 彼女は、少し考えて――


「たぶん、ユウトくん。……って、今そう思った」




 そう言った直後、彼女の目が一瞬だけ揺れる。

 ほんのわずかに、記憶の断片が重なったのかもしれない。




【仮初の恋人契約を確認】

【契約相手:アリア=フェルステラ】

【Re-Loveフラグ No.04:“恋はリプレイできない”の矛盾(進行率10%)】




 ふざけた笑顔の裏で、

 彼女は誰よりも“本気の恋”を知っていた――はずだった。


 朝のチャイムが鳴った直後、俺――神楽ユウトの端末に、一通の通知が届いた。


《【特別招待】恋愛支援課程・合同デートプログラムへの参加が決定しました》

《ヒロイン候補:4名|期間:本日終日|辞退不可》


「……は?」


 目を疑った。

 というか、これ罰ゲームか? 俺、恋愛偏差値E判定だったよな?

 なのに、なぜかヒロイン候補4人とデート。しかも全員まとめて?


 ――そうして俺は、AIによって強制的に、

 「ヒロイン全員と一日デート」という、なろう主人公顔負けの地獄(ある意味天国)イベントに突入した。


 午前のペア行動。

 最初に割り当てられたのは、エリス=ノワール。


 白銀の髪に、氷のような蒼の瞳。

 まるで人形のように表情の乏しい少女――なのに、なぜか最近、俺にだけ妙に距離が近い。


「こっち、来て。……手、貸して」


 そう言って、エリスは小さく俺の手を引いた。


「観覧車……乗りたい。……あなたと」


「え? ……ま、まあいいけど」


 ※補足:AIデート施設の観覧車には、感情共鳴センサーが仕込まれており、“特別な感情”を持つ相手と乗ると、一定条件で「過去記憶」が再生される可能性がある。



 ゴトン、と音を立てて、観覧車が動き出す。


 小さな個室に、二人きり。


 エリスは、窓の外を見るでもなく、俺の手をじっと見つめていた。


「……あのね、さっきから、ずっと……変な感じがしてるの」


「変って?」


「手を繋いだ瞬間……“懐かしい”って思ったの。なのに、私は……あなたのこと、最近知ったはずなのに」


「……それは、俺も少し……」


 言葉が詰まる。

 この感覚――まるで、遠い昔に交わした約束が、蘇ろうとしているかのような。




 ――そして、その時だった。


《Re-Love感情共鳴率が規定値を超えました》

《過去ログ・断片記録を再生します》




 視界が、白く染まる。



 小さな二人の影が、同じ場所に座っていた。


『……離れたく、ないよ……ユウトくん』


『また会おう、絶対、また。今度こそ……ちゃんと好きって言うから』


『ほんと……? 忘れないで、ね』




 そこで映像が途切れた。



 俺とエリスは、無言でしばらく座っていた。

 でも、確かに――同じ記憶を見た。


 エリスが、震える声で言う。


「……あれ、私……だったの? あのとき、ユウトと……」


「分からない。けど、あれが夢じゃないなら――」


 俺はそっと、彼女の手を握る。


 エリスは、驚いたように目を見開いたけれど、やがてゆっくりと……微笑んだ。


「……ねえ、次は……嘘じゃなくて、今の気持ちで……“好き”って、言ってくれる?」


「……言うよ。何度でも」




 観覧車が、頂上に差し掛かる。


 目の前に広がる、春の桜と未来の街。


 過去と現在が重なった、その場所で――


 俺たちの「今」が、静かに始まった。


「次はましろだよー!」


 学園のデートプログラムで、俺――神楽ユウトは幼なじみの朝倉ましろとペアを組んだ。


 ましろは、明るい茶色の髪をポニーテールにまとめ、いつも元気いっぱい。

 ただ、その笑顔の奥には強烈な独占欲が隠れていて、俺はそれを知っているから少し緊張してしまう。



「ほら、こっち! ペア乗り券ゲットしたんだ。これでユウトの悲鳴が聞けるねっ!」


「え、俺が叫ぶ役!? 待て、落ち着け!」


 ジェットコースターの列に並びながら、ましろははしゃぎまくっている。


「絶対、ユウトの顔が引きつってるの見るからね!」


「おまえ……こわいよ!」


 でも、実際乗ってみると、ましろのテンションにつられて、俺も自然と笑えてきた。


 風を切って叫び、スリルを楽しむ。



 終わった後、二人で芝生のベンチに座った。


「ねえ、今日さ、なんだかユウトがいつもより近く感じるよ」


「え? そうかな?」


「うん。前より――なんていうか、距離が近い気がする」


 ましろの目が少し潤んでいて、ドキッとした。


「もしかして、私……ユウトのこと、もっと好きになっちゃったのかも」


「そ、それは……」


 言葉に詰まる俺を見て、ましろは照れたように笑う。


「大丈夫、私、ちゃんと待つから。ユウトのペースで」



「そういえばさ、昔もこうして一緒に遊園地来たよね?」


「そうだな、覚えてるよ。ましろの顔がはしゃぎすぎてたの、今でも思い出す」


「ふふ、また昔みたいに戻れたらいいな」


 ましろは手を握ってきて、真剣な目で俺を見つめる。


「ユウト、ずっと私のこと見ててほしい」


「ましろ……」


「次は私ね。準備はいい?」


 クールな表情のまま、御影セラはスマートにそう告げた。

 銀色の髪が夜光のように輝き、知的な美しさが際立つ彼女は、学園で常にトップクラスの成績を誇る才女だ。



「このホログラム迷路、感情の強度によって形が変わるんですって」


「つまり、恋愛感情を強めれば早く出口にたどり着ける?」


「そう。論理的に言えば、最も効率的なのは恋人同士」


「俺ら、まだ恋人じゃないけどな……」


「だから、今日ここで証明してみせるのよ。私がユウトを導くわ」


 二人きりの迷路に入ると、幻想的な光と影が交錯した。


 セラは冷静に進みながらも、時折俺の手を軽く握る。


「慎重にね……次は右」


 その指示は的確で、迷路の壁がすっと消えていく。



 だが、途中、足場が不安定な箇所で、セラが足を滑らせた。


「っ……!」


 反射的に俺は彼女の腰に手を回し、倒れ込むセラを受け止める。


「大丈夫? 怪我は?」


「……あ、ありがとう。……でも、なんであなたの手、こんなに暖かいの?」


 照れたのか頬を染める彼女の顔に、俺は胸が熱くなった。



「セラ、正直に言っていいか?」


「……はい」


「君って、クールに見えて、意外と感情豊かだよな」


「……そう見えるなら、あなたのせいね。ユウトの存在が、私の理性を揺るがすから」


 それを聞いて、俺は思わず笑った。


「まさか、俺が学年トップのセラの弱点かよ」


「ふふ、それは秘密」


「ユウト、今日は私の特別な場所に案内するわ」


 異国風の優雅な佇まいを持つアリア=クロフォードは、淡い琥珀色の瞳を輝かせながらそう告げた。


 彼女の装いはいつも戦闘服のようでありながら、どこか儚げで妖艶な雰囲気をまとっている。


 学園の敷地内、誰も立ち入らないと噂される「忘れられた庭園」へ向かう。


 そこは花々が咲き乱れ、小川のせせらぎが静かに響く神秘的な空間だった。


「ここは昔、私の家族が大切にしていた場所……今は私だけの秘密」


「すごい……まるで別世界みたいだ」


 アリアは静かに微笑み、俺の手を取って庭園の奥へと誘う。


 花のアーチをくぐると、光の粒子が舞い散るような幻想的な空間。


「この庭園には、特別な力があるって言われてるの。訪れた人の心を映す鏡みたいに」


「俺の心……今は、君でいっぱいだ」


 アリアの頬がほんのり赤く染まる。


 庭園の中央にある池のほとりで、二人はしばらく黙って座った。


 水面に映る二人の姿が、ゆらゆら揺れる。


「ユウト、私ね……戦うことばかり考えていたけど、あなたといると、少しだけ……穏やかな気持ちになれる」


「俺も、アリアといると安心する。強くなりたいって思えるんだ」


「……あれ? なんだっけ、この感覚……」


 観覧車の中でエリスと見た夜景の煌めき。

 ましろとジェットコースターで叫び合った瞬間の高揚感。

 セラとホログラム迷路で触れ合ったあの暖かさ。

 アリアと秘密の庭園で交わした約束の言葉。


 それらが、鮮やかに脳裏に蘇る。


「俺……思い出したんだ」


 胸の奥で、長らく封印されていた記憶が解き放たれる。

 ――自分がこの学園に入った理由。

 ――恋愛偏差値Eから這い上がろうとした決意。

 ――そして何より、四人のヒロインとの出会いと絆。


「俺は一人じゃなかった。

エリスも、ましろも、セラも、アリアも――みんながいたからここまで来れた」


 涙が頬を伝う。


 広場に集まった生徒たちのざわめきが、徐々に静まっていく。

 その中心には、俺――神楽ユウトが立っていた。


 桜の花びらが風に舞い、まるで俺たちの運命を祝福しているかのようだ。


「ユウト、君が最も愛する人を選び、告白せよ――それが進級の条件だ」


 AI教師プロメテウスの無機質な声が響く。


 深く息を吸い込む。

 俺の視線は、四人のヒロインに向けられた。


「……選べない」


 その言葉は、まるで雷鳴のように響いた。


「エリス、ましろ、セラ、アリア……みんなが俺の心の一部なんだ。誰か一人だけなんて、そんなの無理だ」


 声にならない想いが、胸を締めつける。

 この学園で過ごした日々、何度も自分に問いかけた。


「誰かを選ばなきゃ、卒業できない。

でも――どうしても、選べないんだ」


 エリスの笑顔が浮かぶ。

 あの初めて交わした視線、初めて芽生えた恋心。

 「俺は変われる」と信じさせてくれた。


 でも、それだけじゃない。


 ましろの優しさが蘇る。

 無邪気に笑いかけ、俺の不安を消してくれた。

 心の拠り所になった彼女の存在は、もう手放せない。


 セラの冷静な瞳。

 けれど、時折見せる感情の揺らぎが俺を引きつける。

 強さと弱さの狭間で戦う彼女に、俺は何度も救われた。


 アリアの静かな微笑み。

 どんなに戦いに疲れても、彼女の信頼が俺を支えてくれる。

 未来を共に歩みたいと思わせる唯一無二の存在。


「どうしても……誰か一人だけなんて決められない。

それはワガママなのか?

俺はただ、自分の心に正直でいたいだけだ」


 涙が頬を伝い、声が震える。


「誰かを傷つけたくない。

でも、このままだと、みんなを傷つけてしまうかもしれない――その恐怖に、俺はずっと押しつぶされそうだった」


 それでも、胸に確かな想いがあった。


「だから――選べないけど、これからもみんなと一緒に歩いていきたい。

それが俺の本当の答えなんだ」


エリスは、涙をこらえようと必死に瞳を潤ませている。

その瞳は痛みと寂しさでいっぱいだけど、どこか諦めや覚悟の色も混ざっている。

「ユウト……そんな風に思ってくれていたなんて」と、震える声で呟いた。


ましろは、頬を赤く染めて、けれど微笑みを絶やさない。

目には優しさと少しの切なさが光る。

「ユウトの気持ちなら、私は信じてる。だから、これからもずっと一緒にいられるって」と、静かに語りかけた。


セラは、普段の冷静さは消え、瞳が少し潤んでいる。

強がりながらも、内心は深く傷ついているのが伝わってくる。

それでも鋭い目でユウトを見つめ、「私のことも忘れないでね」と、切なげに言った。


アリアは、静かに微笑み、落ち着いた大人の雰囲気を漂わせている。

その笑顔には包み込むような優しさと、彼への信頼が溢れている。

「あなたの選択を、私は尊重するわ。これからも、共に歩もう!」と、穏やかに告げた。


桜吹雪が舞う学園の空。

 夕日に照らされ、四人のヒロインと手を繋いだ俺――神楽ユウトの胸は、言葉にできないほど熱く鼓動していた。


「選べなかった」――そう言った俺に、彼女たちは微笑みで応えた。


 エリスの瞳は涙で輝き、ましろは優しく微笑み、セラは強く俺を見つめ、アリアは穏やかな笑顔でそばにいる。


「この学園で、俺は恋愛の本当の意味を知った。

競うだけじゃない、傷つけあうだけじゃない、

共に支え合い、歩んでいくこと――それが恋なんだ」


「だから、これからもずっと――」


「俺たちの恋愛は、これからだ」


 それは終わりじゃない。

 むしろ、ここから始まる新しい物語。


 誰もが認める“普通”じゃないかもしれない。

 けれど、俺にとって最高の形だ。


 桜の花びらが風に乗り、四人の笑顔が輝く。


 未来はまだ見えないけれど、確かなことが一つある。


「俺たちは、これからもずっと一緒だ」


 新しい春、新しい季節。

 この学園で、俺たちの恋愛は、今まさに始まったばかりだ。


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