結婚して三年、東雲はつねは妊娠した。
彼女は嬉しくてたまらず、すぐにこの吉報を東雲たくまに伝えた。
東雲たくまも喜んでくれると思っていたのに、彼の冷たい一言が彼女を地獄へ突き落とし、死刑を宣告した。
「子供を堕ろせ」
「なぜですか?」その時、彼女の顔は青ざめ、心底から湧き上がる寒気に、拳を握りしめながら震える体を必死に抑えていた。
自分がこんな質問をするのは馬鹿げていると思った。東雲たくまが彼女を愛していないことは、ずっと分かっていた。三年前、東雲家の御曹司が彼女の東雲たくまへの想いを知り、東雲たくまに彼女と結婚するよう強いたからこそ、結婚できたのだ。さもなければ、彼は決して彼女を妻にはしなかっただろう。
彼が彼女を愛していないのだから、どうして二人の子供を望むはずがあろうか。
東雲たくまは東雲はつねを見つめ、冷たい瞳には隠しようもない嫌悪がにじんでいた。「お前にふさわしくないからだ」
そう、彼女にはふさわしくなかった。おそらくこの世界で、白石かすみだけが彼の子供を孕む資格があったのだ。たとえあの女が彼を傷つけても、彼は未だに彼女を忘れられずにいるのだから……
「三日の猶予をやる。俺に手を出させるな」
東雲はつねは笑いながら東雲たくまの後ろ姿を見送ったが、笑っているうちに涙があふれてきた。
……
待合室の光は薄暗く、東雲はつねは長椅子に座り、両手で太ももをギュッと掴み、紙のように青白い顔をしていた。
彼女の隣には、同じく人工妊娠中絶を待つ数人の女性が座っていた。誰もが恐れおののき、あるいは途方に暮れたような、良くない顔色をしていた。
待合室のドアが突然開き、看護師が東雲はつねの名前を呼んだ。
東雲はつねが手術室に入ると、医師は器具を洗っていた。医師の指示に従い手術台に横たわった彼女は、目を固く閉じ、両手をお腹の上に置いたが、体は止まらず震えていた。
「緊張しなくていいよ、すぐに終わるから」
医師が彼女の手を掴み、静脈に針を刺そうとしたその時、彼女はパッと目を見開いた。
「子供は堕ろしません。この手術は受けません」
これは東雲たくまの子供であると同時に、彼女自身の子供でもあったのだ。
彼女は慌てて手術室から飛び出し、冷たい何の温度もない胸の中に、どさりと倒れ込んだ。
見上げるとそこには東雲たくまがいて、まるで地獄の悪魔を見たかのように、彼女は恐怖に震えた声で言った。「東雲さん、どうかこの子を産ませてください。この子だけは産ませてくれるなら、どんなことでもしますから」
しかし東雲たくまは微動だにせず、目元には相変わらず冷たさが張りついていた。「言っただろう、俺に手を出させるなと」
彼は彼女の手を一本一本ほどき、彼女を地獄の深淵へと突き落とした。
この瞬間、東雲はつねはついに悟った。彼女は間違っていたのだ。東雲家の御曹司に東雲たくまを愛していることを知らせるべきではなかった。東雲たくまを愛するべきではなかったのだ。そして子供を失うことは、天が彼女に下した最大の罰だった。
東雲たくま……もうあなたから解放されるわ……
東雲はつねが目を覚ますと、病院のベッドの上だった。中絶手術の際に大量出血し、かろうじて一命は取り留めたものの、もう二度と妊娠することは叶わなかった……
その結果を聞いても、彼女は泣き喚くこともなく、平静にすべてを受け入れた。
人の心が一度死んでしまえば、もう何も気にかけることはないのだ。
彼女は三日間ベッドに横たわっていたが、その間、東雲たくまは一度も姿を見せなかった。
おそらく彼女が本当に死んでも、彼は悲しまないだろう。
怒りも悲しみもなく、相変わらずの平静さ。
彼女は静かに点滴の針を抜き、弱った体を引きずるようにしてよろめきながら病室を出て行った。
東雲たくまが病院から電話を受けたのは会議中だった。東雲はつねが病院を出たと知らされても、彼はただ「分かった」とだけ言って電話を切った。
この女はいつもそうだ。こんな小細工で、自分の同情を引けると思っているのか?
東雲たくまはいつも通り会議を続け、いつも通り仕事をした。
その途中、執事から「奥様はもうお宅に戻られました」と連絡が入った。
東雲たくまは鼻で笑った。やはりな。
東雲たくまが仕事を終えて家に帰ると、毎日東雲はつねが玄関で出迎えてくれるが、今日も例外ではなかった。
唯一違っていたのは、今日の東雲はつねは病み疲れた顔をしており、いつもなら彼を見ると輝いていた瞳が、今は光を失い、死の静けさをたたえていたことだ。
「東雲さん、話があります」
書斎には煙が立ち込め、東雲たくまの荒々しい顔が煙の中にかすんでいた。
「東雲はつね、俺と離婚だって? また何か企んでいるのか? そんなことをしたら俺がお前を愛すると思うのか? 笑わせるな!」
東雲たくまからすれば、東雲はつねは自分を死ぬほど愛しているのだから、離れることなど決してできず、離婚を切り出すのは彼女の「逃がすふりをして掴ませる」小細工に過ぎなかった。
東雲はつねも自分が滑稽だと思った。彼女は東雲たくまを七年も愛し、結婚して三年になる。石ころだったら温まっているはずなのに。
しかし彼女は間違っていた。東雲たくまには心がなかった。彼は自らの手で二人の子供を殺し、彼女をも殺したのだ。
彼女は疲れた。もう愛せない。全ての愛はこの七年で消え尽きてしまった。
「東雲さん、もう疲れました。愛せなくなりました。だから離婚しましょう」
東雲たくまの心臓が強く震え、一瞬息が詰まったが、すぐに平常を装った。
東雲はつねが自分を愛していないはずがない。これはきっと彼女の企みに違いない。
「ああ、明日すぐに離婚だ。その時後悔するなよ。お前にチャンスはもうない」
明日になればこの女は本性を現し、泣いて自分にすがりつくだろう。彼女は彼なしではいられないのだ。
「絶対に後悔しません」
東雲はつねの目に浮かんだ決意が、東雲たくまを不快にさせ、怒りを覚えさせた。
「ふん、結構だ」そう言い捨てると、彼は怒りをあらわに立ち去った。
その夜、東雲はつねは東雲たくまに部屋から締め出され、冷たい廊下で一夜を明かした。
彼女の体は震えていたが、心はもう冷たくなかった。