外は大雨。
新しいクラスに入ったばかりで、まだ周囲に馴染めていない私。
これは、誠也さんと身体の関係を持つ前――ただの生徒と先生だった頃の話。
大雨の日になると、いつも思い出す。
バス通学の私は、バス停まで少し距離がある。こんな土砂降りじゃ、傘を差していてもきっとずぶ濡れになる。
でも――今日は絶対に濡れたくなかった。
それなのに、よりによって、私の傘がない。
雨脚はどんどん強くなっていく。いやだ、今日は早く帰りたいのに。
だって、今日の音楽番組には私の大好きなアイドル、梨岡くんが出る。ソロで!しかも、まだデビュー前なのに!
テレビ出演は超レアなのに、録画予約を忘れてきてしまった。
バスに乗り遅れたら……アウト。絶対、見逃したくないのに!
どうして今日に限って、私は図書館で雨宿りしてる最中に寝ちゃったんだろう。
昨日の夜、梨岡くんの過去映像を見返しすぎたせいだ。授業中も眠くてボーッとしてた。
司書の先生も、起こしてくれればよかったのに。
毛布をかけてくれるくらい優しいなら、せめて「もう夕方よ」って声をかけてくれればよかったのに。
……いや、今さら誰を責めたってしょうがない。
あーもう、誰を恨めばいいの?何に八つ当たりすればいいの?
頭の中はぐちゃぐちゃ。焦りだけが溢れてくる。
「水城さん!司書の先生から聞いたよ。図書館で寝てたって……もう6時過ぎてるし、この雨だから、先生が送っていくよ」
――誠也先生だ。
わりと無口で、どこかぶっきらぼうな人。
私が140センチ台だから、40センチ以上も背が高くて、見上げるとちょっと怖いくらい。
でも、その声は意外と優しくて、木偶の坊みたいな体格のわりに、安心感がある。
助かった……。雨は一向に止む気配がないし、傘も無い。
「傘もないのか?じゃあ、ここで待ってて。車を入口まで回すから」
そう言って去っていく先生の背中。
担任とはいえ、ほとんど話したこともない人。
タバコの匂いがふわっとして、話し出すと意外と止まらない――そんな、どこか人間臭い“大人の男”って感じの先生だった。
車はすぐにやってきた。
つやのある黒いセダン。車のCMに出てきそうなくらい、かっこいい。
……背が高い先生が、こんなに車高の低い車に乗ってるの、なんかギャップある。
――そんなことはどうでもいい!この車に乗れば間に合う!
梨岡くんのソロ、リアタイで観られる!
先生は車から降りて、私に傘を差し出してくれた。
その間に、先生自身はびしょ濡れになっている。
「確か……氷見ヶ丘だったよね?あそこまで帰るの、雨だと大変だろ。バス停、屋根もないし」
「そうですね……行きは家から近いんですけど、帰りはちょっと」
雨は止む気配がない。
でも、よかった。助かった。
あんな中を傘なしで歩くなんて、無理だった。
――ん?この車内で流れてる音楽……
「あ、家族の趣味でね」
家族。あえて“家族”って言った。
奥さんって言えばいいのに……いや、そんなことは考えなくていい。
それより、この音楽――
「水城さんも好きなんでしょ?グッズとか、たまに持ってるの見かけたよ」
……バレてる。
あまり周りには言ってなかったのに。
グッズも、名前のロゴが入ってないやつを選んでたのに。見抜かれてた。
恥ずかしくなって、思わず俯く。
先生は気づいたのか、音量を少し上げてくれた。
雨の音と、車内に流れる私の“推し”の歌。
嬉しい……のか、なんなのか、自分でもわからない。
ふと、先生の横顔を見る。
いつもは教室で見上げてばかりの人。こうして隣に座って、ふと視線を向けると――
意外とまつ毛、長いんだな……。
なんだろ、これ。
“赤い実が弾けた”みたいな。そんな表現、教科書にあったな、確か。
いやいや、先生、40過ぎだし、既婚者だし。
「水城さんとは、あまり話すことなかったな。今度また、アイドルの話とか、しようか」
……気づいたら、家の前だった。
「あ、ありがとうございましたっ!!」
勢いよくドアを開けて飛び出す。
……梨岡くんが観たいからじゃない。
先生の、少しだけ微笑んだ顔に、胸がドキッとしてしまったから。
玄関で親に「ただいま!」だけ言って、自分の部屋に駆け込む。
梨岡くんのポスターだらけの部屋で、ベッドに飛び込んで、クッションを抱きしめる。
ぎゅう、ぎゅう、ぎゅう――って、なんで私こんなに抱きしめてんの。
……あ、やばい。
傘ささずに車から出たから、制服も髪の毛も濡れてる。冷たい。ひんやりしてる。
バカだ、私……。