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第8話

家の近くの小さな路地で車が止まった。外はまだ雨が降っているけれど、さっきよりは少しだけ静かになっていた。


 先生は何も言わず、ハンドルを握ったまま私を見送る準備をしている。私はドアに手をかけながら、ほんの少しだけ先生の顔を見た。


「……また、学校で」


 自分で言っておいて、少しおかしかった。今まで通りに戻れるのか、そんなこと、全然わからないのに。


 でも先生はちゃんと頷いてくれた。その表情には、何かを諦めたような、それでもどこかやさしい色があった。


 車を降りて、傘をさす。家の明かりが見える。玄関の前に立つ頃には、もう先生の車はどこにもいなかった。


 あの夜、雨と一緒に私たちの「境界」は曖昧になった。踏み込んだことも、戸惑ったことも、たぶん忘れられない。


 許されることじゃない。きっと誰かに知られたら、すべて壊れてしまう。


 でも――


 心がほんの少しだけ、温かかった。


 綺麗なものじゃない、むしろ汚れてるのかもしれない。それでも、あの雨の日のことを、私はずっと忘れないと思う。


 胸の奥で、雨の匂いが静かに残っていた。


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