第一章:初挑戦と撮影禁止の警告(前編)
東京湾岸の再開発地区。
巨大な鋼鉄の構造体が地面から突如として現れたのは、数か月前のことだった。
正式名称も与えられないまま、「東京ダンジョン」と呼ばれるようになった謎の建造物には、今も謎が多く残されている。
その入り口の手前、少し離れた空き地に集まっていたのは、四人の高校生男子だった。
「今日は――いよいよ本番だな!」
先頭で気合いを入れるのは、河口 博(かわぐち・ひろし)。
赤いキャップにサングラス、首から配信用のアクションカメラをぶら下げ、テンション高めの決めポーズを取っていた。
「今夜19時より!水曜スペシャル・河口博ダンジョン探検隊、東京ダンジョン初潜入ライブ!ガチで潜るぜぇ!」
「毎回思うけど、よくそんな古臭い番組ノリ思いつくよな……」
苦笑しながら呟いたのはアキラ。チームの動画編集担当で、冷静かつドライなツッコミ役だ。
「よし、装備は全員確認済みだな。カメラ、マイク、モバイルWi-Fi、予備バッテリー、すべてOK。……ハルキ、ケーブル逆になってる」
「おっとっと、さっすがアキラ!頼りになるわ~!」
機材チェックで引っかかったハルキが舌を出し、慌てて修正する。彼はお調子者のムードメーカーだ。
そして最後に現れたのは、いつも集合時間ギリギリのカズ。
「わりーわりー!また電車止まっててさ!間に合っただけでも奇跡ってことで!」
「おせーよ!次から駅に住め!」
河口がいつもの調子でツッコミを入れると、いつもの調子で全員が笑った。
だが、彼らの笑い声の背後では、不可解な光景が展開されていた。
「なあ……あれ見た?」
アキラがそっと指を差す先には、黒いバイク。
黒猫宅急便のロゴがついた配達バイクが、なぜかダンジョンの入り口方面から走り出てきたのだ。
「……え、ダンジョンの中から?いや、たまたま通りかかっただけじゃ――」
「あっちにも……デリバリーピザだぞ」
ハルキが指差した先には、今度はピザチェーンのロゴ入りバイクがやはりダンジョンから出てくるところだった。
「マジで言ってんのかよ!?ここダンジョンだぞ?異世界だぞ?オートロックないぞ?」
「出入り自由って言っても、なんで配達入ってんだよ……」
メンバーがザワつく中、河口だけは目を輝かせていた。
「……こりゃマジで“何か”いるな。配達員が出入りしてるってことは、誰かが“生活”してるってことだろ?」
「それは……まあ、理屈としては成立するけど……」
「よし、決まりだ。今日のサブタイトルはこれだ!」
河口はスマホに文字を打ち込みながら、得意げに読み上げた。
「“謎の東京ダンジョンに住む謎の人物に接触せよ!”」
「いや、タイトル長っ!」
「しかも“謎”が二回も出てきた!」
「いいの、語呂が大事。ほら、水曜スペシャル感出てるだろ?」
呆れ半分ながらも、なんだかんだ付き合ってくれる仲間たち。
「よーし、行くぞ!河口博ダンジョン探検隊、いざ潜入開始だァァァ!」
ノリノリで歩き出す河口。その背後から、ナレーション風のセリフが響く。
「我々は、謎の東京ダンジョンに住む謎の人物が存在するという極秘情報を入手!
今、接触すべく、命を懸けたダンジョン探検を開始する――。
その人物は、ただの迷い人か?はたまた、異世界からの来訪者なのか!?
我々の調査がいま、幕を開ける!」
「誰がナレーションやってんだよ!?」
「自分で言うなよ!」
ツッコミを受けながらも、河口の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
今日は何かが起こる。
そんな予感を胸に、探検隊はダンジョンのゲートをくぐった――。
:謎のダンジョンと“撮影禁止”の警告
河口 博が手で合図を送ると、メンバーたちはそれぞれの持ち場についた。
ここは、都内某所に突如現れた未登録の“地下空洞”――
その入り口は、古びた雑居ビルの地下の、さらにその奥にぽっかりと空いた空間にある。
「……まさか、実在してたとはな」
アキラがヘッドライトの明かりを頼りに、足元を慎重に照らす。
「映像、入ってるよ。光量は問題なし」
カメラマンのミナトが声を上げた。
「OK、それじゃ――配信スタート!」
ピッという操作音とともに、スマホの画面にコメントが流れ出す。
河口 博の表情が一瞬で“配信者モード”に切り替わった。
「よお、みんな! 今日も“河口博ダンジョン探検隊”にようこそ。今回は、ついに突入するぞ。未登録のダンジョン、場所は――非公開! 理由は簡単、危険すぎるからだ!!」
《おおお!》《マジで来たのか》《フェイクじゃなかったんだ…》
コメントが勢いよく流れる。
その瞬間だった――
――『警告。ここは撮影禁止エリアです』
突如、ダンジョン内に機械のような無機質な声が響いた。
「……今、聞こえたよな?」
アキラが眉をひそめて天井を見上げる。
「自動放送……? 監視カメラでもあるのか?」
ミナトが壁を見回しながらつぶやく。
「うわっ、コメント欄が一気に流れてる!」
ヨッシーがスマホを覗き込みながら笑う。
《今の声なに!?》《誰かいるの!?》《やばくね?w》《もう逃げろw》
河口 博はニヤリと笑った。
「やばいなーこれは……。燃える展開ってやつだな?」
「おい、まさか続ける気じゃ――」
「もちろん続けるさ。こんな“やめろ”がある場所ほど、映えるんだよ」
そう言って博はカメラの前に立ち、挑戦的に言い放った。
「いいか? 俺たちが暴く。このダンジョンの最深部まで、赤裸々にしてやる!」
その瞬間――
――ザザッ……ッ……!
カメラの映像にノイズが走り、空気がわずかに震えた。
『……警告を無視しました。実力行使を検討します……えっち』
一瞬の沈黙のあと、ダンジョンの奥から、不気味な足音が――
「なあ、今、奥から何か来てねえか?」
「リーダー……、そろそろヤバいって……」
「……行こう。まだ行ける」
「もう止めても無駄だな」
アキラが肩をすくめた。
配信は続く――謎が謎を呼ぶダンジョンにて、“撮影禁止”の警告を受けた男たちの冒険が、いま本格的に始まった。
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