「あのお方、もしかして光様かしら?」
ベンチで読書をしていると、遠くからそんな声が上がる。
私は本に集中していたけれど、彼女たちの声に気づいて手を軽く上げた。すると、「格好良いー!」と歓声が上がった。
「やっぱり白の王子様よね? 私、初めてお顔を拝見したわ……」
「私もよ……ああ、もう死んでもいい……」
「いや、死んじゃダメだって!」
――まぁ、いつものことだ。
いや、彼女たちの会話はには少し驚いたけれども。
きっと彼女たちは新入生なのだろう。顔を初めて見た、と言うのも頷ける。
私は
どうやら、私は見た目がいいらしい。そのため、小学校の頃から注目を集めていた。
私の通う高校――黎明学園は、小学校から高校までの一貫校。それもあり、小学校の時につけられたあだ名が、今でも続いている。
――あだ名は「白の王子」。
大体私を呼ぶ時は、名前か白の王子と呼ばれることが多い。最初は私なんかが、と思った事もあるが……呼ばれているうちに、私もいつの間にか受け入れていたんだ。それからは可愛らしい女性たちに声をかけられたら、何をしていても笑顔で手を上げる事に決めている。
普段であれば、声をかけてきた女性たちは去っていくのだけれど……彼女たちは、そこで立ち止まって会話をしている。
「白の王子様は何を読んでいらっしゃるのかしら?」
「分からないわね……あ、よく見ると表紙が英語よ」
「もしかして、何かの原文を読んでいらっしゃるのかしら?」
そう、最近はシェイクスピアを原文で読むのが楽しくなってしまって――。
「流石白の王子様!」
「白の王子様は、学年で十人しか入れない特進科にご在籍なのでしょう? 『天は二物を与えず』と言うけれど……あの方は天に愛された方なのでしょうね……」
頬を赤く染めて話しているが、私はただ、地道に努力しているだけなのだが……。
むしろ――。
そう思いながら、隣の席に座る
「あ、そういえばもうお一方、天に愛された方がいるって聞いたわ!」
「私も知ってる! 『華の姫』様でしょう?」
私はその言葉を聞いて肩が跳ねた。まさに今、頭に浮かべていた人物だったからだ。
不思議と、あの子のことはいつも気になってしまう。『華の姫』と言う名に相応しい、彼女の事を――。
私はふと視線を感じて、先程より一ページも進んでいない本から目を離す。無意識に自分の教室へ視線を向けると、そこに彼女がいたような気がした。
――いや、気のせいか? けれど、もしあれが本当に彼女だったなら……。こんな不思議な心情の自分にクスッと笑うと、彼女たちが「きゃー!」と叫んでいた。
さて、そろそろ昼休みも終わる。新入生の彼女たちにも、教室へ帰るように促そう、そう思って腰を上げようとしたその時。
彼女たちに話しかける者がいた。
「貴女達、淑女としてはしたないですわよ?」
「はい、申し訳ございませんでした……」
どうやら私を見ながら会話をしていた事で、上級生から怒られてしまったらしい。以前聞いた事があるのだが、私が静かに読書をしている時は、挨拶されたらその場をすぐに去るように……という暗黙の了解があるのだとか。
まあ、確かに私としてもそれはありがたい。ずっと視線に晒されていたいわけではないからね。
私が立ち上がると、上級生の彼女に連れられて、新入生の二人が私に謝罪してくる。私は優しく微笑んだ。
「いいよ、これから注意してくれれば良いからね。さすがにずっと見られてると、落ち着かないかな」
「「は、はい……申し訳ございませんでしたぁ……!」」
私の前で緊張しているらしい彼女達が微笑ましい。
「君もありがとう。ああ、そろそろ授業が始まるから、三人とも教室に戻ろうね? 私はお先に失礼する」
そう言って私は彼女達に向かって片手を上げて去っていく。
後ろで彼女達が「かっこいいぃぃぃぃ……」と呟くのが聞こえた。
そんな私も、ひとつ悩んでいる事がある。
クラスメイトが私を『華の姫』とくっつけようとしているように思えるのだが……気のせいだろうか?