お互いの気持ちを確かめ合った私たちは、微笑み合う。
ふと二人で窓の外を見ると、沈みかけていく夕日と一番星が私たちを祝福してくれているように輝いていた。
その後、どれくらい見つめあっていただろうか。
星が瞬き始めた、その時――。
「ちょ、待ってって! 翡翠さん、押さんでよ!」
「だって、だって、あんなインスピレーションしかない光景を絵に収めたいじゃないですかぁぁあぁぁぁぁあdcああsfだpj――」
「ちょーやばたんピーナッツじゃん! 翡翠ちゃんが壊れた〜!」
ケラケラとりおなさんが笑う。
そして誰かの「あっ」という声で、教室の扉の後ろから皆の姿が見えた。
雛乃ちゃんは顔が真っ赤である。
私も多分顔は赤いだろうな。頬が熱くなっている気がするから。
全員が私と視線が合う。そして――。
「じゃあ、あとは二人でどうぞ」
渚くんがそう言って去ろうとする。
その言葉に翡翠さんが反論し……。
「いやいやいや! 今までの絵をここで描き残したい! あの絵を見ていたら、何回でも芸術の神が降りてくるもん、絶対いいいいぃぃぃぃぃ〜!」
……うん、完全なる駄々っ子にしか見えない。
呆然としている私たちに微笑みながら、しれっと歩いてきたのは朱音さんだった。
「ふふふ、雛ちゃん。おめでとうばい」
「おめでとう〜、光くん。おめでとう〜! 雛乃ちゃん」
隣にいたのは麗奈さん。
まるでさも、私たちは何も見てません、という雰囲気を漂わせている。
私は頭を押さえた。
「図ったね?」
麗奈さんと朱音さんは顔を見合わせ、後ろにいた渚くんにも視線を合わせる。
そのに見せてきた満面の笑みが……まあ、答えだろう。
あの告白を見られていたと思うと、少々気恥ずかしいのだが。
そう考えていると、隣でぽかんと口を開いていた雛乃ちゃんが笑い出した。
「ねえ、光くん。なんか私たちらしいね!」
「……ああ、確かにそうだな」
雛乃ちゃんは皆に見られた事で吹っ切れたのか、私の腕に寄り添ってくる。
……腕に温もりを感じた。その温もりが私を現実だと教えてくれる。
私は思わず反対の手で彼女の頭を撫でた。すると雛乃ちゃんは嬉しそうにはにかむ。
「まあ、そういう事だから、よろしく」
にっこりと微笑んでいる麗奈さんと朱音さん。
後ろで音をさせずに手を叩いているりおなさん。
顔を赤らめて興味深そうにこちらを見ている栞さん。
興奮している翡翠さんを止めている渚くん。
涎を垂らしながら……スケッチブックに向かっている翡翠さん。
そして最後に、私の腕に掴まっている雛乃ちゃんを見た。
彼女の笑顔が今までで一番綺麗に見えたのは、きっと私も嬉しかったからだろう。
「おはよう、光くん」
「おはよう、雛乃ちゃん」
あの日から、私たちは今までと変わらず楽しく過ごしている。
いや、ひとつだけ変わったと言えば、私と雛乃ちゃんとの距離だろうか。
「そう言えば光くん! 駅前に新しくカフェができたんだって! 行ってみない? 光くん、甘いもの好きでしょう?」
「好きだけど……私でいいのかい?」
「最初は光くんと一緒に行きたいなと思って! 皆ともまた行くよ!」
にっこりと笑う雛乃ちゃん。
私はりおなさんと朱音さん、麗奈さんへと視線を送る。
……すると全員が手を振っていたので、まずは二人で行っても良いらしい。
「そうだな……いつに……ん?」
雛乃ちゃんの言葉に応えようとして、廊下が騒々しい事に気がつく。
全員が目を丸くして扉を見ていると、そこから現れたのは紗夜さんと真くんだった。紗夜さんは後ろ手で真くんを引きずりながら、「失礼します」と入ってくる。
「あの、光さん。ご相談がございまして――」
「紗夜はん! わて、頑張るから、頑張るから光はんだけは許してーな!」
「もしかして、また漢文の件かな?」
渚くんが肩をすくめる。
「その通りです。この人、『教えてもらったんところ、忘れてもーた!』と言い出しましてね――」
「ジョーダン、そうジョーダンや! 覚えとるからぁ……!」
……私が雛乃ちゃんと進展したからだろうか。なんとなく真くんの考えが分かるような気がした。
きっと真くんは紗夜さんに構って欲しいんだろう……。
「紗夜さん。確かまた漢文のテストが来週ありましたよね? その時に点数が低かったら、私がまた見ますよ」
確か来週も漢文の小テストがあったはずだ。
真くん、地頭は良いのですぐに忘れるとは思えないしな。
「……そうですね。猶予を与えるのも必要ですね……」
「ああ……神様仏様、光様や……!」
大袈裟に呟く真くんに、私は一言だけ笑いながら告げた。
「真くんも、『紗夜さんに勉強を見てほしい』って、素直に言えば良いじゃないか」
その言葉を聞いて紗夜さんの頬がほんのり赤く染まる。
……おや、もしかして何か二人にあったのかもしれない?
真くんは顎が外れるんじゃないか、というくらい大きな口を開けている。
「光はんが……光はんが……! 大人の階段を……!」
「真っちの言い方、ちょーウケるぅ〜!」
「以前は超鈍感だったのに、変わるものねぇ……」
ゲラゲラと笑うりおなさん。
麗奈さん、ちょっと待って。毒舌すぎないか……?
そんな笑いが絶えない中。
私の腕がぎゅっと掴まれる。雛乃ちゃんだ。
頬がお餅のように膨れていて、可愛らしい。
「その時は私も勉強会参加するからね! まずは今日のカフェ! 手を繋いで行こうね!」
いつの間にか、カフェは今日に決定していたらしい。
……成程? もしかして真くんとの勉強会と聞いて嫉妬してくれたのかな?
そう考えたら少し嬉しくなった私は、「分かったよ」と雛乃ちゃんに言った。
すると、彼女の目がキラキラと輝き、満面の笑みになる。
まるで花が開いたように――。
そんな時、気づいた。手を繋いで行く、とさっき雛乃ちゃんは言っていたか?
「でも、良いのかな? 2人で腕組んで歩いたら、おかしくないか?」
私が首を傾げると、雛乃ちゃんは目を瞬かせた。
そんな姿も可愛いと思う私は、きっと雛乃ちゃんに骨抜きにされているのだろう。
私の言葉に少し考え込む雛乃ちゃん。その姿も――。
「大丈夫よ! 女の子同士で手を繋いだって、仲良しって思われるだけだよ!」
それもそうか。
今日は楽しみだな。