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スパイ任務のために仮死で夫から姿を消したのに、また彼に見つかって今度は手放してくれない
スパイ任務のために仮死で夫から姿を消したのに、また彼に見つかって今度は手放してくれない
オレンジ12
恋愛現代恋愛
2025年06月12日
公開日
5.1万字
連載中
風間俊介がすべてを失ったあの年、 朝倉初音は彼にとって最も残酷な一撃を与えた—— 彼の目の前で、宿敵・神谷遥の車に乗り込んだのだ。 その後、俊介は成功を手にし、あらゆる手を尽くして初音を妻にした。 誰もが「風間俊介は朝倉初音を深く愛している」と信じていた。 だが現実は違った。俊介は、初音を完全な「笑い者」に仕立てあげたのだ。 それでも彼女は泣きもせず、怒りもせず、ただ静かに彼のすべての侮辱を受け入れた。 彼が知らなかったのは—— 彼女の命には、もうあまり残されていなかったこと。 彼が復讐に燃える毎日、 彼女はベッドの上で、 静かにカウントダウンをしている...

第1話 どうしてよりによって、あの人なの

風間俊介が家族も地位もすべてを失ったあの時、朝倉初音は彼に決定的な一撃を与えた——彼の目の前で、宿敵・藤堂遥の車に乗り込んだのだ。


それから数年後。

俊介は成功を収め、あらゆる手段を使って初音を妻に迎えた。

誰もが、彼が初音に深く愛情を注いでいると信じて疑わなかった。

だが、彼は夜ごとにいろんな女を連れ帰った。

中にはかつて初音をいじめ抜いた黒川真奈の姿まであった。


風間俊介は、朝倉初音を世間の笑い者にした。

それでも初音は、泣きもせず、怒りもせず、ただ静かに、彼の仕打ちをすべて受け入れた。

その様子に俊介は苛立ち、激しく唇を奪いながら、低く問い詰めた。

「……嫉妬もしないのか?」


彼には知らなかった——

初音には、もう時間が残されていないということを。

彼が復讐の名のもとに初音を傷つけていたその日々、彼女は黙ってその“終わり”を数えていたのだ。


「朝倉初音、最終試験合格おめでとう。」

薄暗いセーフハウスで、男は銀色のバッジを彼女の前に滑らせた。

「君のコードネームは“ナイチンゲール”。仮死用の薬はすでに注射済み、記憶消去手術はその後に行う。」

「君は、スパイになるということがどういう犠牲を伴うか、理解しているな?」

「……ええ、理解しています。」

彼女は知っていた。

スパイになるということは、これまでの人生すべてを捨てるということ。

自ら死を偽装し、記憶を消され、新たな身分で“別人”として生きる運命。


初音はバッジを手に取り、その鋭い縁を指先でなぞった。

左肩の傷口からはまだ血がにじんでいる。銃弾がかすめたところが熱く疼く。

だが、痛み以上に彼女の心を締めつけているのは、この先に待ち受ける“彼”——風間俊介の存在だった。


深く息を吸い、彼女は風間家の扉を開いた。

リビングから、女の甘ったるい笑い声が聞こえてくる。その音が耳をつんざいた。

今夜もまた、俊介は女を連れてきていた。何人目かなんて、もう覚えていない。

「俊介、このカーペット、すっごくふわふわ~」

初音の足が止まった。

この声……間違いようがない。黒川真奈。

かつて自分を美術室に閉じ込め、カッターで背中に“ビッチ”と刻んだ悪魔。

その悪魔を、俊介は優しく抱き寄せ、初音の目の前で“愛”を演じていた。

——結局、人を一番深く傷つけるのは、身近な存在だ。

俊介は初音を痛めつけるために、あえてその“悪魔”を抱いたのだ。


「俊介~」

黒川の声は蛇のように絡みつく。

「このメイド、ずっと私を睨んでくるの。怖~い。」


俊介はソファにもたれ、黒川の髪を指で弄びながら答えた。

「気にするな。ただの下賤な使用人だ。」

彼は初音を見やり、薄く笑って言った。

「戻ったのか。ちょうどいい。ワインセラーからワインを取ってきてくれ。」

彼女の足元に札束が落とされた。

「余りはチップだ。肩の傷、大丈夫か? 金が好きなお前には、それが一番の薬だろ。」

胸がひどく締めつけられた。

初音は何も言わず、その場を離れた。ワインを取りに、邸宅を出る。

外に出ると、冷たい夜風に身をすくめる。

見上げれば、二階の窓には明かりが灯っている。


——三年前も、こんな夜だった。

俊介は父を亡くし、家も会社もすべてを失っていた。

その夜、初音は彼の前で、藤堂遥の車に乗った。

俊介は泣きながら車を追いかけ、三つの通りをも駆け抜け、ついには雨の中で転倒した。

肋骨三本を骨折し、三ヶ月も病院で寝込んだと聞いた。


そして今、俊介はビジネス界の新星として返り咲き、最初にしたことが、初音との結婚——そして毎日のように彼女を辱めることだった。

ワインを持って戻った初音を、俊介はバスタオル姿で手招きした。

初音は無表情で主寝室に入る。

部屋には淫靡な空気が漂い、ベッドは乱れ、バスルームからはシャワーの音が聞こえる。

「片付けてくれ。」

俊介が指さす。

「そのあと、真奈の服をバスルームに持っていってくれ。」

彼女は無心でベッドの上の衣類を集める。

黒いレースの下着を拾い上げたとき、不意に俊介が彼女の手首を掴んだ。

「何か言いたいことはないのか?」

低く、冷たい声。

初音は穏やかに答えた。

「風間社長、朝食の準備は必要ですか?」


その瞬間、俊介の目が凍りついた。

彼は初音を壁に押しつけ、その体を覆うように迫った。

「三年ぶりか。随分と鋼の心臓になったもんだな。」

酒の匂いと黒川の香水が混じり、初音の鼻腔を刺す。

鼓動が早まりながらも、彼女は表情を変えなかった。


「どうしてあの女なの?」

かすれた声で、ようやく絞り出した。

「あの女が私に何をしたか、あなたは知ってるでしょう。」

俊介はゆっくりと袖口のボタンを締めながら言った。

「……だから何だ?悔しいか?」

俊介は彼女の顎を掴んだ。

「三年前、俺をゴミのように捨てたお前が、今さら何を言う?」

その吐息に混じる黒川の香りが、初音の心をえぐる。

「俺は見せつけてやる。お前の一番憎んでる相手が、お前のすべてをどう奪っていくか。」


初音は静かに微笑んだ。

「風間社長、冗談がお上手で。金に目がくらんだ私に、悔しがる資格なんてありませんから。」

彼女は彼の手を振りほどき、背を向けて歩き去る。

誰も見ていなかった。

彼女の手のひらに、爪が食い込んだ赤い痕を。

誰も知らなかった。

三年前、彼の入院先に匿名で献血に行ったことも。

そして今朝、肩に負った銃傷が、彼を守ってできたものだということも。


——その殺し屋は今、郊外の廃倉庫で眠っている。

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