配信を終えたあと、悠人はぼんやりとスマホをいじっていた。
言われた通り、ジャンルについて調べる。配信サイトでは、ジャンルを三つまで選べるシステムになっている。人気どころは「雑談」「ゲーム実況」「日常配信」……自分が選んでいたのもそのへんだった。
だが、nonameが言った通り、それは多すぎる。似たような配信者があふれていて、素人の悠人が目立つわけがない。
「……だからって、今さら手芸とか料理とかやる器用さもねぇしなぁ」
ため息をつきながらスワイプしていると、目に止まるタイトルがあった。
「――《ダンジョン配信・地下5階から脱出中》?」
目を細めて見直す。画面に映るのは、暗い石壁と揺れるライトの光。誰かがヘルメットを被り、配信しながら狭い通路を進んでいる。
「……マジで、ダンジョン? なんじゃそりゃ」
タグを確認すると《#ダンジョン》《#冒険配信》《#リアル脱出中》の文字。
興味本位でほかの配信も見てみると、確かに、似たような「ダンジョン系」がいくつも出てきた。朽ちた木の扉を開ける配信者、地下の水路を歩く配信者、さらには「魔物に追われてますw」なんてタイトルまで。
「……いや、でもこれ作り物じゃないの? 演出か? 地下施設とか使ってんのか……?」
疑いつつも、少しワクワクしている自分に気づいた。
すぐに自分の配信を立ち上げると、画面にnonameの名前が表示された。
「nonameさん、さっき言ってたジャンル、見つけたよ。あったよ、ダンジョンってやつ!」
そう報告すると、タイミングよく、もうひとり視聴者が入ってきた。
《ミミコさんが入室しました》
《ミミコ:こんにちはー!配信初見です!》
明るいコメントとともに、スタンプがひとつ、可愛い猫のキャラが飛び跳ねている。
「あ、どうも、こんにちは……!」
ちゃんと挨拶してくれるのは嬉しい。が、そのあとすぐにアイテムが投げられ、コメントも続々と送られてくる。
《ミミコ:がんばってください!》
《ミミコ:初見ですが応援してます〜!》《ミミコ:ダンジョンジャンルって気になりますね!》
(……ミッション狙いか?)
ポイント目当てで視聴・アイテム・コメントを一通りこなす“巡回型”の視聴者。滞在時間も長くないことが多い。悠人はすぐに気づいたが、表には出さなかった。
だが――。
(……いや、待てよ?)
ふと思い返す。
三ヶ月間、ずっと誰も見なかった配信。ミッション狙いの巡回系ですら一度も入ってこなかったのだ。それが今日は二人も来た。
「今日って……もしかして大安とか? 天赦日? 占いで最強の日?」
誰にも聞こえない冗談をこぼす。
「ま、たとえジャンルが“ダンジョン”でもさ……」
言葉を区切り、笑いながら続けた。
「現実にダンジョンなんてあるわけないし。歩いててトラックに轢かれて異世界転生しない限り、無理だろ? ははっ……」
《ミミコ:あはは、それなです!》
《ミミコ:でも“異世界ダンジョン配信”ってウケそうですよね〜》
《noname:実現する日が来るかもな》
「ないない。そんなラノベみたいな展開あるかっての……」
だが、そのときだった。
――ガシャァァァン!!
耳をつんざくような衝撃音。地鳴りのような振動。続いて聞こえたのは、甲高いクラクションと、金属が軋む音。
そして、壁が砕けた。
白い光と鉄の塊が、部屋の中に突っ込んでくる。
トラックだった。
悠人の意識は、その瞬間闇に……。