夕食の準備をしながら、俺はいつものようにパソコンの画面を開き、何の動画を見るか選ぶ。
ホーム画面をスクロールしていると、目に飛び込んできたのはお気に入り配信者の『まったり解説』の新着動画。
これだ、今日の気分にピッタリだと、迷わずクリックする。
パソコンの画面がゆっくりとフェードイン――。
背景には、青く輝く結晶が漂うダンジョンの入り口。
光が反射し、神秘的な雰囲気を醸し出す。
その手前に、ふわふわと浮かぶ二人のキャラクター。
赤いリボンが特徴の『まったり魔理亜』と、青い髪に幽霊のような尾が揺れる『まったり霊亜』だ。
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「みんなー、まったりしてる?まったり霊亜だよ~。今、魔法とテクノロジーが融合して、ダンジョンがバズりまくりの時代になってるの! ハラハラドキドキの冒険が、いつも画面越しで見られるんだよ~!」
「やっほー! まったり魔理亜だぜ~。今日は、そんな日本で爆発的に流行ってる『ダンジョン配信』の世界を、まったりしながら解説していくぜ~!準備はできてるんだぜ?行くのぜ! 」
「「まったりしていってね!!」」
「まずは重要なキーワード!『ダンジョン』!10年前に日本各地に突然現れた、謎の次元に繋がる迷宮だよ。そこには凶暴なモンスター、キラキラ輝く宝物、超レアな魔法アイテムが詰まってるんだ~。冒険者の夢の舞台だよね~!」
「そうなんだぜ。んで、このダンジョンに潜って、モンスターをブッ倒したり宝をゲットする様子を、リアルタイム配信するやつらがいるんだぜ。それが『D-Tuber』、ディー・チューバーだぜ!今、若者の憧れの職業で、トップD-Tuberはアイドルやプロゲーマーより人気なんだぜ!」
「D-Tuberの配信は、視聴者からの『投げ銭』で成り立ってるの~。人気D-Tuber、例えば『ブラックナイト』や『ミスティローズ』は、1回の配信で100万人以上が視聴、投げ銭が億単位になることもあるんだって! 豪邸がポンと建っちゃうレベルだよ~! 羨ましい~!」
「でも、D-Tuberになるのは簡単じゃないんだぜ!配信には『水晶玉』っていう魔法デバイスが必要で、これがカメラアングルを自動調整したり、視聴者のコメントをリアルタイムで表示してくれるスゲー装置なんだぜ!でも、最安モデルでも100万円~300万円。高額だから、新人には大きな負担だぜ」
「そうそう、D-Tuberになるには『ダンジョン配信資格試験』に合格しなきゃいけないのさ。体力テストは40キロの装備を背負って1時間全力マラソンしたり、魔法耐性の測定、
「試験をクリアしても、D-Tuberとして食っていくのは一握りだぜ。面白い配信、迫力のある戦闘、カッコいい演出、全部求められるんだぜ。投げ銭が少なかったら、水晶玉のローンや装備の修理代も払えねえから、バイトを掛け持ちしながら配信するやつも多いって話だぜ!」
「ダンジョンに潜れば、モンスターが集団で襲ってくるし、トラップは即死級。骨折や打撲は当たり前。戦闘でトラウマを抱えてメンタルが壊れる人、配信を辞める人も多いんだよ~。去年のダンジョン死亡事故は250件を超えてるし、ほんと、命賭けの大変なお仕事だよー」
「それでも、D-Tuberは視聴者に夢と興奮を届ける、すごい仕事なんだぜ。命を賭けて戦う姿はまるでヒーロー!ほんとリスペクトだぜ!」
「さてさて、ここまではD-Tuberの輝かしい世界だったけど~、ここからガラッと変わって、ダンジョン配信のドロドロした裏側、『裏配信者』の話だよ~! ちょっとヤバい話だから、まったり覚悟してね~!」
「裏(URA)のUをとって、U-Tuber! ぶっちゃけただの犯罪者なんだぜ! 資格を取る気もねぇ、水晶玉を買う金もねえ、そんなやつらが、法をブッチしてダンジョンに潜ってるんだぜ!」
「そうそう、U-TuberはD-Tuberと違って、正式な資格も許可もないの。ドローンやスマホのカメラでダンジョンの中をコソコソ撮影して、闇ネットや裏サイトで配信してるんだよ~。完全に違法行為! 捕まったら逮捕、罰金、懲役コースだよ~!」
「配信の中身も、倫理的にマジでアウトだぜ! 戦闘技術なんてほぼゼロだから、モンスターとの戦闘はD-Tuberに押しつけて、宝や資材をコソコソ盗んだりするんだ。もし、トラップで死にかけたり、モンスターに捕食されかけても、一部の視聴者にウケるってんだから、信じられねえぜ!」
「ほんと、不謹慎すぎるよね。 視聴者も、裏配信の『リアルなピンチ』を見て喜ぶような、ちょっとアレな人たちが集まるの。コメント欄も、モンスターに追い詰められてパニックってる姿を笑ってるし。こんなの違法なお金儲け、ありえないわ」
「ダンジョンに入るのだって、警備員をだましたり、入り口を不法侵入したりするからな! 装備も粗末で、壊れたら自腹だぜ。モンスターに襲われても誰も助けてくれねえ。去年の裏配信の死亡事故は、公式発表で250件以上、闇ネットじゃ500件超えるって噂だぜ! 無謀すぎるだろ!」
「中には『裏配信で稼いでから、いつかD-Tuberになる!』なんて寝ぼけたこと言ってる人もいるけど、ほとんどの場合は捕まるか、モンスターにやられて終わりなのよ。ダンジョン管理組合のルールを無視して、命を賭けてまで違法行為するなんて、可哀想な人たちだね」
「だぜ! U-Tuberはヒーローでもなんでもねえ、ただの無法者だ! 視聴者も、こんな違法配信見て盛り上がってる場合じゃねえぜ! ダンジョンは命がけの場所なんだから、ルールを守って戦うD-Tuberを応援しろよな!」
「ってことで、D-Tuberはルールを守って命がけで戦うヒーロー、裏配信者はルールをブッチする犯罪者! みんな、裏配信みたいなヤバいものには絶対近づかないで、健全なD-Tuberの配信をまったり楽しんでね!」
「次回はもっと明るいダンジョン配信の話題をまったり解説するのぜ! それじゃあ、みんな!」
「バイバイーー!!」
「あ、チャンネル登録と高評価もよろしくね~!!」
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キッチンで玉ねぎを刻んでいた俺の手が、いつの間にか止まっていた。
「犯罪者……か……」
胸にグサッと刺さる。
「こうもストレートに言われると、キッツいな…」
最近、U-Tuberとしてこっそり配信始めた俺にとって、この言葉はかなり効いた。
―――資格も水晶玉もねえから、スマホでダンジョンの入り口あたりをチマチマ撮って、闇サイトにアップしてるだけ。視聴者はまだ5人とかそのレベルだけどさ。
包丁を置いて、俺はパソコンの前に座り直す。
コメント欄に「U-Tuberやって何が楽しいの?ハイエナじゃん。○ねばいいw」ってのがあって、ちょっと胃がキリキリする。
確かに、俺がやってるのは違法だ。
人の目を盗んでダンジョンに忍び込んで、ボロボロの装備でビクビクしながら撮影してる。
モンスターに追いかけられた時は、マジで死ぬかと思ったし。
でもよ、D-Tuberになるための金も力もねぇ俺みたいなやつには、これしか道がねえんだよ...。
机の隅に置いてある、傷だらけのスマホを手に取る。
そこには、さっきアップした最新配信の通知。
視聴者からのコメントは「もっと奥まで行けよ!」「ビビりすぎw」って煽りばっかだけど、投げ銭が1000円入ってたのを見て、ちょっとだけテンションが上がった。
「いつか真っ当なD-Tuberになる」、動画でバカにされてた夢だけど、俺は本気だ。
闇サイトでコツコツ稼いで、資格取って、水晶玉買って、堂々と配信するんだよ。
「ったく、まったり解説のやつら、簡単に犯罪者呼ばわりしやがって…」とぶつぶつ言いながら、画面を閉じる。
―――次回の配信は、もっと攻めた内容にして、視聴者をガッツリ引き込む。
「U-Tuberだろうが何だろうが、俺は『俺のやり方』で這い上がってやる」