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ビー玉を覗く
ビー玉を覗く
葵ひかり
恋愛スクールラブ
2025年06月13日
公開日
1,173字
完結済
夏の夕暮れ。切り取った青い時間。 ※こちらの作品はエブリスタでも月野志麻名義で投稿している作品になります。

ビー玉を覗く

 ジワジワと蝉が鳴いている。


 積乱雲が主張する真夏の空は、もう十六時だというのに、まだ青い。

 顎を伝う汗が、気になる。


「祭り、誰と行くの?」


 バス停脇のベンチ。一人分間を空けて、端と端同士に座る私たち。


 園崎そのざきくんは、ラムネを飲みながら私に尋ねた。ラムネ瓶の中の青いビー玉が転がる音が響く。


「同じクラスの、女の子たち」

「へぇ。みんな浴衣?」

「うん、そう。そういう約束、したの」


 園崎くんとは家が近く、小中、それから高校も同じ。中学生のころから、何があった訳でもないけれど、お互いあまり話さなくなってしまった。


 それは別に私たちだけに限ったことじゃなくて、この、一人分空いたスペースのような微妙な距離感はきっと、『男女』を意識したときに、誰にでも生まれているものなのだと思う。


 本当に久しぶりに会話を交わしている。きっと、この場所に私たちしかいないから、話せてる。


 今日は、高校近くの神社で縁日があって、それに向かうためのバスを待っている。園崎くんも、私も。


「園崎くんは? 誰と行くの?」

「同じクラスのやつら」

「彼女……とか?」

「いないから、彼女とか」


 園崎くんが笑う。


 いないんだ。


 そっか、と相槌を打ちながら、ホッと胸を撫で下ろしている私がいる。上がりそうになる口角を、奥歯を噛みしめてこらえる。


 不意に、園崎くんがベンチを立った。間もなくバスが来る時間だというのに、彼はバス停裏に行ってしまった。


 もう十六時を過ぎているのに、まだ蝉が鳴いている。けれど、園崎くんの姿が見えなくなって、なんだかとても静かな空間になってしまったように思えた。


「園崎くん、もうすぐバス来るよ」


 寂しくなって、声を掛ける。「おー」と軽い声が返ってきた。


江口えぐち、はい」


 Tシャツの裾で何かを拭いながら、江口くんがバス停裏から戻って来る。手を出すように言われ、素直に差し出せば、その上にころんとビー玉が転がった。


「ビー玉好きだったでしょ」


 屈託のない園崎くんの笑顔を見て、「あ、」と思わず赤面した。


 小学五年生の夏休み。駄菓子屋さんで会った園崎くんは、店前のベンチに座って、今日のようにラムネを飲んでいた。その隣で、くじで引き当てたビー玉を光に透かして眺めていた私に、園崎くんは「ビー玉好きなの?」と尋ねてきた。うん、と頷いたのか、好きだと答えたのかは忘れてしまったけれど、帰り際、園崎くんが「あげる」と言って、ラムネ瓶に入っていたビー玉をくれたのだ。


「今って、簡単に蓋開けられるの知ってた? 昔は瓶、叩き割ってたけど。あ! さっき裏の水道でちゃんと洗ってるから」

「ありがとう」


 園崎くんは、「うん」とあの日と同じように、満足そうな表情で頷いた。


 そしてまた、一人分のスペースを空けてベンチに腰を下ろした。


 世界を透かすように、園崎くんから貰ったばかりのビー玉を覗く。


 見慣れた景色は、ときめくほど、青く青く、輝いていた。


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