彼は焦っていた。
とても焦っていた。
トイレを探して……
そこの君。笑いごとではない。
これは、とっても切実な問題だ。
彼が早くトイレに入らないと、大惨事になってしまうのだよ。
そんな状況が訪れたのは、彼が通勤電車に揺られていた時のこと。
仕方なく、彼は本来降りる予定のない駅で降車した。
しかし、駅のトイレは長蛇の列。
待ってなどいられない。彼は駅を出て最寄りのコンビニに向かった。
だが、どこのコンビニもトイレには誰かが入っている。
「くそ! トイレは……トイレはどこだ! 早くしないと大変な事に……」
彼は走った。走った。走った!
公衆トイレを見つける。
しかし、トイレは清掃中。
清掃員はニッコリと微笑んで彼に言う。
「後、十分で終わりますよ」
「そんなに待てるか!」
彼は再び走った。
一軒のファーストフードに入る。
「いらっしゃいませ」
「ちょっと。トイレ貸してくれ。終わったらコーヒー買うから……」
「ど……どうぞ」
彼はトイレに向かった。だが、そこには列が……
「クソ! ここもか……ん?」
よく見ると、並んでいるのは女性ばかり。
男子トイレは空いていた。
彼は男子トイレに向かう。
と、その時、横から出てきた男が先にトイレに入ってしまった。
「おのれ」
こうなったら、出てくるまでノックし続けてやろうと考えた時、女子トイレの列からオバサンが一人抜け出して男子トイレの前に陣取ってしまう。
「ちょっとあんた! ここは男子トイレですよ!」
「いいじゃないの。女子トイレが一杯なんだから」
「非常識でしょ」
「五月蠅いわね。男なんてそこらの空き地でやればいいのよ」
セクハラである。
「こんな都会のどこに空き地が……」
「この店を出て左の路地の奥に、誰にも見られない空き地があるわよ」
「なに!?」
彼は早速、言われた通り空き地に向かった。
「よし! ここなら誰にも見られない」
おい! 人に見られていなければそれでいいのか? と君は思うだろう。
いいのだよ。彼の場合は……
その頃、二十キロ東の新宿上空では、宇宙怪獣と防衛隊が戦っていた。
なにを唐突な? と思われるかも知れないが、ここはそういう世界なのだから仕方がない。
防衛隊の戦闘機が次々とミサイルを放つが、もちろん宇宙怪獣にそんなものは通じなかった。科学的におかしいと思われるかも知れないが、宇宙怪獣相手にまともな科学考証などというものは通用しないのだ。
怪獣はやがて地上に降りる。
高層ビルを破壊しようとしたその時だった。
西の空から光る物体が飛んできた。
それを見た人々は口ぐちに叫ぶ。
「おお! あれはなんだ?」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「ロケットよ!」
「違う! ミラクルマンだ」
宇宙からやって来たスーパーヒーローミラクルマンだった。
「ミラクルビーム」
ミラクルマンの放ったビームの一撃で、宇宙怪獣は瞬く間に倒された。
辛うじて大惨事は防げたようだ。
強いぞ、ミラクルマン。
ありがとう、ミラクルマン。
怪獣を倒して帰って行くミラクルマンはぼそっと呟いた。
「毎回、人に見られないで変身するのは大変だな。電話ボックスは減っているし、怪獣が現れる時に限ってトイレは込んでいるし……」