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【STRAY-LINE】
【STRAY-LINE】
ミスミシン
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年06月15日
公開日
8,864字
連載中
没入型VRゲーム【STRAY-LINE】。このゲームは、配信を目的としたダンジョン攻略ゲーム――だったはずだった。 ある日、ゲーム内で起きた地震。その地震のために起きたバグによって、【STRAY-LINE】の世界はまるで違う世界へと変貌してしまった。 ― Project:LACHESIS ― それは、突然の変貌によって「死」が実装されてしまった【STRAY-LINE】の内部を探索し、その様子を配信する配信者を探すためのプロジェクト。 【STRAY-LINE】に関わる様々な企業は、このプロジェクトの中で様々な有名配信者を送り出し、時にはその死を配信し続けていた。 【STRAY-LINE】の中には、ゲームではない「死」が存在する。 その現実を身を以て経験した一人である玖堂奏(くどう・かなで)は、【STRAY-LINE】内部での事故で両足が動かない障害を負った。 しかし彼は今も、【STRAY-LINE】の配信画面を見つめ続けている。 【STRAY-LINE】の謎を解明するために。 そして、VTuberの緋野アイラと幼馴染みの守屋陽――今や二人きりとなったパーティを観測する《観測者》として。

第1話 血のログアウト事件

 お前は、〝誰かが死ぬ瞬間〟を見て、投げ銭をしたことがあるか?

 俺はその光景を、〝投げ銭をされる側〟として見ていたことがある。

 鈴の音のような効果音とともに、スタンプと様々な色の課金通知が画面を彩る。投げ銭の総額だけが、無慈悲に積み上がっていった。

 それはひどく滑稽で、馬鹿馬鹿しくて──けれど、仲間の「逃げろ」という声より、よほど鮮明に、今も脳裏に残っている。


 【STRAY-LINEストレイ ライン


 それが、俺たちが〝死んだ〟場所の名前だ。

 元々はVRアバターを作成し、配信をしながら記録を競い合う多人数参加型ダンジョン探索ゲームのプロジェクト名だったソレは、配信が必要となるという特異性からすぐに多くの配信者が集まった。

 このゲームの特徴は、プレイヤーが見れない情報を配信を見ている外部の人間は見る事が出来るという事。

 それゆえに、いわゆる「指示厨」と呼ばれていた層のファンも積極的にチャットに参加するようになり、自分のチャットを読んでもらうために高額課金をする人間も馬鹿みたいに増えていった。

 多分、そういう目的のゲームだったんだろうなとは、俺も参加すると決めた時から感じていはしたんだ。

 だから俺は、自分の配信の時には投げ銭機能を切っていた。

 配信は好きだったけど、仲間とゲームを楽しむことが目的で、攻略速度には興味がなかったからだ。

 そんな俺のやり方を、「お高くとまってる」と批判するアンチもいたが、おおむね視聴者には好評だったと思う。

 だが、まぁ、そうやって目立つチャットを送れないという事は、有効な攻略手段が埋もれてしまうという事でもある。

 何しろプレイヤーたちは実際にダンジョンに入っているのと同じ事だから、視覚や見れる情報が限られている。

 俺の知る限り、配信を見ている視聴者たちの中には有料ツールでいろんな方角からマップを見ている人間も居るし、どうしたって視聴者からの情報頼りになる初見ボスなんかも、普通に居た。

 だから俺は、初見のボスに限っては投げ銭機能を解放するようにした。これもまた開けたばかりの頃は色々言われたけれど、結果が出始めればそういう声は自然と消えていくものだ。

 特に、荒らし目的の低額投げ銭の連中が高額を投げるファンに蹴散らされるようになると、アンチも自然と消滅していく。

 その結果、エンジョイ勢でしかなかった俺たちの攻略速度は他の配信者を圧倒するまでになった。

 別に攻略速度とか、一番乗りとか、そんなんはどうでもいいんだけど。なんて、配信後の雑談ルームで言いはしたが、嬉しくないわけがない。

 仲間たちと初めてとった【攻略一番手ファーストライン】のトロフィーは、今でも俺の宝物になっている。


 楽しかった。純粋に、視聴者や仲間たちと共にゲームを共有出来るのが、本当に楽しかったんだ。


 あの日は、また俺たちが【攻略一番手ファーストライン】をとれるかどうかという、微妙な速度での攻略だった。

 いつも高額課金をしてくれる視聴者がチャットに揃い、今までアンチだった奴らも固唾を呑んでボスまでの道で出てくる敵の攻略を見守っている、そんな時。

 そんな時に、あの大地震が起こった。

 あの地震が引き金だったのかは、今も分からない。でも──あれを境に、何かが狂った。それだけは確かだ。

 その瞬間から身体に刻まれていった痛みも、絶望も、何もかもを覚えているから。


 あの地震の直後に襲ってきたランダムエンカウントのモンスター。いつもだったら何でもない敵だったはずのそいつ等との戦闘で、突然前線に立っていた盾役タンカーの腕から血が噴き上がった。

 本人だけでなく見ていた俺たちパーティメンバーも、そして視聴者も、度肝を抜かれて声を失う。

 だって、【STRAY-LINE】はただのゲームだ。グラフィックがボロボロになる演出はあっても、出血エフェクトなんて、そんな機能は存在しない。

「うあああああいてえええええええ!!!」

「落ち着け!! タルカス! 立て!!」

 しかも、痛みなんてそんな、あるわけがない。

 だって、だって、これはゲームだ。怪我をしたって「いてぇ!」なんて反射的に声が飛び出たとしても、実際に痛むわけがないんだ。

 なのに、なのに、腕を斬られた仲間は痛みに盾を放り出して地面を転がった。そこに構わず襲いかかってくるモンスターを、同じ前衛の女剣士がカウンターで弾き返す。

 でも、そのカウンター技が決まった瞬間に、女剣士も肩から血を吹き出して膝をついた。床を転げこそしなかったが、突然の痛みにその場で嘔吐して、立ち上がる事も出来ない。

 剣士のカウンターは、ダメージを喰らって倍返しするタイプだった。戦闘の最初に、彼女が率先して使う事の多い技。おそらくいつも通りに、咄嗟に、そっちを選んだのだろう。

 しかしそれは、彼女が防御力のある盾役よりも多くダメージを受けてしまった事を、意味していた。

 俺は咄嗟に、回復の魔法陣を地面に展開させた。徐々にHPを回復させていく治癒の魔法陣と、一度に一人だが瞬間的にたくさんのHPを回復させる単体回復技。

 いつもやっていた回復コンボを使おうとした俺は、チャリンチャリンと積み重なっていく投げ銭の音を聞きながら回復魔法を投げていった。

 けれど、一発回復魔法を打った後のリキャストタイム。

 先に女剣士を回復させた俺は焦れながら盾役にターゲットを移してリキャストを待っていた、その時。

 痛みという本来ないはずのダメージのせいで動く事が出来ない女剣士の身体を、どでかい棍棒のような腕が吹っ飛ばした。


『うそじゃん』

『は? は? またバグ?』

『なんでこの階層のボスがこんな場所に!?』


 チャットとスタンプがぽこぽこと繰り出される音が、配信主である俺の脳裏を延々と掻き鳴らす。

 だがまさしく、チャットで騒がれている通り事前情報で「ボス」として表示されていたソレが──その名前のついたモンスターが、そこには居た。

 俺たちよりも何倍もある巨体は腕一本で女剣士の身体をひしゃげさせ、壁に押し付けられて内側から砕けるように崩れた。

 盾役は、盾を放り出して悲鳴をあげて逃げ出し、ボスが踏み出した一歩で地面に叩きつけられて頭を潰された。

 女魔術師はその場に座り込んで声にならない声をあげながら、小便を垂れ流した。VRなのに、だ。だが、そんな事に驚いている暇もなく、彼女は恐怖の叫びをあげながら、無慈悲にボスでもないただの獣モンスターに首をへし折られた。

 もう一人の弓使いは、俺に言った。

 「逃げろ」と。「これはVRじゃない」と。

 そう言って、動けない俺をドン、と後ろに押して、ボスの持っている巨大な剣で叩き潰されるようにして縦に両断された。

 鈴の音みたいな音とともに表示されるスタンプと、硬貨が落ちるみたいな課金通知が画面を彩って、金額だけがどんどん上がっていく。

 それが、ただただ非現実のように頭に響いていた。


 俺が生き残ったのは、弓使いが押し倒してくれたお陰だ。

 ボスたちは、ただ通り道に居た俺たちを、その生き残りである俺の足を踏み潰してぐちゃぐちゃにしてから、何でもないようにダンジョンの中を進んでいった。

 あぁ俺たちは本当に、本当にただアイツ等の行く道に居たから退けられただけだったんだと思わずには居られない、その惨状。


 その後意識を失った俺を救助したのは、【STRAY-LINE】を管理しているGMだったらしい。

 強制的にVR世界から意識を切断された俺は意識を現実リアルの肉体に引き戻され──しかし潰された足だけは、動かなくなった。

 その事件は、【STRAY-LINE】でログアウトしそこねた配信者を何人も殺した大災害として、今でもニュースサイトで定期的に話題に上がっている。

 強制的な切断をされる直前の──配信者たちの死の瞬間の動画は、繰り返し拡散され、ニュースに取り上げられる。

 唯一の生存者であるゲーム配信者『クドウ』が最後に配信をしたその日であるとも……その日の投げ銭額は未だに誰も塗り替える事の出来ないほどの高額課金だったことも。

 何度も、何度も。

 その現実が、今でも胸を焼く。

 俺だけが生き残った──どれだけ多くの「生きていてよかった」という言葉をもらっても、その痛みは拭えなかった。

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