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第8話 ログアウトしろ!

 ミウゼの拳が輝いて、チャージされたウルト(*1)技が容赦なくモンスターに叩き込まれる。

 ミウゼのウルト技は、敵全体に麻痺を付加するダメージ技だ。格ゲーで培った経験からか、ミウゼは惜しみなくアルティメットゲージが貯まるとウルト技を繰り出す。

 通常であればウルト技はチャージしておいて、いざという時に使うのが定石。だが、ミウゼのウルト技には麻痺付加がついているから、可能であれば溜まったら都度吐き出してもらうほうが、他の連中の連携に繋がる。

 実際、今ちょっと、危ない状況だったと、冷や汗を拭う。

 さっき出現したモンスターは波状攻撃をしてくる連中だったらしく、一匹倒したら次、そしてまた次と、キリがない。

 今までは、地震後にもダンジョン内では3体から5体までと、決まった数が出没していたのに、なんだってこんな時に限って?

 今回は初心者が居るんだから、出来るだけ数が少なかったら良かったんだが……


「アイラ。ウルトチャージまであと1撃と、30秒。ソル、シールド技で時間を稼げ。ミウゼはHPが高いヤツを優先的に削げ」

『ダメ減シールド張るぞ! 回復リキャスト(*2)あと10秒!』

「スタン解除と同時にアイラの全体ウルト。その後はHPが低い順番から」

『りょーかい!』

『全体ウルト構えるよっ!』


 アイラの巨大な剣が輝き、モンスターに突っ込むアイラの周辺を円形を描くようにウルトが放たれた。

 彼女のウルトは、通常攻撃の数倍の威力にまで高めた強力な斬撃を敵全体に叩き込む技だ。剣に魔力も込められていて防御力をある程度無視する効果もあるので、いざという時の一撃必殺技になり得るもの。

 今も、彼女の一撃でモンスターの前衛が崩れ、その隙にミウゼの攻撃が叩き込まれる。

 アイラのウルトは放った直後に数秒の硬直があるが、ソルがそれをカバーするように防御魔術を放った。

 良い連携だ。心配していたが、ミウゼとアイラの相性は悪くはなさそうで、安心した。


 ダカダカダカ。

 俺はキーボードをうるさく叩く方ではないが、戦闘中はそうも行かない。戦闘中はどうしても手に力が入ってしまうから、《観測者》になってからキーボードはもう三代目だ。

 前【STRAY-LINE】時代、俺の愛用していた青軸のキーボードはあっという間に寿命を迎えた。ゲーミングキーボードなんかでは、この仕事量はこなせそうにない。


 配信画面の方も、今大盛りあがりだ。

 視聴人数は、あの炎上もあってかアイラの配信とミウゼの配信、そして【STRAY-LINE公式】としている俺のチャンネルを合わせれば5万人を越えている。

 【STRAY-LINE】の視聴者数の中で、これは快挙だ。今もまだアイラの配信の視聴者数は伸びている。

 何より今の緊迫した戦闘で、投げ銭を含むアドバイスチャットも飛びまくっていた。投げ銭の音は小さくしてあるが、やはり嫌な音だ。

 それでも、俺が管理している余裕のないソルの魔術のリキャストを数えてくれているチャットは、とても頼りになる。

 【STRAY-LINE】は元々、こういう配信者とプレイヤーを繋ぐ【STRAY-LINE道に迷った時の線】を意味する言葉だった。

 命はかけているが、こういう場面は「本来の【STRAY-LINE】だ」とつい、心が奮える。


 これだ、これなんだよ。【STRAY-LINE】はこういうゲームなんだ。


 そう思う気持ちと、今眼の前の仲間が命を賭けているという現実に、たまに手が止まりそうになる。

 落ち着け。今の俺はゲームをしているわけじゃない。

 命を預かっているんだ、余計な思考はいらない。


「次でラストだ! やれミウゼ!」

『ラス、トォォ!』


 ミウゼの、最後の一撃。全身を沈み込ませての強烈な回し蹴りが、シールドを失ったモンスターの首を正確に捉える。

 断末魔を上げて倒れるそれを見届けて、ミウゼは軽く息を吐いた。

 チャット欄もお祭り状態。

 もう終わる。勝ちだ。

 わかっているのに、どうしてか胸騒ぎは消えなくて、俺は何度も何度もマップとチャット欄を確認した。

 モンスターはもう、いない。

 なのになんだろう。この嫌な感じは。 


『周辺探査っ!』

「今のところ増援はない。だがそう遠くない位置にモンスターのポイントがついてる。HPを優先的に回復し、ソルは最後尾に撤退しろ」

『増援はなさそうね。回復お願い出来る?』

『任せろ』


『うぉぉぉお!! GG!!(*3)』

『アイラ様おつかれさまでした!』

『勝った~!!😭』

『88888888888(*4)』


 最後に周辺探査をして、戦闘は終了した。

 アイラとミウゼのウルト技の連打と、ソルの防御力低下技が上手く働いたようだ。

 モンスターの死骸がダンジョンに飲み込まれるように消えていくその場で、全員がパパっと己の状態を確認していく。

 それを見て、俺は全員のアイテムボックスから「水」を選択し、「水飲め」と言ってから全員に使用を促す。


「ミウゼ、水とヒールポーション。緑のやつ。HPバー注視して」


 俺がそっと通話で指示をすると、ちょっと戸惑っていたミウゼも水を取り出してポーションを使う。

 OKサインは、こちらを見る一瞬の視線だ。それでいい。

 モンスターのポイントは、このまま真っ直ぐ進めば程なく遭遇するだろう位置だ。だが、少し休憩する時間くらいはあるだろう。

 【STRAY-LINE】では、もうすでにほぼ現実と同じような世界が構築され始めている。それが何故なのかを見つけ出すのが彼らの役目だが、やはり精神力はかなり使うものだ。

 水はただの日常アイテムだが、「そういったアイテムでも、使うだけでちょっと落ち着けるんだよなぁ」と、ソルは言っていた。


『……やっぱ武器あると、攻撃範囲広いね』

『ん? そだね。私はとくに、でっかい武器好きだから!』

『いーな。ジョブチェンする時はデカい武器持てるジョブにしようかな』

『オススメだよぉ~。宝箱開けるのも楽しくなるしっ』


 そのお陰なのか、ダンジョンを歩いている時にはちょっとピリついていたアイラとミウゼが、水を飲みながら会話を始めた。

 話す内容が武器について、というのが女子としてはなんともかんともだが、距離が近くなるのは良いことだ。

 紬は「あたしはつえーヤツと戦いたいから格ゲーすんのよ」なんて戦闘狂みたいな事を言っていた事もあったっけ。

 きっとアイラにも、その「つえーヤツ好き」が適用されているのかもしれない。

 それか、やっぱりダンジョンに入る前は緊張していたんだろうか。波のようなモンスターの猛攻を凌ぎきって、ちょっと仲間意識が芽生えたのかも。


 よかったな。

 俺が、そう、ソルに向けて通話を飛ばそうとした、その時だった。


『……なんだ!?』


 画面が、突然大きく揺れる。

 その様はまるで、地震がおきた時のニュース番組を見ている時みたいな、そんな様子。

 画面の中だけが大きく揺れて、慣性の法則で人間だけが少しズレて揺れ、咄嗟にミウゼがソルを庇って壁に退避している。

 モンスターの足音かもしれない。一瞬そう思った。

 そう、思いたかった。


『なに!? なによこれ!』

『ゲームの中で地震……?! ちょっとマップ! マップ見て!』

『ちょ……ムリムリ俺地震ダメなんだよぉぉ!』


 でもこれは違う。

 俺は、頭がふわっとして、目眩で眼の前がぐるぐるするのを感じながら、車椅子から立ち上がろうとした。

 馬鹿だ。立ち上がれるわけがない。

 でも、だから、通話がどこに向けられているとか、どこに繋がっているとか、そんなことは考えずにマイクに向けて叫んでいた。


「紬! 全体を〝警戒〟しろ! 陽はシールド魔術を全員に張れ!」

『えっ? わ、わかったっ』

「アイラは、前方を見ろ! 向かっていた方だ! 可能なら、即座にログアウトしてくれ!」

『え、ログアウト?』

『む、無理だ! 無理だよぉ! ログアウト反応しねぇ!』

「これは、この地震は――!」


 名前だとか、自分がバレるリスクとか、そんな事は考えもできなかった。

 さっきまで表示されていたマップが、砂嵐でもかかったようにバグっている。

 その中でモンスターのポイントだけがポツポツと明確に表示されていて、それが凄く、不気味だ。

 【STRAY-LINE】の中で起きている地震。

 〝プレイヤー〟が情報を入手出来なくなる――ログアウト不可能な状況。

 これは、これが、俺の予想が正しいのなら……俺の疼く足の痛みが、あの時と同じものなら……


「――前兆だ!!」


 胸が焼けるような焦燥に突き動かされて、思わず口が開いた。チカチカと、眼の前が明滅するような感覚に襲われる。

 ただ、反射的に叫んだ俺の声が、配信画面の中でも容赦なく響いて、チャット欄が一瞬止まった。

 最早誰も、パーティメンバーが誰と会話していたのかとか、俺の声についてだとかは、ツッコミすらしなかった。

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