――これは夢か?
ふわふわとした夢見心地の中で
黒髪の男とその周囲にいるのは
何故かは分からない。だが漠然とそう
最初に俯瞰して見ていたはずが、不思議な事にいつしか彼の意識はその男と完全に同調していた。
―――
「スカーレットッ!」
冴えない男が力を振り絞って、
返ってきたのは
【
惑星
上下の六芒星が円柱状のフィールドを形成し、プラズマのような光が荒れ狂う。
「
スカーレットと戦っていた
その男が魔人化するのがそれほど嫌なようだ。
バグを生み出す者。バグを眷属とする者
日本において人はそれを鬼と呼ぶ。
「ふん。
対するスカーレットの余裕の声が聞こえてくる。
肝心の
超至近距離で。
男の周囲が闇に飲まれる。
しかし円柱状のフィールドが結界のような役割を果たしているのか、闇の奔流は弾かれて彼まで届かなくことはない。
そんな様子をまるで他人事のように眺めているうちに、男は浮遊感と解放感の中で意識が薄れていく。
みるみる内に痛みは引き、まるで漆黒の闇の中で
やけに時間がゆっくり流れているかのように感じられて、焦れったさに心が落ち着かない。
男をかばって体を貫かれた天使の容体が心配なのだ。
そんな彼の思いとは裏腹に、真っ暗だった目の前が不意に明るくなる。
天使の集団が空から降臨し、黒い翼を持つ者たちと戦っている。
それは
しかしここはどこなんだろうか?
目に映るのはまるで異世界のような、現実とは思えない荒涼とした場所だ。
両者は地上にいる人間のことなどまるで見えていないかのように苛烈な光と闇の奔流をお互いにぶつけあっている。
戦いは激しく、映画のようにどんどん切り替わる光景に男は目を奪われていた。
そして再び場面が切り替わる。
今度は地面が何層にも分かれており、吹き抜けのように下層から上層までぶち抜かれている断層のようになったおかしな世界であった。
そこには、あまりにも巨大な
それから感じられる霊的エネルギーは男が今まで見た天使や
これは一体誰の記憶なのだろうか?
その後も天使と
これは遠い記憶、
それは天使と魔神との永遠にも近く続いた戦いの名前。
そして男の中に浮かんでくるものがあった。
――『
その言葉を認識した瞬間、男は急激な浮遊感に襲われる。
水深の深い層から海面へ一気に浮上するように彼の意識は覚醒していった。
―――
男がゆっくりと目を開く。
時間の感覚がおかしい。
たった今、彼が体感してきた時間が経過している様子はない。
どうやらスカーレットによる
「バーミリオン。セピアは助かるのか?」
「……神核は無事だ……何とか助かるだろう」
安心したのかその男は横たわる天使とバーミリオンと呼ばれた
そして横たわっている天使の
男は彼女を知っている。
その天使の名はセピアと言うのだろう。
その表情は穏やかで、彼女はまるでただ眠っているだけのように見えた。
心がかつてない程に落ち着いているのが男にはよく分かった。
精神と言う名の水面には波紋1つ、
男は魔人と言う存在になっていた。
それは
ゆっくりと立ち上がった彼は
こいつは滅ぼすべき者の1人。
男はそう認識し無から武器を創造する。
姿を現したのは黒い刀で、
刀身がやたらと長いのが少し格好良い。
それを見た男は何故か自嘲気味に笑い、
敵はこちらを睨むように男を
男は生まれたての魔人。
それ故にまだ自分の力を正確に把握していなかった。
しかし何故か理解できる。
力の使い方、戦い方は既に男の中に根付いている。
後は試すだけだ。
最上級魔神すらも軽く凌駕する力の波動を。
魔なる者が持つとされる霊的エネルギー、
覚悟を決めたのか、その表情は真剣そのものだ。
どこか気迫めいたものすら感じられる。
男が駆ける。それは最早、表現不可能なレベルの疾走。
それは一発一発が結構な大きさで密度もかなりのものだ。
走る勢いを弱めない男に
しかし
刹那の間にその間合いを詰めた男は少し慌てて黒刀を振るう。
受け太刀する気か?
構うものかよッ!
諸共ぶった
男は構わずに黒刀を思いきり振り抜いた。
受け止められるかに見えたその一撃は易々と闇の剣を斬り裂いた。
黒刀はその体までも斬り裂き、絶叫が辺りに木霊する。
「ガアアアアアアアアアアア!」
そんなことなどお構いなしに返す刀でその右腕を斬り飛ばす。
宙に舞う右腕。
あっさりと上半身と下半身に両断され、哀れとすら感じる。
「クソがぁックソがクソがクソがクソがぁぁぁぁぁぁ!!」
そんな
闇の剣にしろ
「倒したのか……?」
男から疑問の色を含んだ呟きがついて出る。
困惑する男の耳にはその憐れな絶叫の残響が木霊していた。
―――
あまりにもあっさりと終わる戦闘。
彼女は傷ついたセピアを庇いながらも何とか攻撃を凌いでいた。
「無事か?」
男が来たことで
明らかに魔人化したことを警戒している。
「XXクンか……」
バーミリオンが複雑そうな目を男に向けてくる。
フェイスガードは壊れ、その体は攻撃を受けてボロボロだ。
自分よりも上位の天使を、しかも5人も同時に相手しているのだから当然である。
「そいつらは俺が
「いや、私は既に反抗してしまった」
「天使……仲間同士で争うなんて馬鹿げてる。それにここにいるヤツらを全員倒せばどうとでもなる。セピアもあなたも『まだ』引き返せるはずだ」
男の言葉に何を思ったのかは分からない。
彼女は神妙な顔付きでらしくない言葉を吐いた。
「天使同士のゴタゴタに巻き込んでしまったな。すまない」
「あの話が真実だって証拠なんてないだろ? 後は天使の仇敵たる俺に任せろ」
引き返せる?
そう簡単にことが運ぶとは思えない。
でも男の方こそ、セピアやバーミリオンを巻き込みたくはない。
それにさっき
最上級魔神に襲われた時だってそうだ。
生き残れたのは彼女たちのお陰なのだ。
男は様子を窺う
「お前らの相手は俺だ。倒してやるからかかって来い」
「人間如きが……魔人になったからには貴様は敵だ。その伸びきった鼻っ柱をへし折ってやる」
「はッ! 俺がただの人間だったとしても狙ってただろうがよ。
「そう言う訳だ。
男の安い挑発に乗って
直接、
だが――見える。
迫り来る拳。拳。拳。
その全てから大きな
男は後ろへ下がらず前に出る。
先頭の天使の懐に飛びこむと、突き出された右腕を斬り飛ばす。
そのままの流れでその腹部を薙ぎ斬ると、背後に回って延髄の辺りに黒刀を突き刺した。
そのまま機能を停止して物言わぬ塊と化した天使の背中を踏みつぶし、男は他の天使に標的を切り替える。
明らかに激昂した表情をしている天使のノロい攻撃を余裕で見切り、黒刀をそいつの頭上から降り下ろす。声を上がることすらできずに左右に一刀両断されたそれは、すぐに
弱い!
弱すぎんぜ!
男の顔が愉悦に歪む。
これが天使の序列第5位の
これが笑わずしてどうすると言うのか。
男が3人目をあっさり滅ぼした時点でようやく残りの2人が空へと舞い上がる。
虚空から機関銃のような光子銃を取り出すと彼に向けて乱射する。
轟く爆音。
大口径の光子銃の圧倒的火力による集中砲火。
それで滅ぼせると思った?
残念! 余裕でした!
降り注ぐ
無力ッ!
あまりにも無力ッ!
男はさしたる力を籠めることもなく跳躍する。
目の前には光子銃を手にした天使。
「お前たちに掛ける慈悲はない。送ってやる……
一瞬で間を詰めた男は天使を細切れに斬り
知覚すらできぬ圧倒的領域――
戦い方は男の心臓が教えてくれる。
天使たちが『
これこそが魔なる者共の源泉。
聞いたこともない
その事実に男は自分が魔人になったことを強烈なまでに実感していた。
空中に浮かびながらゆっくりと目を向ける。
残りの1人の天使に。
視線と視線が絡まり合う。
その天使の心理が手に取るように理解できる。
驚愕、恐慌、絶望。
負の感情が男に流れ込んでくるのがよく分かった。
とは言え、遊んでいる猶予などない。
動くと同時に最後の
背後を晒して。
もちろん逃すはずもない。
すぐに追いつくと背中の光り輝く翼を力任せに千切り取る。
きりもみ状態になり落下する天使を圧倒的なまでの暴力で大地に叩きつけ、足で胸部を踏みつぶす。
超再生など許すはずもない。
天使の
「ははッ……トドメは
あまりにも呆気ない。
あまりにも矮小な力だ。
「はははッ……はっはっはッ! ゲラゲラゲラッ!!」
男の哄笑が周囲に木霊した。