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DRUG TREATMENT
DRUG TREATMENT
波七海
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年06月16日
公開日
4.2万字
連載中
刻は令和。神の現身たる人間の心に闇が満ちる時代―― 俺、阿久聖(あく さとし)は幼少期に叔母によって虐待を受けて育ったお陰で心にトラウマを抱えてしまった。 それはプレッシャーを掛けられると緊張が高まって体は硬直しまともな思考すらもままならない。 肝心な時に選択・決断ができないという精神的なものだ。 俺はずっとそんな呪縛から逃れられずに生きてきたんだ。 でもそんなことなど世間にしてみれば知ったこっちゃないって訳。 だから俺も何とか社畜としてブラック企業で働く日々を送っていたんだけど、そんな環境の中1人の新人が入社してきたんだよ。 その女の子の名は神崎セピア。 俺は救世主が来たと思ったね。 でも新しい社畜ライフが始まったと思ったら奇妙なことが次々と起こるんだ。 鬼のような化物に襲われたり、それを神崎セピアが撃退したり……しかも彼女、変身までしたんだぜ? 挙句の果てには全く記憶にない従妹、鬼丸ルージュって女の子が現れて俺の部屋に押し掛ける始末。 しかも彼女達から色々と話を聞いた結果、俺の心臓は暗黒化してしまっていて、何か知らんが凄い力まで秘めているらしい。 化物たちは暗黒化した俺の《黒の心臓》ってヤツを狙って襲ってくるなんて話を聞かされて、しがない三十路過ぎのおっさんとしてはもう何がなんだか理解不能で大混乱って寸法だ。 それで俺は真実を知ることになるんだが、何と!彼女達は人間じゃなかったってオチ。 神崎セピアは天使、鬼丸ルージュは堕天使、つまり魔神だって言うじゃないか! そんなオカルト染みた存在なんて信じてなかったもんだから、それはもう驚いたね。 彼女達に囲まれて生活を送るようになった俺は天使や魔神、そして化物の王、鬼神と出会って不本意ながら戦いに巻き込まれていくこととなっちまった。 何だかんだで距離が縮まって彼女達の目的が判明したんだが、セピアは俺の中に宿る神器が、ルージュに至っては俺自身が秘める力が目当てってことらしい。 そしてその刻は訪れる。 セピアの固い信念が揺らぎ絶対なる神を疑う刻が。 ここに至って俺はようやく彼女に惹かれていたことに気付くのだ。 俺はようやく選択する。 俺はようやく決断する。 例えそこに打算があったとしても俺を支えてくれた彼女達には必ず報いなければならない。 これは阿久聖が過去と決別し一人の天使を救おうとする物語――

プロローグ

 何処どこからか感情が流れ込んでくる。


 ――これは夢か?


 ふわふわとした夢見心地の中で阿久聖あく さとしの意識は揺蕩たゆたっていた。

 黒髪の男とその周囲にいるのは天使てんし堕天使だてんし――魔神デヴィルと言う存在。

 何故かは分からない。だが漠然とそう

 最初に俯瞰して見ていたはずが、不思議な事にいつしか彼の意識はその男と完全に同調していた。


―――


「スカーレットッ!」


 冴えない男が力を振り絞って、最早もはや絶叫に近いほどの大音声だいおんじょうを上げる。

 返ってきたのは魔神デヴィルと呼ばれる高次元の存在、スカーレットの力ある言葉であった。


降魔降臨サタニズム


 惑星地球エデンたる地面に漆黒に煌めく六芒星が出現し、同時に頭上にも六芒星が描き出される。

 上下の六芒星が円柱状のフィールドを形成し、プラズマのような光が荒れ狂う。


鬼神アフレイトッ! モタモタするなッ! 速くれッ!」


 スカーレットと戦っていた主天使ドミニオンセルリアンが悲鳴に近い声を上げる。

 その男が魔人化するのがそれほど嫌なようだ。

 鬼神アフレイトと言うのはこの宇宙に発生したバグのような存在。

 バグを生み出す者。バグを眷属とする者

 日本において人はそれを鬼と呼ぶ。


「ふん。れるものかよ」


 対するスカーレットの余裕の声が聞こえてくる。


 肝心の鬼神アフレイトと呼ばれし者は天使の体から刺し貫いた腕を引き抜くや、両手に大きな闇を生み出して魔術陣の中で動けないでいる男に向かって一気に放出した。


 超至近距離で。


 男の周囲が闇に飲まれる。

 しかし円柱状のフィールドが結界のような役割を果たしているのか、闇の奔流は弾かれて彼まで届かなくことはない。

 そんな様子をまるで他人事のように眺めているうちに、男は浮遊感と解放感の中で意識が薄れていく。

 みるみる内に痛みは引き、まるで漆黒の闇の中で揺蕩たゆたっているかのような感覚。

 やけに時間がゆっくり流れているかのように感じられて、焦れったさに心が落ち着かない。

 男をかばって体を貫かれた天使の容体が心配なのだ。


 そんな彼の思いとは裏腹に、真っ暗だった目の前が不意に明るくなる。

 まぶしさにくらむ目を何とか薄く開けながら、映写機で映し出されたかのような断片的に切り替わっていく風景を見ていると、どこか見覚えのあるような絵図が脳裏にチラつく。


 天使の集団が空から降臨し、黒い翼を持つ者たちと戦っている。

 それは魔神デヴィルと呼ばれる存在。


 しかしここはどこなんだろうか?


 目に映るのはまるで異世界のような、現実とは思えない荒涼とした場所だ。


 両者は地上にいる人間のことなどまるで見えていないかのように苛烈な光と闇の奔流をお互いにぶつけあっている。

 戦いは激しく、映画のようにどんどん切り替わる光景に男は目を奪われていた。

 そして再び場面が切り替わる。

 今度は地面が何層にも分かれており、吹き抜けのように下層から上層までぶち抜かれている断層のようになったおかしな世界であった。


 そこには、あまりにも巨大な霊体アウゴエイデスが封じられている。

 それから感じられる霊的エネルギーは男が今まで見た天使や魔神デヴィルとは比べものにならないほどの大きさだ。


 これは一体誰の記憶なのだろうか?


 その後も天使と魔神デヴィルの争いが次々と映っては消えていく。

 これは遠い記憶、星間大戦ステラ・ウォー


 それは天使と魔神との永遠にも近く続いた戦いの名前。

 そして男の中に浮かんでくるものがあった。


 ――『地獄の創世記ハデス・ジェネシス


 地獄ハデスの全叡智が集う情報集積思念体であり魔に連なる者なら接続が可能な特殊概念。

 その言葉を認識した瞬間、男は急激な浮遊感に襲われる。


 水深の深い層から海面へ一気に浮上するように彼の意識は覚醒していった。



―――



 男がゆっくりと目を開く。

 時間の感覚がおかしい。

 たった今、彼が体感してきた時間が経過している様子はない。

 どうやらスカーレットによる魔人化まじんかの術式が発動した直後のようだ。


「バーミリオン。セピアは助かるのか?」

「……神核は無事だ……何とか助かるだろう」


 安心したのかその男は横たわる天使とバーミリオンと呼ばれた能天使パワーに近寄ると、そっとしゃがみ込む。

 そして横たわっている天使のほおを左手でそっとなでた。

 男は彼女を知っている。

 その天使の名はセピアと言うのだろう。

 その表情は穏やかで、彼女はまるでただ眠っているだけのように見えた。


 心がかつてない程に落ち着いているのが男にはよく分かった。

 精神と言う名の水面には波紋1つ、さざなみ1つない。


 男は魔人と言う存在になっていた。

 それは漆黒神サタン、そして魔神デヴィルの眷属。


 ゆっくりと立ち上がった彼は鬼神アフレイトと呼ばれていた者と対峙する。


 こいつは滅ぼすべき者の1人。


 男はそう認識し無から武器を創造する。

 姿を現したのは黒い刀で、つばはない。

 刀身がやたらと長いのが少し格好良い。

 それを見た男は何故か自嘲気味に笑い、つかを両手で握って感覚を確かめている。


 敵はこちらを睨むように男を見据みすえているが、魔人化した実力を測りかねているのか一向に攻撃をしかけてはこない。


 男は生まれたての魔人。

 それ故にまだ自分の力を正確に把握していなかった。


 しかし何故か理解できる。

 力の使い方、戦い方は既に男の中に根付いている。


 後は試すだけだ。

 銀河ガラクシアスを覆い尽くすとすら言わしめたその力を。

 最上級魔神すらも軽く凌駕する力の波動を。


 魔なる者が持つとされる霊的エネルギー、黒子力ダルクを体内の黒子回路ダークラインに流し込んで力を直列励起する。


 鬼神アフレイトの表情が変わる。

 覚悟を決めたのか、その表情は真剣そのものだ。

 どこか気迫めいたものすら感じられる。


 男が駆ける。それは最早、表現不可能なレベルの疾走。


 鬼神アフレイトは闇の剣のようなものを右手に生み出してつつ、左手からは黒子力弾ダルクナムをたて続けてに解き放つ。

 それは一発一発が結構な大きさで密度もかなりのものだ。

 走る勢いを弱めない男に黒子力弾ダルクナムが直撃した。

 しかし力場フィールドが二重三重にも展開されて防御障壁に阻まれて彼まで届かない。


 刹那の間にその間合いを詰めた男は少し慌てて黒刀を振るう。

 鬼神アフレイトも接近速度が予想以上だったのか、狼狽した様子を見せつつも右手の闇の剣でガードの姿勢を取った。


 受け太刀する気か?

 構うものかよッ!

 諸共ぶったるッ!


 男は構わずに黒刀を思いきり振り抜いた。

 受け止められるかに見えたその一撃は易々と闇の剣を斬り裂いた。

 黒刀はその体までも斬り裂き、絶叫が辺りに木霊する。


「ガアアアアアアアアアアア!」


 そんなことなどお構いなしに返す刀でその右腕を斬り飛ばす。

 宙に舞う右腕。


 鬼神アフレイトは左手で塵のような黒粒子ダークアロンと化していく傷口を押さえると、慌てて男から間合いをとろうとするが、ここで逃す気など毛頭ないようで、その動きに合わせて飛ぶと着地の瞬間に黒刀を左から右上に薙ぎ払った。


 あっさりと上半身と下半身に両断され、哀れとすら感じる。


「クソがぁックソがクソがクソがクソがぁぁぁぁぁぁ!!」


 そんな怨嗟えんさの叫びを撒き散らしながら両断された下半身は黒い塵――黒粒子ダークアロンと化し、上半身は虚空へと消え去った。黒粒子ダークアロンとは魔なる者を構成する源であり黒子力ダルクを形成するもの。


 闇の剣にしろ鬼神アフレイトの体にしろ、斬った感触すらほとんどない。


「倒したのか……?」


 男から疑問の色を含んだ呟きがついて出る。

 困惑する男の耳にはその憐れな絶叫の残響が木霊していた。



―――



 鬼神アフレイトはいち早く戦場から退場した。


 あまりにもあっさりと終わる戦闘。

 鬼神アフレイトに感じた霊的エネルギーは既に消失していたため、男はバーミリオンやセピアと同じ天使でありながら敵対する力天使ヴァーチュースに囲まれて攻撃を受ける彼女たちの下へと駆けつける。

 彼女は傷ついたセピアを庇いながらも何とか攻撃を凌いでいた。


「無事か?」


 男が来たことで力天使ヴァーチュース5人の攻撃がむ。

 明らかに魔人化したことを警戒している。


「XXクンか……」


 バーミリオンが複雑そうな目を男に向けてくる。

 フェイスガードは壊れ、その体は攻撃を受けてボロボロだ。

 自分よりも上位の天使を、しかも5人も同時に相手しているのだから当然である。


「そいつらは俺がる。バーミリオンはセピアを頼むよ」

「いや、私は既に反抗してしまった」

「天使……仲間同士で争うなんて馬鹿げてる。それにここにいるヤツらを全員倒せばどうとでもなる。セピアもあなたも『まだ』引き返せるはずだ」


 男の言葉に何を思ったのかは分からない。

 彼女は神妙な顔付きでらしくない言葉を吐いた。


「天使同士のゴタゴタに巻き込んでしまったな。すまない」

「あの話が真実だって証拠なんてないだろ? 後は天使の仇敵たる俺に任せろ」


 引き返せる?

 そう簡単にことが運ぶとは思えない。


 でも男の方こそ、セピアやバーミリオンを巻き込みたくはない。

 それにさっき鬼神アフレイトに殺されかけていたたところを神術しんじゅつで助けてくれたじゃないか。自分の立場が悪くなるのにもかかわらず。

 最上級魔神に襲われた時だってそうだ。

 生き残れたのは彼女たちのお陰なのだ。


 男は様子を窺う力天使ヴァーチュースたちに向かって歩き出した。


「お前らの相手は俺だ。倒してやるからかかって来い」

「人間如きが……魔人になったからには貴様は敵だ。その伸びきった鼻っ柱をへし折ってやる」

「はッ! 俺がただの人間だったとしても狙ってただろうがよ。黒の心臓ブロークンを持つ限りな」


 力天使ヴァーチュースたちの雰囲気が変わる。


「そう言う訳だ。御託ごたくはいいからかかって来い」


 男の安い挑発に乗って力天使ヴァーチュースたちが一斉に殺到する。

 直接、光子力ルメス――黒子力ダルクと相対する力を叩き込む気のようだ。


 だが――見える。


 迫り来る拳。拳。拳。

 その全てから大きな光子力ルメスが感じられる。


 男は後ろへ下がらず前に出る。

 先頭の天使の懐に飛びこむと、突き出された右腕を斬り飛ばす。

 そのままの流れでその腹部を薙ぎ斬ると、背後に回って延髄の辺りに黒刀を突き刺した。

 そのまま機能を停止して物言わぬ塊と化した天使の背中を踏みつぶし、男は他の天使に標的を切り替える。


 明らかに激昂した表情をしている天使のノロい攻撃を余裕で見切り、黒刀をそいつの頭上から降り下ろす。声を上がることすらできずに左右に一刀両断されたそれは、すぐに光粒子ルークアロンになって消滅していく。


 弱い!

 弱すぎんぜ!


 男の顔が愉悦に歪む。

 これが天使の序列第5位の力天使ヴァーチュースか。


 これが笑わずしてどうすると言うのか。


 男が3人目をあっさり滅ぼした時点でようやく残りの2人が空へと舞い上がる。

 虚空から機関銃のような光子銃を取り出すと彼に向けて乱射する。


 轟く爆音。

 大口径の光子銃の圧倒的火力による集中砲火。


 それで滅ぼせると思った?

 残念! 余裕でした!


 降り注ぐ光子力弾ルメスナム防御障壁フィールドに阻まれ男に届くことはなかった。


 無力ッ!

 あまりにも無力ッ!


 男はさしたる力を籠めることもなく跳躍する。

 目の前には光子銃を手にした天使。


「お前たちに掛ける慈悲はない。送ってやる……地獄ハデスへ。散れ……」


 一瞬で間を詰めた男は天使を細切れに斬りきざんだ。


 知覚すらできぬ圧倒的領域――


 戦い方は男の心臓が教えてくれる。

 天使たちが『白の黙示録ア・ル・アポクリプシス』と繋がっているように、男も『地獄の創世記ハデス・ジェネシス』と繋がっているようだ。


 これこそが魔なる者共の源泉。

 聞いたこともない地獄の創世記ハデス・ジェネシスと言う言葉を知っている。

 その事実に男は自分が魔人になったことを強烈なまでに実感していた。


 空中に浮かびながらゆっくりと目を向ける。

 残りの1人の天使に。

 視線と視線が絡まり合う。

 その天使の心理が手に取るように理解できる。


 驚愕、恐慌、絶望。


 負の感情が男に流れ込んでくるのがよく分かった。


 とは言え、遊んでいる猶予などない。

 動くと同時に最後の力天使ヴァーチュースは逃げに走った。

 背後を晒して。


 もちろん逃すはずもない。

 すぐに追いつくと背中の光り輝く翼を力任せに千切り取る。

 きりもみ状態になり落下する天使を圧倒的なまでの暴力で大地に叩きつけ、足で胸部を踏みつぶす。

 超再生など許すはずもない。


 天使のコアたる神核しんかくを潰され天使はあっさりと消滅した。


「ははッ……トドメは地球エデンの一撃ってか?」


 あまりにも呆気ない。

 あまりにも矮小な力だ。


「はははッ……はっはっはッ! ゲラゲラゲラッ!!」


 男の哄笑が周囲に木霊した。

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