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この愛は「綺麗なものじゃないけれど」
この愛は「綺麗なものじゃないけれど」
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恋愛夜の世界
2025年06月16日
公開日
1万字
連載中
背徳の愛に溺れる人々の姿を描きます。汚らしい描写がございますので、お読みにならないことを強く推奨します。しかし背徳的な愛の作品としましては十八禁というほどでもないような気も致しますので、あまり深く考えずスルーでお願い申し上げます。「それなら出すな」という真っ当なご意見もございますでしょうが、本当にどうもすみません。それでは失礼しますね。

第1話「こんな背徳の愛もある……と信じているよ。アデュー!」

 それは素晴らしい物体だった。誰かに見せたい。誰に? 誰でもいい。とにかく見せたい、見せびらかしたい。

 その思いは、いわゆる承認欲求というものなのだろう。自分という人間が創り上げた物体を見せ、賞賛されることによって自分を認めてもらいたいという、子供じみた欲求だ。

 ただし、子供じみたと書いたが、誰にでもある欲求でもある。誰もが、ある意味において、承認欲求を抱いて生きているのだ。

 だが、それは人に見せられるものとは言い切れない場合があるので、その点が厄介だ。

 そういうケースを今、本作品の主人公である青年、某<綺麗なものじゃないけれど>君(仮名)は体験している。そういう状況を生み出した物体が、彼の眼下にあるのだ。

 形、色、何もかもが最上級だった。この艶はエバーグリーンだろう、その匂いも格別なものだ。永遠に取って置けるものなら、そうしたい。すべての物質が永久不変に続くものなら、そうしたいし、そうあらねばならないとも思う……いや、信じる。これこそが真実だと!

 しかし、そうしていられない……だが、そのままにしておきたい。

 こういった感情の揺れ動きに影響され、某<綺麗なものじゃないけれど>君の体も揺れる。その揺れが、だんだん大きく、激しくなっていく。感情の揺れ動きだけで、そんなに体が揺れているわけではない。疲れが溜まっていた。寝不足だった。そして、寝ても全身の疲れが取れずにいた。慣れない環境が、そうさせているのだ……と書いているうちに、彼は倒れそうになった。危うく踏みとどまる。

 長く立っているのは危ない、と某<綺麗なものじゃないけれど>君は思った。このまま、ずっと立って眺めていたいけれど、それでフラフラして、万が一この場に倒れたら、大変だ。もしものことがあれば……ここで死んでしまうようなことがあれば、恋しい人には永久に会えなくなる。愛する人が永遠に悲しむ。そんなことは絶対に許されない。

 だから、アデュー! と告げようと、某<綺麗なものじゃないけれど>君は思った。とても強く。

 ちなみにアデューとはフランス語で「永遠のさようなら」といった風の、深く強い別れを意味する。そこまでの強く重みある言葉を選ばせるものが、感じさせるものが、その物体にはあったのだ。

 某<綺麗なものじゃないけれど>君の強い惜別の思いを込めた言葉が、警察署の留置場の中に響いた。

「看守~う。べ~ん~す~い~っ! ロ~ン~グ~っぐぐっと!」

 それはトイレを使用した後で、お馴染みの言葉だった。「べ~ん~す~い~っ」とは、便水である。便水とは便器の中の物体を流す水のことだ。小便のときは看守に「べんすい!」と叫ぶ。そうすると看守は留置場の看守室で機械を操作し、留置場内の便器に水を少量だけ流す。「べ~ん~す~い~っ! ロ~ン~グ~っ」となれば、これは大便なので、便水を流す時間は長くなる。

 とはいっても、流れる時間が何秒間か長くなるだけだ。詠嘆の思いを込めて某<綺麗なものじゃないけれど>君が「ぐぐっと!」と付け加えたほどに立派な大便を流すには、流出量が足りなかった。圧倒的に足りない、と言ってもいいくらい、足りなかった。

 従って、某<綺麗なものじゃないけれど>君が他人に見せたいと願った物体は、便器の中に大部分が残った。

 これは神が、これを誰かに見せろと言っているのではないか……と、某<綺麗なものじゃないけれど>君は思った。

 それは確信に近かった。疑問の余地はまったくない。天啓。そう言っても構わないだろう。某<綺麗なものじゃないけれど>君にとってロングで流れるべき便水の量が少なかったことは、留置場の看守室にいた看守が便水ボタンを押す指を早く離したから……というありふれた理由でなく、神の意思そのものが原因だと思われたのである。彼は早速、同じ房にいる連中に見せようと決めた。

 その最初の光栄に浴するのに最も相応しい人間は誰か?

 物事の美しさというものの分かる人物が相応しいのは間違いのないところだった。

 それに該当する人物の一人として某<綺麗なものじゃないけれど>君が思い浮かべたのはアデュラリアン・ムーンストーン氏(仮名)だ。透明な石の中に青白い神秘的な光が輝く宝石の精霊を自らの体内に宿していると本気で考えている中年オヤジと彼は、仲が良かった。二人は色々な話をした。話に夢中で看守の点呼に答えず、二人揃って怒られることだってあるくらいだ。

 アデュラリアン・ムーンストーン氏と某<綺麗なものじゃないけれど>君が交わす会話の内容は、多くが背徳的な恋愛に関することだった。それは彼らの体験談だけに留まらない。自分たちや他人の創作物も含まれていたのである。許されない、罪悪感のある、それでも強く焦がれてしまう――そんな作品を二人は愛したのだ。

 その幾つかを紹介しよう。

「綺麗なものじゃないけれど」

 そう言って背徳系恋愛小説家トールマシーノ・ビクスコンティが差し出したのは、表紙の汚れた古い詩集だった。

 刺繍をする手を止め受け取ったプチコン04・背徳嬢(仮名)はてトールマシーノ・ビクスコンティに尋ねた。

「素敵な本ですね。どなたが書かれた詩集なのです?」

「背徳の詩人、モナムール・アディスミュースズ・アベバの作品集だよ。彼女は月9ドラマも真っ青なドロドロ恋愛、モダモダした関係性、ふとした瞬間の胸の高鳴り……そういった複雑な恋愛ものを得意とした詩人でね。ムラカミ・春樹”ヤレヤレ”ハルッツキー師と親しくて、二人で同時にノーベル文学賞を獲ったことでも知られているんだ」

 芝生の上に蒼いビニールシートを敷き、そこに座っていたプチコン04・背徳嬢は、青いスカートの裾の乱れをさりげない手つきで直しながら言った。

「まあ素敵。読んでみたいと前から思っていたのです。どうもありがとうございます」

 トールマシーノ・ビクスコンティはビニールシートの上に腰を下ろした。

「それは良かった。この本は特別に、君のために用意したのだよ」

 恩着せがましい口調だ、と思う者もいると思われる言い方だった。しかし他人がどう思おうが、トールマシーノ・ビクスコンティにとっては関係がなかった。彼は続けて言った。

「大人向けの恋愛要素をぎゅぎゅっと詰め込んでいると評判さ」

 ウィンクしたトールマシーノ・ビクスコンティにプチコン04・背徳嬢は「刺繍の途中なんだよ。詩集の話なんか、どうだっていいんだよこっちは! 早く向こうに行け」と思ったか、それは定かではない。しかし彼女は『失楽園』で名を馳せた小説家・渡辺淳一の亡き後に背徳系恋愛小説家の大家として世界の小説界をリードするトールマシーノ・ビクスコンティに、早く戻った方が良い、的なことは言った。

「あちらで食堂のオバサン……いえ、カフェテリアのマダムが呼んでいますわ。ご注文した料理は、もう出てきたようですわよ」

 食券を握り締めてトールマシーノ・ビクスコンティは微笑んだ。

「君も食べるかい、昼食を、僕と」

 プチコン04・背徳嬢は微笑みを返した。

「ごめんなさい。ダイエット中なの」

「そうか、残念だよ」と言ってから、トールマシーノ・ビクスコンティは立ち上がった。それから「嗚呼ラー麺! ラーメン! らーめん!」叫びながら、公園の食堂……ではなくカフェテリアへ向かって駆け出した。

 その後ろ姿を見送ったプチコン04・背徳嬢は、途中だった刺繍を再び始めようとしたが、手元にある詩集が気になり、その手を止めた。表紙を触る。触っただけで背徳の感触が背筋を這い上った。危険な書物だ、と彼女は感じたのだった。読むのは明日にしよう、と彼女は思った。他に読みたい背徳の書物があったためである。

 それは身分や種族の違う、許されない恋の行方を描いた本だった。その本をプチコン04・背徳嬢に与えたのはヂュランダエル・トーマッカシイという薔薇の騎士錬金術会のダーク・マスターだった。

「むむむ、この本は、とても、とてもセクシーですのよ」

 そう言われても、受け取る方は困惑するだろうが……薔薇の騎士錬金術会のダーク・マスターは、そういう細かい人情よりも、宇宙の背徳についてを深く考える聖人君主だった。

「セクシー、それは神のストロー。大宇宙の真理。身分や種族の違う、許されない恋の行方こそがが背徳の深淵。フォウ!」

 セクシーな腰振りダンスをしながらヂュランダエル・トーマッカシイは、その本について語った。

「題名は、ファウ! フォウ! フ~ハアアウウウ! そう『死んだ「あの人」を重ねて見ているだけの関係』ね!」

 薔薇の騎士錬金術会のダーク・マスター、ヂュランダエル・トーマッカシイは、その本の著者を詳しく知っていた。彼の恋人だったからだ。彼女は有名な釣り師にして作家だった。官能の釣りロマンな一冊『オッパ~!』で芥河賞と直紀賞をダブル受賞したことでも知られる、その人物の名前をプチコン04・背徳嬢も昔から知っていた。

「オーアヘンリー嬢の本ですわね。確か、この方は、両生類型鳥人間だったとお聞きしておりますわ」

「そう! フォアウ! オーアヘンリー嬢は両生類型鳥人間だあったぁ! そしてミィは、非鳥類型恐竜人間。二人は、どれだけ愛し合っていても結ばれない運命だった!」

 瞳に涙を潤ませて踊りつつ語るヂュランダエル・トーマッカシイの悲しい過去に、プチコン04・背徳嬢も涙した。

「そんな二人の愛のデュエットが、この本なのですね!」

「いや、フオウ! そうでもないんだけど、まあ、グファウ! そう思ってくれても別に構わない。一向に! フォアウ!」

「それでは『死んだ「あの人」を重ねて見ているだけの関係』という意味深なタイトルは一体、どういうことなんですか? オーアヘンリー嬢が、あなたに、誰か他の死んだ「あの人」を重ねて見ているということなのでしょうか?」

「フォアウ! いや、それは……すまない、気持ちの整理がつかなくて……グファウ! 許しておくれ、アアアフォウ!」

 そう絶叫してから沈黙したヂュランダエル・トーマッカシイの背中から、白い翼が生えた。

「背中から、羽根が!」とプチコン04・背徳嬢は大層、驚いた。羽根が生えたヂュランダエル・トーマッカシイ本人も凄く驚いた。

「これは一体、フェウ! どういうことなのよ! ファオウ!」

「空を飛べるかもしれませんわ!」

「ど、どうするの? ヒフフォウ!」

「羽ばたいてみて下さいませ!」

 ヂュランダエル・トーマッカシイは気合を入れた……すると背中の白い羽から謎の大風が吹き出して、薔薇の騎士錬金術会のダーク・マスターを地表から遥か上空の月周回軌道まで連れ去った。

 いつか裏切らなければいけない人を愛してしまったと語る天文学者、トニービン・スェルタークは、月周回軌道をグルグル回っている薔薇の騎士錬金術会のダーク・マスター、ヂュランダエル・トーマッカシイを観測し、重力素を測定した。

「望遠鏡で見たけど、元気そうだったよ」

 トニービン・スェルタークはプチコン04・背徳嬢に、そう言った。そして付け加える。

「ヂュランダエル・トーマッカシイの背中の白い翼から噴き出したという強くて大きな風は、やはり重力素が作用していたようだ。どうしてそんなことになったのかは、分からないがね」

「愛の力なのでしょう。あれは背徳の愛の力だったと、私は思います」

 自信たっぷりに語るプチコン04・背徳嬢に、天文学者のトニービン・スェルタークは科学的見地から自分の意見を述べた。

「重力素は重力素だ。熱素や魔道微粒子と同じように、純粋に物理学的な代物だよ」

「あら、私は、そんな風に考えませんわ。もっとロマンチックなものなのです」

「物理学はロマンティックだよ。ああ、ロマンの塊だよ」

 それからトニービン・スェルタークは、彼の柔らかな魂を傷つけた、ロマンティックな出来事について語った。

「僕が昔、くのいちだったことは知っているだろう? くのいちは、愛を忍術にしているようなものだ。そこに、ロマンはない。ただの裏切りがあるだけだ」

 そう言って空の樽の中に痰を吐き出す。それからプチコン04・背徳嬢に尋ねる。

「この樽、痰を吐き捨ててもいいかな?」

「さあ? 私は知りませんわ。このワイン蔵のオーナーにお尋ねになったらいかがでしょう?」

 プチコン04・背徳嬢とトニービン・スェルタークは、共通の知人であるワイン蔵のオーナーにお誕生会で話をしていた。二人は高い酒をガブガブ飲んだ。そのせいでトニービン・スェルタークは、口が軽くなっていたのだろう。くのいちだったという秘密の過去や、かつて受けた性転換手術について語り尽くした。

「自分でも、どうして性転換しようと思ったか、分からないんだ。でも、背徳的な愛は懲り懲りだと思ったのは覚えている。くのいちをやめたら、そんなことはしなくていいと考えたんだろうねえ。そして僕は、とある土地で性転換手術を受けたんだ」

 元くのいちが性転換手術を受けたのは、性転換指南書『背徳のヨーロッパ青春紀行』の影響である。そこに描かれた性転換者たちの背徳の愛の数々に魅了されたのだ。その本には、実際に手術を受ける方法についても詳細に記されていた。そこに書かれていた通りのことをやった結果として、天文学者のトニービン・スェルタークが誕生したのだった。

「とても良かった。本当にやって良かったと思っている。どうだい、君もやってみたら?」

「ご遠慮しますわ」

 そう言ってプチコン04・背徳嬢は断った。最初は、もっと婉曲的に拒絶していたのだが、あまりにもしつこいのでハッキリ、きっぱりと断ったのである。

 断られたトニービン・スェルタークは、別の人に性転換手術の素晴らしさを語り、そして手術を受けることを勧めようとして、また拒絶されていた。その間、プチコン04・背徳嬢はワインを飲んだ。他の酒も飲んだ。そして背徳的な恋愛への思いを一層強く感じた。

 さて、背徳的な作品を好むアデュラリアン・ムーンストーン氏は、そういう作品を愛する某<綺麗なものじゃないけれど>君と親しかったが、今日は背徳感が不足気味だったようで、親友の排泄物を鑑賞するだけの気力と体力がなかった。某<綺麗なものじゃないけれど>君がどれほどしつこく呼びかけても毛布の中から出ようとしなかった――後に病気を患っていて高熱が出ていたからだと判明したが、それを知らない某<綺麗なものじゃないけれど>君は、親友の付き合いの悪さに絶交を決意したものだった――のである。

 オーケイ、オーライ、分かったよ。それならば別の人間に見せてやろう。そう考えた某<綺麗なものじゃないけれど>君は、グルザセム・アッパルスタム師(仮名)に声をかけることにした。

 全国教職員ギルド組合連合会名誉代表幹事だったグルザセム・アッパルスタム師は若い頃から数多くの女性と浮名を流していたことで知られる。彼の恋愛遍歴は「ギルドの魅力的な受付嬢」から始まった。冒険者ギルドの激カワ美少女受付嬢、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)そして、職人ギルドのクール塩対応受付嬢と色々あって、その誰が本命なのか、本人にも分からないけれど、とにかく真剣な純愛から彼の恋愛生活がスタートしたのは疑いない。凛とした美人、世話焼きな姉御肌、冒険者より強い武闘派……そのギャップや意外性も、彼女たちの魅力だった。ビジュアル、性格、特殊能力など様々な要素も少年だった彼の心をつかんだ。しかし“魅力的な受付嬢”たちとの恋愛は、どれも長続きしなかった。とある「因習村」で、ゾクッとする恐怖を体験したことから、彼には恋愛が長く続かない呪いがかかってしまったのである。それは封印された祠を壊してしまったせいだった。気づけば外に出られない村、誰も語りたがらない過去、祠に触れた瞬間から始まる異変……そういった恐怖の連鎖反応がもたらした結果が、恋愛の呪いだったのだ。「封印された祠を壊してしまった!」と嘆く彼を人々は哀れみ、そして同時に、恐れた。その呪いが自分たちへ波及することを恐れたのである。その呪いの結果、彼は孤独な生涯を送るはずだった。それこそが、この呪いの正体だったのである。だが逆に、その呪いが彼の人生に好影響を与えたから世の中は分からない。読者の背筋を凍らせるような“土着×因習ホラー”漫画を描き同人雑誌即売会に出品したところ、これが爆売れした。それで彼は、ちょっとした街の有名人になったのだ。漫画好きなオタクの間で、彼は漫画の名人として大変もてはやされた。そのうち、漫画の専門学校から声をかけられる幸運に恵まれた。講師となってくれないか、との話に彼は乗った。そして、その第二の恋愛遍歴が幕を開けたのだった。今度の恋愛の相手は、漫画の専門学校に通う女生徒や、そこに勤務する職員たちだった。男子生徒の家族、つまり母親や姉や妹も恋愛対象となった。

「見境ないな」と感じるのは人の勝手である。しかし、その判断を簡単に下すのは……もう少しだけ、待って欲しい。グルザセム・アッパルスタム師はそこで「様々な属性の女の子と学園ラブコメ」を演じることで、多くの女性の心を癒したのだ。先輩が大大大好き!なヤンデレ妹系後輩、隣の席の清楚系ダウナー同級生、しっかりものなのに甘えん坊なお姉さん系生徒会長から、ちょっとツンデレな生徒会長、ブブ漬けが大好きな生徒会長、以前は若頭だった生徒会長、隣の席の文学少女、メイド型転校生まで、トラウマに苦しんでいた女性たちが彼のおかげで救われたのである。

 そんなグルザセム・アッパルスタム師が逮捕されたのは何かの間違いとしか言いようがない。しかし未成年の女子たちと五十年以上にわたって背徳の関係を続けたことが公になると、司法当局としては逮捕するしかなかったのである。

 留置場に放り込まれたグルザセム・アッパルスタム師は、そこで絵を描いた。女性たちの裸体画である。その美しさに、某<綺麗なものじゃないけれど>君は強い感銘を受けた。それに、グルザセム・アッパルスタム師の性の体験談も面白かった。

「性の衝動は、大津波のようなもんや。あるいは、海嘯や。大海嘯や。そのビッグウェイブに、乗るしかない、乗るしかないんや!」

 美しき背徳の恋愛に人生のすべてを投じたグルザセム・アッパルスタム師は、そのせいで牢獄へぶち込まれようとしていた。彼こそ美の殉教者と言っていいだろう。そんな人物にこそ、美の最高傑作である今日の排泄物を鑑賞してもらいたい……と某<綺麗なものじゃないけれど>君は願った。そう、心から願ったのだ! しかし、心から願ったのだけれど、その願いは残念ながら、かなわなかった。取り調べに呼ばれて不在だったのである。

 そこで某<綺麗なものじゃないけれど>君は、また別の人物に声かけを試みた。今度の人物はシュワイツァー・バーキリーと名乗る謎の人物である。彼はジーム・ノバムキルリイ(仮名)という名の女性超能力者に対する結婚詐欺の容疑で告発され、逮捕されていた。毛むくじゃらで容貌魁偉な怪人であり、結婚詐欺師というより毛婚詐欺師ではないかと同房者たちで囁き合ったものだが、そういう男性を好ましく思う女性から見ると魅力的なものらしい。

 結婚を餌に女性を騙したシュワイツァー・バーキリーとは一体、何者か?

 女性超能力者ジーム・ノバムキルリイの友人プチコン04・背徳嬢(仮名)は、自分の友だちを騙して金を奪った悪漢を、現代社会の野蛮人だと感じた。

 実際シュワイツァー・バーキリーは自分を「ありとあらゆる物事に対する背徳者にして野生児」と称した。とりわけ彼は背徳的な恋愛に熱心だった。野性的でありながら、女性が持っている母性愛をそそるタイプだったらしい。しかし、多くの女性を結婚すると騙して金を奪っていたのである。そんな男の正体を女性超能力者ジーム・ノバムキルリイが見抜けなかったのは不思議としか言いようがないけれど、恋は盲目なのだと言われたならば「そうですよね」と答えるほかにないだろう。

 そんなシュワイツァー・バーキリーを某<綺麗なものじゃないけれど>君が美的センスありとみなし、自分の創り出した美の最高品を拝観させてやろうと考えたのには、理由がある。この結婚詐欺師が「ありとあらゆる物事に対する背徳者にして野生児」と自称するようになる前の職業は野生動物の保護官で、様々な動物の保護活動をしていたのだが、その際に動物の残した排泄物から、その動物の健康状態を推し量ることを特技としていたのだ。

 糞だけで動物の健康状態を推測できるなら、自分の美しい排泄物を見て何か思うところがあるに違いない、と某<綺麗なものじゃないけれど>君は考え、その旨をシュワイツァー・バーキリーに言ったところ、予想外の反応が返ってきた。

 宗教的な理由のため、他人の排泄物は見られない。シュワイツァー・バーキリーは、そう言うのである。

 この男による結婚詐欺の被害に遭った女性超能力者ジーム・ノバムキルリイと、その友人プチコン04・背徳嬢は、超能力による人物観察術によって、その辺りの事情をつかもうとした。その結果、この人物の過去の一部が判明した。

 その調査によるとシュワイツァー・バーキリーは、とある背徳の宗教団体によってマインドコントロールされている可能性があるというのである。

 女性超能力者ジーム・ノバムキルリイと、その友人プチコン04・背徳嬢が行った魔法の水晶玉による幻視で、シュワイツァー・バーキリーが謎の森を分け入っている姿が映った。日の差すことが永遠に来ないような不気味な地中海糸杉の樹林の中を、泥を跳ね上げながら、この結婚詐欺師――当時は真面目な野生動物の保護官だったのだが――は歩き続けた。この森の中で、自分の知人が行方不明になったので、捜索していたのである。その友だちは精神状態が不安定だったので、自殺を考えて森林へ入ったと彼は予想していた。そうだとすれば、遺体を見つけてやらないと……そんな風に思っていたのである。森を進んでいくと、次第に風が冷たくなってきた。それは、この地域において天候悪化の前触れである。彼が戻ろうとした、そのときだ。チリン、という音が聞こえてきた。

 不思議に思ったシュワイツァー・バーキリーが音のした方へ進むと、その先の方から人の気配を感じた。失踪した知り合いかもしれない、と思い彼は、そちらへ向かった。行った先には樹木がなく、石畳の敷かれた空間があった。祭儀の場のようだった。その石畳には、真っ赤な塗料で謎の魔法陣が描かれていた。人はいない。だが、彼の耳元で、何者かの囁く声が聞こえてきた。それは、彼の知る言語ではなかった。どの民族の言葉なのかも当然、分からない。だが、その言葉を操る民が、この世に存在するものではないと、彼の本能が伝えていた。彼の耳の奥には打ち鳴らす太鼓の音が鳴り響いていた。その太鼓のリズムに合わせ、何者かが言った。自分たちは背徳の宗教団体――その名前は裁判に関係してくるので、ここには書けない――である。お前を、これからマインドコントロールする。そう言ったのだ。そして、その言葉は彼に、背徳の恋愛に何もかもを捧げるよう命じた。それから、そのときから、背徳の結婚詐欺師シュワイツァー・バーキリーが誕生した……と女性超能力者ジーム・ノバムキルリイと、その友人プチコン04・背徳嬢は結論付けたのだった。

 二人の女性が超能力を駆使して調べた結果は、告発状に書かれなかった。賢明な判断だったと言っていいだろう。しかし、その話は漏れた。いや、二人が漏らしたと言うべきか。いずれにせよ、シュワイツァー・バーキリーという人物の謎の部分がクローズアップされたのは間違いない。それは現代の裁判において、被告人の利益となりそうなものだった。とりあえずは、精神鑑定に持ち込まれそうな感じがするからだ……が、それは法律の専門家ではない某<綺麗なものじゃないけれど>君には判断ができない。今はただ、自分の奇麗な排泄物を見てもらい、その感想を語ってもらいたかったのだが、残念だ。そう思うしかなかった。

 それから某<綺麗なものじゃないけれど>君は、別の同房者に目をやった。その人物の半眼は傷で塞がれている。若い時分に斬られたときの傷だった。

 あの男は片目しかないけれど、その審美眼は芸術品の深部にまで到達していると、某<綺麗なものじゃないけれど>君は感じていた。片目の男が語る背徳愛の物語は素晴らしいものだった。片目の男の精神鑑定を行った精神科医のプチコン04・背徳嬢は、片目の男が抱く無限大の妄想の異常さを認めつつ、その芸術センスの高さを鑑定書に書かずにはいられなかった。

 プチコン04・背徳嬢は鑑定書に、こう書いた。この人物はマルキ・ド・サドに比肩する背徳の天才だと。ただし、それは彼の精神状態が安定しているときに限られる、とも書いた。

 重症の麻薬中毒者であるため、隻眼の男は精神状態の安定している時間帯は短かった。多くの時間は偏向的な政治思想を語ることに費やされたが、何を言っているのか誰にも分からなかった。それ以外の時間も普通の過ごし方ではない。見えない注射器の針を自分の体の血管に刺し違法な薬物を注入する真似を、ずっとやっているのだ。彼は麻薬への背徳的な愛で人生を棒に振っていた。今も彼は、ずっと注射の真似をやっていて、某<綺麗なものじゃないけれど>君の話を聞こうとしなかった。

 某<綺麗なものじゃないけれど>君は結局、自分一人で美の極致を堪能することにした。便器へ戻る。すると、そこには彼と不仲の男がいた。その男は糞便を好むあまり、それをマンションの貯水槽に放り込んで住人たちにも味わわせていた変態だった。彼は自分を「糞便への背徳の愛に生きる男」だと言っていた。その男は、便器に残っていた某<綺麗なものじゃないけれど>君の芸術品を見るなり、顔をしかめた。叫ぶ。

「便水!」

 その叫び声を聞いた看守は、某<綺麗なものじゃないけれど>君の背徳的な愛の対象物を流すためのボタンを長押しした。

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