痛い——
胸を引き裂かれるような激痛が、私の身体を貫いた。
冷たいアスファルトの上で身を丸め、太ももから流れ続ける鮮血を眺めながら、私は夫・
「私が悪かった……全部私のせい……お願い、赤ちゃんを……助けて……!」
星野侑二は、まるで死人を見るような目で、私の大きく膨らんだお腹を見下ろした。
「お前がひるみを誘拐させて、あいつに酷いことをしたとき……彼女に生きる道を残してやろうなんて思ったか?」
小林ひるみ——星野侑二にとっての“初恋”であり、忘れがたい女だった。
三日前、彼女は何者かに誘拐され、凌辱された末に、自ら命を絶った。
だが、どれだけ侑二を愛していたとしても、どれほどひるみを憎んでいたとしても、そんな狂気の沙汰を私は決してやっていない。
……なのに、侑二は私を信じてくれなかった。
再び激痛が襲いかかる。
私は、必死に叫んだ。
「……お腹の子だけは……助けてくれるなら……離婚する……それでいいから……!」
星野侑二はしゃがみ込み、私の顎を力任せに掴んだ。
「離婚すれば、ひるみの命が戻ってくるとでも思ってるのか?」
私は腹を守るように抱え込みながら、叫んだ。
「一体……どうしたいのよ……!」
「血で償え」と耳元で囁くその声は、まるで地獄から来た悪魔のささやきのようだった。
ゾッとする寒気が背中を走った。
「何を……する気なの……?」
返事の代わりに、侑二は私を突き飛ばし、後ろに手を振った。
冷酷そうな二人の男が近づいてくる。
「南区刑務所に連れて行け。」
——南区刑務所。
変質者や殺人鬼が集められる、まさに“地獄”の場所。
「やめてっ!!私を刑務所に入れないで!」
悲鳴をあげた私に、侑二は氷のような声で告げた。
「できるさ。俺は星野家の当主だからな。」
絶望が私を飲み込む。
それでも私は、最後の希望に縋るように叫んだ。
「お願い……子には罪はない……産ませてさえくれれば、あとは……十年でも二十年でも……牢に入るから……!」
だが、侑二は冷酷に微笑んだ。
「お前も、その腹のガキも……一緒に地獄を味わえ。」
―――
星野侑二の手は、あまりに強大だった。
たった一時間で、私は彼の手下によって、南区刑務所に連行された。
下半身から流れる血の量がどんどん増していく。
私はお腹を撫でながら、声を震わせて囁いた。
「怖がらないで……ママが、絶対守るからね……」
そのとき——
鉄の扉が、ぎぃ、と音を立てて開いた。
数人の女囚が、いやらしい笑みを浮かべながら私の方へ歩み寄り、ぐるりと私を囲んだ。
「……何をする気!?」
私は必死に威嚇しながら叫ぶ。
「私は星野家の……正妻よ!下手なことをすれば……ただじゃ済まないわよ……!」
リーダー格の女囚が冷笑を浮かべ、私の髪を鷲掴みにして言った。
「社長さん直々のご命令よ。お前と、その腹のガキに……“おもてなし”しろってさ。」
そう言うが早いか、女囚のひとりが私の頭を床に叩きつけた。
目の前が真っ白になる。
他の女囚たちが襲いかかり、私は無我夢中で腹をかばう。
私の大事な、大事な赤ちゃん……
何があっても、守らなきゃいけないのに——!
けれど、彼女たちは腹めがけて、容赦なく蹴りを叩き込んできた。
痛い——
どんどん、痛みが酷くなっていく。
意識が遠のく中で、私は幻を見る。
十年前の星野侑二——
火の海から私を抱き上げ、「麻奈、大丈夫だ。俺が助けに来た」と、優しく囁いてくれた侑二を……
だが、その幻はすぐに、赤黒い現実に打ち砕かれた。
私は感じた。
何かが、大腿からすべり出た。
私と侑二の、赤ちゃんだった。
三ヶ月、心から待ち望んだ命。
その小さな体は赤色に染まり、泣き声も、呼吸の気配もない。
私は崩れ落ち、我が子を胸に抱きしめて、号泣した。
「ごめんね……ごめんね……」
……守れなかった。
ママが……守ってあげられなかったの……!
―――
私は宮崎家の箱入り娘・
両親にも、兄にも、大切に育てられ、苦労など知らずに生きてきた。
すべては、星野侑二を愛してしまったせい。
本来なら——
事故で下半身不随になり、後継者の座を追われた侑二を、最初に見捨てたのは小林ひるみだった。
あのとき冷酷に彼を捨てて、海外留学に行ったのは彼女の方だった。
それでも私は傍にいた。
彼を支え、励まし、星野家の力を取り戻すため、両親に土下座してまで助けを求めた。
そして彼は、私にプロポーズした。
私は思った——ついに彼の心を溶かしたんだ、と。
だが、小林ひるみが帰国したとたん、すべてが変わった。
彼女が階段から落ちたとき、私が突き落としたと彼は信じた。
ストーカー被害も、交通事故も、すべて私の仕業だと……!
そして今、彼女の死までも、私のせいにされている——
夫に裏切られ、我が子を失い、私は地獄に堕とされた。
―――
四年後。
南区刑務所の鉄の扉が開く。
私は片足を引きずりながら、ようやく外へと出た。
服は出産前のマタニティドレスのまま、身体に合わずだらしなく垂れ下がっている。
そのとき——
見慣れた黒いマイバッハが目に入った。
星野侑二の車だった。
あのとき、私をこの車で刑務所へと突き落とした、その車。
車のドアが開く。
後部座席には、帝王のようなオーラをまとった男。
四年という歳月は、彼をさらに冷酷で、威圧的に仕上げていた。
私はその視線から逃げるように、うつむき、そっと後ずさった。
「……やっと出てきたな。」
冷え切った声が響く。
あの日、小林ひるみ誘拐事件の証拠がなかったからこそ、私は今ここに立っていられる。
けれど、あの牢獄で囁かれ続けた「社長からのご命令」という言葉を思い出すたび、体が震える。
「……そうね。出てきたわ……」
声を震わせながら答えた瞬間、侑二が車から降り、無言で近づいてきた。
その視線が私の足元を捉える。
「出てきたばかりで、もう同情を買う芝居か?」
彼の冷笑が胸に突き刺さる。
この足は、収監から三ヶ月目に折られた。
治りかけるたびに、また女囚たちが繰り返し折りに来る——
何度も、何度も……
だから、もう、治らなかった。
でも、侑二はきっと信じていない。
私が哀れみを引こうとしていると思ってる。
私は無意識に、痺れた足を掴んだ。
「……星野侑二。これからは、もう関わらないで。」
震える声でそう言って、逃げるように彼の傍をすり抜けようとしたその瞬間——
「……宮崎グループは、もう破産した。」
星野侑二が私の腕を掴み、冷たくささやいた。
「お前の両親は、借金に耐えきれず飛び降りた。兄は……借金取りに殺され、遺体すら見つからなかったそうだ。」
——私は、すべてを……失った。