岡江市
雨は三日間も降り続いていた。
私が難産で三日目を迎え、腹の中の赤ちゃんがもう動かないのを感じ取り、急いで担当医を呼んだ。
「天宮さん、申し訳ありませんが、氷室様のサインがなければ、開腹手術はできません。」
でも、真司はその子が自分の子だとは認めず、もう病院に来ることはない。
私は最後の力を振り絞り、少し体を起こした。
「自分のサインだけでいい?」
手術をしなければ、腹の赤ちゃんは命を落としてしまう。
しかし、医者は再度拒否した。
「申し訳ありません、それはできません。」
「これは命の問題よ!あなたたちは医者なの?この子を見殺しにするというの?」
血走った目で医者を見つめ、残り少ない力を振り絞って叫んだ。
「申し訳ありませんが、これはお規定です。」
医者の表情が一変し、足早に立ち去ろうとした。
離れようとするのを見て、私は必死に彼の服を掴んだ。深呼吸をし、心の中の怒りを抑え、卑屈な態度で頼んだ。
「あなたたちが、夫を恐れているのは分かります……でも、これは命の問題。お願いします!どうか娘を助けてください!」
この病院は私の夫、氷室真司の所有する病院で、彼が許可を出さない限り、誰も手術をしてくれない。
医者は一瞬ためらったように見えたが、結局私の手を振り解き、背を向けて離れた。
青ざめた細い腕は重く垂れ下がり、行き場のない無力感が胸を締めつき、息ができなくなるほどだった。
真司は自分の子どもを死に追い込まれようとしている。いや、私と子どもの命も一緒に奪いたいのだ。
このままでは、死を待つわけにはいかない!
そんな中。私は妹のことを思い出した!
彼女は幼い頃から私と一番仲が良く、きっと私を助けてくれる方法があるはず。
スマホを取り出し、雪奈に電話をかけた。
今、妹こそが最後の希望。
昔、私は真司と駆け落ちをしたため、家族とは縁を切り、母は悲しみのあまり命を落とし。父は再婚して、妹だけが今でも私と連絡を取っている。
誰かが外でニュースを見ているようだ……
「今日、山徳グループの社長・氷室真司と、天宮グループの令嬢・天宮雪奈さんが盛大な婚約式を行いました。噂によれば、天宮さんは氷室社長の命の恩人だそうで、二人は長い年月を経て、氷室社長の奥様が亡くなってから三年後に再び結んだそうです……」
私は三年前に死んだ?まだ生きているのに!
私の妹、この世での唯一の家族が、どうして私の夫と婚約したの?
信じない!
その時、電話がつながった。
「お姉ちゃん、報道見たでしょ?今日は私とお義兄さんの婚約の日なのよ。あ、間違っていた、もうすぐ真司は私の夫になる。ふふ……驚いたでしょ?」
私の手は震えが止まらず、病床から必死に体を起こした。あまりのショックで、体の痛みさえ感じなくなっていた。
「どうして?」
声を発すると、喉はひどく枯れていた。
その向こうで、天宮雪奈の勝ち誇った笑い声が聞こえた。
「あら、知りたいの?じゃあ教えてあげるよ。当時、真司を助けたのは——私よ。でもね、彼がただの貧乏人だったら面倒だと思って、あなたが助けたことにしてあげたの。しかし、予想外だったわ。彼、私に惹かれちゃったの。
だから仕方なかったのよ。あなたたちをくっつけるしかなかった。でも、真司が好きなのは君ではなかったから、お酒を使って、既成事実を作らせたのよ。それから駆け落ちするよう勧めた。
まさか真司が氷室尚人の養子だったなんて、ね。完全に私の見誤りだったわ。
でも彼、変わらず私に夢中のよ。責めるのなら、自分にせめたら……真司の心をつかめなかった無能な女!」
私は目を閉じ、歯を強く食いしばった。彼女の言葉は、まさに晴天の霹靂だった。
天宮雪奈の一言一言が、鋭く心に突き刺さってくる。
しばらくして、ようやく目を開け、視界は痛みで歪んでいた。
「あなたは……私の実の妹なのに……!」
「実の妹?何を勘違いしてるの?私たちは父親が同じなだけ、異母姉妹よ。今の天宮家の奥様こそ、私のお母さん。あなたの母親がもっと早く死んでくれていたら、私たちはとっくに家族になれてたのに。あ、そういえば、君の母親がどうやって死んだか知ってる?私ね、君が精神疾患で家出し、知らない男たちに輪姦されて死んだって伝えたの。そんな話を聞かされて、生きていけると思う?」
電話の向こうで、天宮雪奈は悪魔のように笑っていた。
「お姉ちゃん、安心して逝きなさい。」
「この悪魔ッ!天宮雪奈、絶対に許さない!殺してやる!!あああああっ……!」
完全に壊れた私は、ベッドから裸足で飛び出し、狂ったように病室を飛び出していった。
私は本来、天宮グループのご令嬢だった。あの時、真司のために家を追い出され、戸籍から名前を消された。世の中の人は皆、天宮家の令嬢を天宮雪奈だと思っている。天宮雪乃の存在など誰も知らない。
真司が記憶を取り戻し、氷室グループの跡取りとして迎えられたあと、天宮雪奈は毎日のように言ってきた——「表に出るな、真司を支える女になれ」と。
だから、世間は真司が結婚していることは知っていても、その妻が私、天宮雪乃だとは誰も知らない。
母に会いたいと言っても、雪奈はいつも「お母さんは会いたくないって言ってる」とだけ言い、私は信じて待ち続けた。でも、最後に届いたのは母の訃報だった。
ひと月前、真司は突然、私のお腹の子を「不倫相手の子」だと決めつけ、冷たくなった。私が難産で苦しんでいる三日間、一度も顔を見せなかった。
今なら分かる。あれも、きっと雪奈の仕業だ。
真司はきっと真実を知らない。雪奈に騙されているだけだ。本当に私を愛していなかったら、長男の蒼汰は生まれてこなかった、お腹の子もできるはずがない。
真司と話が少ないが、夜はとても優しくて、私を大切にしてくれていた。
普段も贅沢を許してくれ、家族カードは今でも私の手元にある。
私は信じている。真司は、まだ私を愛していることを。
会って話さなきゃ。真実を伝えなきゃ。天宮雪奈の思い通りにはさせない!
私は狂ったように病院を飛び出した。
けれど、体力はとっくに限界を超え、お腹にはまだ生まれていない小さな命がある。
そう遠くへ行かないうちに、私は道路に激しく倒れ込んだ。
それでも諦めたくなかった。両手で地面をつかみながら、必死に前へと這う。背後には、鮮やかな紅が滲み広がっていた。雨が容赦なく降り注ぎ、それを洗い流そうとしても、その色だけは、決して消えなかった。
雨は止む気配もなく、無慈悲に私の体を叩き続け、まるで私の命を削るように。
体はどんどん重くなり、呼吸も浅くなる。もう、動けない。
私は絶望に満ちた目で、空を見上げた。降り続ける雨が、だんだんとお母さんの顔になっていく。優しく微笑むお母さんが、穏やかな声で言った。
「雪乃、どうしてお母さんに会いに来てくれないの?」
その瞬間、私の世界は完全に崩れた。
下から熱い血が溢れ出し、命の温もりが冷たさへと変わっていく。
腹部の痛みはまるで何かに引き裂かれるようで、呼吸さえもままならない、今にも窒息しそうだ。
泥水を含んだ雨が喉に流れ込み、私は鉄のような血の味を感じた。
それは、裂けたような下半身から溢れ出る血だった。道の上を這いながら、それは雨水と共に小川となり、排水溝へと吸い込まれていった。
天宮雪奈の声が、まるで錆びたノコギリのように、ぼやけた意識を何度も引き裂く。
破水の温もりは、すでに冷えきった身体には感じられない。顔に降り注ぐ雨は、細かく尖った針のように刺さる。陣痛が波のように押し寄せ、私をより深い闇へと引きずり込んでいく。
痛みに呻きながら、ふと私は、和傘を手に持って走る幼い自分を見かけたようで。
傘の骨が折れ、雨がすべての光を消していった。
道路に引っかいた指の跡には、五本の血の線が残る。顔を濡らすのが雨なのか涙なのかも分からなかった。でも、生かさなければならない。娘を生かさなければならない。
最後の力を振り絞ったとき、肋骨が内側から押し割られるような痛みが走った。「ブチッ」という音と共に、小さな命が私の体から生まれた瞬間、世界が静まり返った。
私は震える手で、雨と血に濡れたセーターをそっと解き、小さな体を胸に抱きしめた。
ほんの少しでも、自分の体温で娘の体を温めようとした。
もう、限界だった。
視界がぼやけていく中で、私は確かに見た。
腕の中の子が、私に微笑んでいるのを。