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死ぬ気でダンジョン配信
死ぬ気でダンジョン配信
一知半解
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年06月19日
公開日
1万字
連載中
バイトをクビになり、人生に絶望した無職男が、やけくそで「ダンジョン配信」に挑む。

死ぬ気でダンジョン配信

やあ、見てるか? 画面の向こうのお前ら。

はじめまして、こんばんは。……いや、もしかしたらこれ、朝イチで見てる奴もいるのかな。ま、どっちでもいいか。今夜は特別だ。なんてったって、これが俺の最初で最後の配信になる予定だからな。


あー、自己紹介いる? 一応やっとくか。俺は田中真一たなかしんいち、29歳、無職。今日、バイト先の店長に「もう来なくていい」って言われて、そのまま駅前のベンチで缶コーヒー飲んでた。そしたら急に思い立って、こうしてスマホ一つで配信を始めてるわけ。理由?  聞くなよ。俺にもわからん。


ああ、チャットが流れてる。


「マジでダンジョン行くのか?」

「やめとけ、命は大事にしろ」

「自殺配信きたwww」


うるせぇ、わかってる。どうせ俺みたいなやつ、誰も本気で心配なんかしちゃいないんだろ? でも、たまにはいいよな。何もかもどうでもよくなって、命まで軽く感じる夜があってもさ。


で、なんでダンジョンかって? 理由は簡単。「今、ダンジョン配信バズってる」って、まとめサイトで読んだからだ。バズればスパチャ、投げ銭、アフィリエイト。運が良ければニュースにも出る。

ま、どうせ俺は運の悪い側の人間だし。何も残せなかった人生の最後くらい、他人の記憶の片隅にでも残してやろうってわけ。


ほら、リュックも用意してるんだぜ?

スーパーのセールで買った水とカロリーメイト、あと、昔バイトしてたホームセンターでもらったLED懐中電灯。どうせスマホのバッテリーのほうが先に切れるだろうし、これくらいあれば十分だろ。


おっと、チャットがまた盛り上がってるな。


「ほんとに行くの?」

「バカすぎwww」


煽るな煽るな。お前らも面白半分で見てんだろ。でも、俺もその面白半分でここにいる。

画面越しでもいいから、誰かに見られていたい。最後くらい誰かにバカだなって笑ってもらいたい。それだけ。


よし……外はもう真っ暗だ。

ダンジョンゲートまでは歩いて十分。ほら、ほら、今から向かうから。画面ブレるけど我慢してくれ。あ、そうそう、自撮り棒もないから手持ち。手が震えてても勘弁な。


……いや、こうして話してると、本当に俺、いま生きてるって感じ。

普段は誰とも話さないし、こんなに自分の心臓がドクドクいってるのも久しぶりだ。


じゃあ、これから行くぞ。

死ぬのが先か、バズるのが先か。

もし生きて帰れたら……。そのときは、また配信しようかな。……なんて、あり得ねぇか。


というわけで、みんな、準備はいいか?

これが俺の人生最後の冒険、ダンジョン配信の始まりだ。



ゲートの入口、こんな夜中なのに妙に明るいな。街灯と、メディア用に設置された監視カメラの赤いランプ。

テレビやネットで見るだけだった異空間が、今、俺の目の前にある。

冗談みたいだけど、本当にこんなところに入口があるんだな。誰でも入れる代わりに、自己責任。

知ってるか? 週に何人も行方不明になってる。帰ってきたやつの多くは怪我か病気、運が良けりゃちょっとした戦利品。

ほとんどは消えるか、ネットのネタになるだけ。俺もその一人になりに来たってわけ。


おーい、配信映ってるか?

画面、暗いだろ。でもこの暗闇がリアルってやつだ。


「やめとけ」

「今なら戻れるぞ」


優しいな。まあ、心配かけてすまん。でも今さらやめるのもカッコ悪いだろ。

何も残さない人生の終わりが、ネットの片隅にでも引っかかったら、それで十分だ。


いくぞ、入るぞ!

ほら、ダンジョン特有の空気。湿ってて、埃くさくて。

配信で伝わるかな?


「くっさ」

「これがリアルw」

「草」


足元がゴツゴツしてて、まっすぐ歩くのも一苦労だ。

最初のフロアはただのコンクリートの廊下、でも向こう側、見えないほど暗い。

ライトを点けると天井のパイプから水がポタポタ、音が反響して気持ち悪い。


俺、ダンジョンなんて入ったことないから、初心者ムーブかもしれん。

でもこれが俺の初配信、まあ新鮮さだけは本物だろ。


……おっと、左の壁にでっかいシミ。

近づくとカメラに映るな。ほら見てみ?


「グロ!」

「何の跡?」


前に来た誰かの「失敗」の痕跡か?

いや、気にしないで進む。死体が転がってないだけマシだ。


右手の廊下は行き止まり。左に曲がってみる。

……ドキドキしてきた。

いやマジで、みんなわかる? 俺、手が震えてる。


「ビビんな」

「そのまま進め!」


お前ら無責任すぎるって。

でもな、不思議と悪くない。誰もいないはずのダンジョンの奥で、こうやって誰かと繋がってる感じがするんだ。


あ。足元で何か蹴った。空き缶だ。

先客の忘れ物? それとも……。

いや、やめとこ。ホラー配信じゃないからな。


さあ、最初の分岐。左がさらに暗い、右は妙に風が抜けてる。


「左はガチでヤバそう」

「左行け」

「いや、左だろw」


煽りばっかり。でも、今日くらいは従ってやるか。


じゃあ右に行こう。


「ビビったw」

「まあ正解かもな」


廊下が狭くなってきた。壁にひび割れ。上から埃がパラパラ落ちてくる。

足元には木片。昔の誰かの装備かもしれないな。

ちょっと拝借。拾ってみる。


「そんな装備で大丈夫か?」


大丈夫……じゃないかもしれないけど、素手よりはマシだろ。一応自分の身くらい守りたい。


……あれ、妙に静かだな。

さっきまでゴトゴト鳴ってたのに。

ま、気のせいか。


いや、違う。空気が急に冷たくなった。

こんな場所で「嫌な予感」なんて漫画みたいだけど、やっぱり本当にあるんだな。背筋がゾワッとする。


「早く進め」

「止まるな」


チャットの文字がやけに早くて全部追いきれない。

俺のこの人生、こんな風に誰かに応援されること、あったっけ?

いや、どうでもいいか。どうせすぐ死ぬんだ。

だろ?


よし、進もう。

ダンジョンの奥、何があるのか知らないけど、

今日くらいは、やけくそで突っ込んでやる。


行くぞ……。画面の向こうの、お前たち。

見届けてくれ。俺の冒険の続きを。



あれ、今、なんか聞こえたよな……?

ちょっと待て。おい、お前ら、音拾えてる? マイクに雑音入ってたらコメントくれ。

いや、これ、配信のノイズじゃねえよな。生き物の……足音?

やっぱり、俺ひとりじゃなかったみたいだ。

どうするよこれ。まさか最初の小部屋でエンカウントするなんてな。

見てくれ、ほら、壁の向こうの暗がり……。ライト当てるぞ……。


うわ、マジか。おい、見えるか? でけぇネズミ……? いや、これ、普通のじゃない。

目が赤いし、歯がやたら長い。

おい、これがモンスターってやつか。冗談だろ?

ゲームなら雑魚敵だろうけど、現実だとめちゃくちゃ怖いな。


どうする、どうする。落ち着け、俺。


「戦え」

「逃げろ」


意見バラバラかよ!

お前ら、こういうときは助けてくれるんじゃないのか。でもな……。

こっち来た。やべ。うわ、近い! 牙が光ってる!


冗談抜きで死ぬかも。

足が勝手に動いてる。俺、逃げてるよな?

すげえな、俺、笑ってやろうと思ったのに本気でビビってる。

心臓バクバクいってるの分かるか? ほら、画面ブレてるだろ。

これ、俺の手が震えてるせいだから。

ああもう、カメラ落としそう。


階段! 下に降りる、ジャンプするぞ!

……痛て、くそ、膝やったかも。でも、今はそれどころじゃない。

後ろ、まだネズミ来てる? 見える? 誰か、コメントで教えてくれ!


「大丈夫、もう映ってない」


本当に? ああ、助かった……。

なんかもう、涙出てきそうだ。

俺、死んでもいいって思ってたくせに、今は本気で死にたくない。

おかしいよな、こんなところで、こんな奴らに殺されるのだけは、絶対に嫌だ。


「情けねーw」

「でもよく逃げた」


ああ、そうだな。

逃げるのも、悪くないかもしれない。


ちょっと落ち着かせてくれ。呼吸整えないと……。

はぁ、はぁ……ああ、何してんだろうな俺。

でも、さっきよりちょっとマシな気分だ。誰かに「頑張れ」って言われるの、こんなに嬉しいもんなんだな。

ありがとう。なあ、お前ら、今日は俺の命の恩人だぞ。


でもさ、まだ始まったばかりだろ?

やべえよ、こんなペースで心臓持つかな……。

まあ、死にたくないって思えた自分にちょっとびっくりしてる。

さっきまでどうでもよかったのに、今はちょっとだけ「続きが見たい」って思ってるんだ。

だから、もうちょっとだけ付き合ってくれ。

よし、進もうぜ。一緒にな。



よし……さっきのネズミはいないな。

ほら、今度は静かだろ? ……なんて、油断したとたんにまた来そうで怖いんだけどな。

お前ら、まだ見てるか? 大丈夫か? コメント止まったら本当に一人きりになりそうで、

それが一番怖いかもしれない。……意外だろ? 俺もびっくりしてる。


さて、と。ライトの電池、まだ持ちそうだな。

カロリーメイト……は、後回し。緊張で腹減らねぇし。

とにかく、奥に進む。どうせ、途中で引き返す気はないしな。

今さらだけど、お前ら、俺がどこまで行けるか、最後まで見届けてくれよ。


おっと、今度は何だ……え? 床がちょっと濡れてる。

足元注意な。配信的には滑ってコケたら美味しいシーンかもしれないけど、俺は死にたくないからな。

……うおっ! 言ったそばから足滑らせた……。


「ナイスボケ」

「アホすぎwww」

「大丈夫か?」


おい、笑いすぎだろ。でも、こうやって誰かがツッコんでくれるの、なんか……。

バカみたいに安心する。

画面越しに一人じゃないって思えるんだ。

変な話、今までずっと一人でいるほうが気楽だと思ってたけど、

いざ本当に命が危ないと、人間って誰かに見ててほしくなるもんなんだな。


さて、今度は分岐だな。

左は真っ暗で空気が冷たい。右は壁にヒビが入ってる。

どっち行く?


「左行け」

「右はヤバそう」


いや、どっちもヤバそうなんだが、今の俺は素直だぞ。

左だな。よし、行くぞ。


「急に素直になってて草」

「ビビりすぎだろw」


うるせー。

……でも、そうやって笑ってもらえると、ちょっとだけ、本当にここから生きて帰りたくなるから不思議だよな。

さっきまで、どうせ俺なんか、なんて思ってたくせにな。


っと、今度は目の前に小さな扉。

見てみ? まるでアニメの秘密基地みたいなやつだ。

あー、ロックもかかってない。そろそろ罠が来そうだな。

お前ら、もし俺が消えたら、後で伝説にでもしといてくれよ。


いくぞ、開けるぞ……!


……何もない。ただの倉庫みたいな部屋か?

でも何だこれ……床の一部、変に沈んで……。


うわっ!?

落とし穴だこれ!

ちょ、マジで足滑って……。

ヤバイヤバイヤバイ!!

スマホ落とすな、配信止めるな、俺死ぬな!!


……止まったか?

画面……映ってる? 俺、今……落ちた?


「映ってるよ」

「おい、生きてるか!?」

「笑わせんなw」


笑い事じゃねーよ。マジで腰打った。

でも、何か、こうやって誰かに心配してもらえると、それだけで価値あることみたいに思えてきた。

くだらねぇって思うだろ?


ふう……何だよ。

ここ、抜け道みたいになってるな。

出口、どこかに続いてるはずだろ?

おい、もし俺が生きて帰れたら……。

いや、帰りたい。マジで、今はそう思う。

こんなバカみたいな配信、でも、お前らが見てくれてるから、俺はもう少しだけ、先を見てみたいって思ってる。


だから頼む、もうちょいだけ、一緒にいてくれよな。



ふう……今ので体力半分くらい削られた気がするぞ。

お前ら、画面揺れてないか? 腰、マジで痛い。

でも、これが現実のダンジョンってやつだよな。

なんか、ちょっとずつ慣れてきた気もする。

あれだけビビってたのに、不思議と今は「この先に何があるのか」って、少しだけワクワクしてる。

なあ、こういうのって「生きたい」って気持ちなのかもな。


さて、穴から這い出して……。

あー、埃まみれ。ほら、カメラに顔寄せるから見てみろよ、泥まみれだぞ。


「汚すぎ」

「ゾンビじゃん」


お前ら、失礼だな。

でも笑ってもらえると、なんか元気出るわ。


よし、奥に進む。

通路がまた細くなって、天井も低い。

あ、今度は床に錆びたトラバサミ……罠だな。

昔の冒険者のやつか? 下手したら俺もやられてたのかも。

みんなもダンジョン入るときは足元見ろよ。


「お前が一番油断してる」

「次は絶対踏む」


……余計なフラグ立てんな!


左に曲がって、また階段。

下に降りると空気が変わった。冷たい、湿った匂い。

あと少しで最奥だな、って感覚がなんとなく伝わる。

おい、チャットも空気変わってない?


「やばそう」

「引き返せ」

「いや、もっと奥だ!」


あいかわらず煽りと心配半々だな。でも、どっちも嫌いじゃないぞ。


うわ、今度は扉に鎖……鍵?

どうする?


「壊せ」

「回り込め」

「鍵探せ」


どれも一理あるけど、こういうのは力業だろ! 

よし、リュックの中身で一番重いの……懐中電灯でガツンと!

あ、開いた。案外脆いな。


「脳筋」

「やるじゃん」


……褒めてくれてありがとな。


……あ、今、何か動いた。

見えた? 奥に何かいる。

さっきまでのネズミと違う。

影が……でかい。

音も鈍い。ズシン、ズシンって。

なあ、お前ら、これ絶対ヤバいやつだろ。


「逃げろ」

「隠れろ」

「近づけ!」


おい、どれが正解だよ。

でも、今さら引き返すって選択肢、俺の中にないんだよな。

どうせなら最後まで突っ込むしかないだろ。


よし、ゆっくり近づくぞ。

ほら、カメラのズーム、最大な。

画面、ちゃんと見えてるか? 暗いけど、何か、鎧みたいな……。

いや、でけぇなこれ。

ボスだろ、これ。

ああ、足が震えてる。声も震えてる。

でも、今の俺、逃げたくない。

ここで「やっぱ無理だ」って引き返したら、たぶん一生、何もできない気がするんだ。


なあ、お前ら。

もし、ここで俺が死んだら、

ちゃんと伝説にしてくれよな。


……って言いながら、

ほんとはまだ、死にたくない。

だから、最後まで、見ててくれ。


こっから先、マジでヤバいかもしれん。いや、今までも十分やばかったけど。

今、俺の目の前にいるこいつ、もう完全に終わり、みたいな感じがする。


ほら、カメラ映ってる? でかいだろ。

鎧みたいな殻、目は真っ黒。あれ多分、虫か爬虫類系だな。

ああ、ゲームのボスって、だいたいこういうやつだよな。

笑えねぇ。ゲームならリトライで済むのに、現実は一回しかねぇんだ。


……ヤバい、動いた。

でっけぇ腕みたいなの振り上げてる。

おいおい、冗談じゃねぇぞ。逃げろって? 

わかってる、でも今、足が動かねぇんだよ。

こんなところで、死にたくねぇって気持ちしかない。

まだ、終わりたくねぇ。


やべっ、壁が崩れた。

粉塵で目の前が真っ白だ。

うわ、手が滑ってスマホ落としそう……。

落ち着け、落ち着け。


「右に通路」

「足元見ろ」


ああ、ありがとう、そっち行く!


……なあ、お前ら、俺の息遣い聞こえるか?

はぁ……はぁ……。マジで死ぬかと思った。

ヤツ、まだ追ってくる。

さっきから通路の天井も低くなってるし、暗いし……。

頼む、電池切れだけは勘弁してくれよ。


ちょ、またあの影……!

壁に張り付くな。あの体格でよく動けるな、マジで。

ほら、石投げてみるぞ……。

お? 気を引けたか?

今のうちに反対側に……。

わ、まじで来た!やべぇ!


なあ、俺、本気で死にたくないんだよ。

もう、どうでもいいとか、嘘だった。

今は心の底から、生きて帰りたい。


……痛っ、足を捻ったかもしれねぇ。

でも、止まったら終わる。


「上に何かある」

「天井、何かぶら下がってる」


マジか、カメラ上げるぞ……。

なんだこれ、紐みたいな……。ロープかこれ。

でも、使えるかも。

あのボスの動き、パターンある。大振りのあと、一瞬止まって、こっちに向かって突進してくる。

だから、こっちに誘導してロープ引っ掛けて……それで?


いや、やるしかない。

俺は、もう一回だけ勇気出してみるわ。


近づくぞ。

ああ、心臓がうるさい。

なあ、お前ら、見ててくれ。

この一瞬、逃げたくない。

今だけは、俺は生きてるって叫びたいんだ。


……よし、タイミング合わせて……!

今だ! ロープ!


……やった、首にひっかかった!

暴れてる!

今のうちに出口へ……!

走れ、走れ俺!


……追いかけてくる音が、だんだん遠ざかる。

出口、あれだ!

ライトが切れそう、でも、もうすぐ……!



……外だ。

外の空気だ。

うそみたいだ。

俺、生きてる。

本当に生きてるよ、俺!


……ああ。

痛っ! すまん、足の力が抜けて尻もちついた。スマホ持つのもしんどいわ。

……俺、今どんな顔してるかな。泥だらけで見えないか。

でも、もうどうでもいい。涙が出てきた。

お前らのコメント、いっぱい、ちゃんと見えてるぞ。


「生きててよかった」

「やば、泣ける」

「ナイスファイト!」

「すげえ、伝説」


お前ら、ありがとう。

本当に、ありがとう。


最初、俺なんか、死んでもいいって思ってた。

でも違った。

本当は、生きていたかった。

こんな俺でも、生きてていいって思える瞬間が来るなんて、

マジで、想像してなかった。


……なあ、お前ら。

今日だけは、言わせてくれ。

俺、もう少しだけ、生きてみるわ。


……まだ息が整わねぇ。

画面の向こう、みんな見えてるか? 

いま俺、泥まみれで、たぶん人生で一番みっともない顔してると思う。

いや、泣いてる。泣いてるのかこれ。

涙と汗と埃と、もうぐちゃぐちゃだ。

でも、それでも、今……

本当に生きてるって感じてる。

ああ、死ななくてよかった。

俺、死ぬつもりでここに来たのに、

最後は死にたくないって、そればっかり考えてた。


コメント流れるの、ちゃんと見えてるぞ。


「ナイス生還!」

「マジで伝説」

「よくやった」

「生きててえらい」


ありがとう。ありがとう。

こんな言葉、こんなに嬉しいなんて思わなかったよ。


ほら、見てみろよ。

手、震えてる。膝もガクガク。

情けないだろ? でもさ、俺、今この瞬間だけは、「生きてるだけでいい」って心の底から思ってるんだ。


……なあ、俺、思い出した。

子どものころ、学校の帰り道でさ、

川に落ちて、必死に泳いで……。上がったときも、こんなふうに泣いたっけな。

あのときも、生きててよかったって、思った。

ずっと忘れてたけど、人間って、死にたくない生き物なんだな。

頭じゃわかってたつもりだったけど、

こうやって体の底から、実感する日が来るなんて思わなかった。


おい、チャット止めるなよ。

一人にしないでくれ。

こんなこと言うの、カッコ悪いけど、今の俺は、弱くて情けない自分を、全部さらけ出してる。


ちょっと水飲む。

あー……。こんなにうまいと思ったの初めてだ。


なあ、これで俺の配信は終わり……。って思ってた。

でも、今は、ちょっとだけ違う気持ちだ。

こんな俺でも、温かく見守ってもらえる場所があるってわかったから、もう少しだけ、この世界にいたい。


いや、カッコつけてるわけじゃない。

本音だよ。


また明日、生きて、配信して、みんなともう一度会えたらいいなって、心からそう思ってる。


見ててくれて、本当にありがとう。

最後までバカな俺に付き合ってくれて、ありがとう。


じゃあ、今日はこれで。

配信、切るぞ。


◇ ◇ ◇


やあ、見てるか?

なんか、久しぶりだな、配信画面の前にこうして座るの。たった一週間ぶりなのに、ずいぶんと時間が経った気がする。


コメント、すごい量だな。ちょっと待ってくれ。

今日は俺が、ひとりで、ゆっくり喋りたいんだ。


あれから一週間。

嘘みたいだけど、俺、まだ生きてる。

前回の配信、覚えてるか?

死にかけて、泥だらけで、泣きながら「生きててよかった」って叫んで……。

今でも、正直に言うと、自分があのとき何を感じていたのか、全部は説明できない。

ただ、あの夜から、世界が少しだけ違って見えるようになった。


次の日の朝、目が覚めたとき、最初は夢だったんじゃないかと思った。

見慣れた天井、ぼやけた蛍光灯。

俺はそこにいて、生きていた。


生きてるって、こんなに静かなことだったんだな。

心臓はちゃんと動いてて、息を吸うたび、空気の重さがわかる。

背中は痛いし、体中あざだらけで、こんなにボロボロになってたんだって笑った。


それでも、不思議と嫌な気分じゃなかった。

むしろ、体のどこが痛んでも、それだけ、俺はここにいるって、しみじみ思えた。全部が「生きてる証拠」みたいでさ。


外に出たとき、太陽がやけに眩しかった。

駅前のロータリー、なんてことない景色だったはずなのに、その日は違った。

空が広くて、どこまでも青くて、やたらとくっきり見えた。


コンビニで買った缶コーヒー。

大してうまくもないのに習慣で飲んでるやつ、口に含んだ瞬間、舌の上がビリビリして、「ああ、これが味ってやつか」と思った。

どこにでもあるような缶コーヒーの苦さと甘さが、その日はちょっとだけ、特別なものみたいだった。


そのまま街まで歩いた。

大通り、人混み、スーツ姿のサラリーマン、制服の高校生、カートを押して歩くおばちゃん。

それぞれが、誰かの一日を生きていて、一人ひとりが、どこかへ向かってる。


今までの俺は、こういう人たちを「ただの風景」みたいに思ってた。

でも……違うんだな。

この中の誰もが、昨日があって、今日があって、それぞれの理由で、ここにいて、きっとそれぞれの悩みや願いがあって、小さな喜びや痛みを抱えてる。


たとえば、駅前のベンチでスマホをいじってた若い子。

もしかしたら俺と同じで、誰かの一言を待っているのかもしれない。

公園の滑り台を駆け上がる子どもたち。笑ってるけど、きっと明日にはまた違うことで泣いたりするんだろうな。


俺は……そのとき初めて、「世界は俺のものじゃない」って気づいたんだ。

いや、俺が主役じゃない、でも俺もその一部なんだって。

小さな歯車でいい。

ただ、この大きな世界のどこかに、ほんのちょっとの居場所があればいい。

そう思った。


その日は、昼飯に牛丼屋に入った。

牛丼なんて、何年ぶりだったかな。

カウンター席で注文して、出てきたばかりの丼の湯気をじっと見てた。


箸を持った手が震えてて、自分でも情けないと思ったけど、口に入れた瞬間、「うまい」って心の底から思った。


本当にうまかった。

あの柔らかい肉の甘さと、タレのしょっぱさと、白いご飯の熱さと、その全部が、「生きててよかった」って思わせてくれた。


店を出るとき、店員が、「ありがとうございました」って言ってくれた。

その声を聞いたとき、なんだか、自分がこの世界に歓迎されたみたいな気がした。

笑うだろ?

たったそれだけのことで、俺は「このまま、ここにいてもいいのかな」って、ちょっとだけ思えたんだ。


前は、道を歩く人みんなが、

俺を無視して通り過ぎていくように思えた。

誰も俺のことなんか興味がない、世界は俺に冷たいって、本気で思ってた。


でも今は違う。

みんながみんな、自分のことで精一杯で、俺が何者かなんて、きっと知らない。

それでいい。

他人が主役の人生だって、俺の人生と同じくらい、本気で生きてる。


俺も、俺なりに、これから生きていこうと思う。


前の配信、ちょっとバズったみたいで、ネットでいろんなコメントを見た。「また配信してくれ」って言ってくれる人もたくさんいた。

驚いたよ。俺のことなんか、誰も見てないと思ってたから。


でも、たとえ一人でも、誰かが俺のことを待ってくれてるなら、そのためにもう少しだけ頑張ってみよう、って思った。


前みたいに、毎日が嫌で、

全部投げ出したいって思うこともあるだろう。

でも、一度「死にたくない」って思った自分を知ったから、俺はもう簡単にはあきらめない。


なあ、聞いてくれ。

今の俺、「やりたいこと」ができたんだ。


たとえば、あのダンジョン、もう一度だけ挑戦してみたいと思ってる。今度は「死ぬため」じゃなくて、自分がどこまで行けるか、本当はどんな景色が見られるのか、それを自分の目で確かめてみたい。


それから……できれば、もう一度だけ働いてみたいとも思う。

どんな仕事でもいい。

牛丼屋でも、コンビニでも。

どこかの誰かと同じ時間を過ごして、「おつかれさま」って言い合えたら、それだけで、たぶん十分幸せだ。


いつか、この配信を見てる誰かと、どこかですれ違ったりする日が来たら、そのときは、こっそり心の中で手を振ってくれ。


なあ、人間って、案外しぶとくて、案外弱くて、でも、本気で何かを感じたとき、世界が違って見えるものなんだな。


俺は、たった一回、ダンジョン配信をしただけで、別に、何かが劇的に変わったわけじゃない。

今も、無職だし、明日のことだって何も決まってない。


でも、それでもいいと思える自分がいる。

何も持っていなくても、何も誇れなくても、「生きてるだけでいい」って、今なら本当に、心からそう思える。


ありがとう。

本当に、ありがとう。

前回の配信のとき、死ぬのが怖いって言ったけど、今はもう、生きるのが楽しみになってる。


みんなも、もし今つらいなら、自分の息の音を聞いてみてくれ。

自分の手を心臓に当ててみて、それが生きてる証拠だって、思い出してみてくれ。


……さて、そろそろ締めるか。

コメント、読まなかったけど、ちゃんと届いてる。ありがとう。ひとつひとつのコメントにお前らの顔が見える気がして、全然ひとりで喋ってる気がしなかった。


またそのうち、配信すると思う。

今度は、新しい景色を見つけたら、その話をしに来るからさ。


そのときまで、みんなも……。

どうか、生きててくれ。


じゃあ、今日はここまで。

またな。



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