「視聴者の皆さん、今日の営業は時間制の切り替えはなしです。冒険者とモンスター、どちらも受け入れます。たとえ同時であっても」
俺は配信がスタートすると同時に宣言した。
カメラを動かしている茜は「正気とは思えないわ」というように、顔が引きつっている。
実際、昨日の夜の会議で猛反対してた。
「は?」
「店主、死亡のお知らせ」
「まあ、昨日はうまくいったけどな……」
やはり、コメント欄は反対派が多い。が、賛成派もいる。
「いや、意外といけるかも」
「頑張れ」
「応援の投げ銭どうぞ」
さて、どちらに転ぶか。営業開始だ。
しばらくすると、ドンドンとドアを叩く音がした。一人目は冒険者だな。
「どうぞ」
扉を開けて現れたのは、軍服に似た服を着た男だった。間違いない、保安官だ。どこかで見た顔だ。
「えーと、何を召し上がりますか?」
「ふん、何を戯けたことを。今日は、貴様を捕らえに来た」
「はい?」
茜は「なんかまずい気がする」と言いつつ、保安官をアップで映す。
「貴様は、モンスター相手にも食堂を経営している。事前の届出には、そのようなことは書いてなかったぞ」
「それは……。まあ、そうですが」
約束を破ったのは事実だ。
「届出に書いてなかったことよりも問題なのは、今日から冒険者、モンスターの時間制をなくすことだ」
くそ、配信スタートしたばかりに来るってことは、誰かが通報したな。
「間違いなく、ここは戦場になる。冒険者の安全を確保するのが我らの役割。見逃すわけにはいかない」
正論だから、反論できない。
その時、ドアが開くと次の来店者がやって来た。それは、常連のゴブリンだった。
早速、人間とモンスターが同じタイミングで店内にいる構図になった。保安官は食事目的じゃないが。
「オイ、カレー出せ。アマイのうまい」
ゴブリンは、保安官の存在を無視して、いつもの注文をする。
対して、保安官はゴブリンを汚らわしいという目で見ている。
ピリピリする空気。とても、耐えきれない。
保安官は、ゴブリンを殺そうとするだろう。モンスターではあるが、常連を殺されるのを黙って見ていることはできない。どうする?
ゴブリンに出てってもらうのが最善だろう。
「すまないが……」
そう言いかけた時、またしても店のドアが開く。
二人目の客は、冒険者だった。希望に満ち溢れた目に、傷ひとつない盾。間違いなく新米冒険者だ。
「うわ、最悪」
茜がつぶやく。
冒険者は、ゴブリンを見るなり口をあんぐりと開けた。
まあ、そういう反応になるよな。
「はい、ゴブリン死亡」
「いや、店主がなんとかする」
「修羅場すぎるw」
静寂の中、コメントが読み上げられる。
「えーと、注文は何にしますか?」
「いえ、僕は……」
冒険者が店を出ようとした時だった。
ゴブリンが「トナリに座れ」と言ったのは。
おい、状況を悪化させるな!
「オマエ、新米。オレ、教える。秘密の通路」
「え、どういうこと?」
「オマエ、奥に行きたい。オレ、戦うのはイヤだ。だから、教える。抜け道を」
どうやら、ゴブリンは冒険者と戦いたくないらしい。それもそうか。この冒険者に限らず、戦いの日々を送っていれば、いつか殺される日がくるだろう。
「秘密の抜け道? 確かに、知りたいけれど……」
冒険者は戸惑っている。安全に先に進むか、この場から去るか。天秤にかけているらしい。
「安全なのは本当か?」
ゴブリンは無言でうなずく。
冒険者は、恐る恐る隣に座る。
「おい、貴様! 殺されたいのか!」
保安官は、唾を飛ばしながら二人の間に割って入ろうとする。
「おい、保安官! 黙れ!」
思わず、叫んでいた。
「……は?」
反抗されるとは思わなかったのだろう。保安官は固まっている。
冒険者は、少し考えると「ビールください」と注文する。
「オレもビール。カレー、忘れるな」
よし、なんとかなりそうだ。
ジョッキをカウンターに置いて、カレー作りの準備に取りかかる。
「オマエ、広間は知ってるか?」
「えーと、ダンジョンに入ってすぐの?」
「ソウダ。あそこ、ミギに進む。秘密のスイッチある」
二人は、身振り手振りで、情報交換を続ける。
「なるほど、情報ありがとな」
冒険者は、手を差し出す。
ゴブリンも、それに応じて握手する。
種族を超えた瞬間だった。
「ほらな」
「マジかよ」
「歴史的瞬間、切り抜き完了」
コメントの内容も落ち着いてきた。
「許さん、俺は認めんぞ!」
我に返った保安官は、二人に殴りかかろうとする。
しかし、「出ていけ。ここは食堂だ」と冒険者がキッパリと言う。
その時、保安官をどこで見たか思い出した。
「あんた、子どもをモンスターに殺されたんだ。ニュースで見た記憶がある!」
保安官は無言だが、それは肯定を意味していた。
だから、冒険者たちが戦闘をしないか心配になって食堂に来たんだ。
彼なりの信念で動いていたんだ。
だが、俺にも信念がある。
「お願いです。今日はお引き取りください。彼らを信じてください」
保安官は、考えたのちに「殺されても知らんからな」と言って去っていく。
どうやら、今日のところは見逃してもらえるらしい。
「店主さん、良かったですね」
冒険者はホッとした表情だ。
「まあな。ひとまず、情報交換を続けてくれ」
緊張が解けて、思わずへなへなと座り込む。
二人は、ビールで乾杯している。
異種族の壁は、そう簡単に乗り越えられないだろう。だが、可能性はある。
「いやー、ビールがうまい」
ここには、剣も魔法もない。ただ、うまい料理とちょっとした酒がある。