その館は非常に大きく、しかし童話から飛び出してきたような可愛らしさを兼ね備えていた。まず尖った屋根が人々の目を引く。グレーのレンガと黒の木材が使われた壁には、絵画を思わせるように蔦が這い、広い庭では色とりどりの花が咲き誇っていた。
館の主はハーベンと呼ばれる年の頃二十五、六歳の青年である。長めのストレートの銀髪と翡翠を思わせる瞳が、彼の美貌を引き立てた。
ハーベンの館には数名の使用人のほかに、一人の少年が住んでいる。その少年――羽山五月――は濃茶の髪にこげ茶の瞳の持ち主で、十八歳くらいに見えた。東洋人のためか、やや幼く見える容姿の五月は、館の敷地からほとんど外へは出ない。今朝も目覚めると食堂に用意された食事を食べながら、午前の間は読書でもしようと考えていた。
「サツキ、今日は何をして過ごすのかな?」
五月のためにきれいな指先で器用にゆで玉子の殻を剥きながら、ハーベンが優しい声で尋ねる。サンドイッチを齧っていた五月は口の中のものをこくんと飲み込んでから急いで返事をした。
「本を読みたいんだけど、書斎に行ってもいい?」
「もちろんだとも。君がいてくれれば私の仕事もはかどるよ」
笑顔を深めたハーベンは、食後のコーヒーの支度に取りかかった。もちろんコーヒーは五月の体を気遣ったカフェインレスのものをチョイスするこだわりっぷりだ。
毎食こうして五月の食事の準備をしてくれることに、以前、五月は遠慮したいと申し出たのだが、ハーベンはにこにこしながら「私の楽しみだから」と五月の頭をなでるばかりで聞き入れてくれなかった。あまりしつこく食い下がるのも厚意を無下にするようで、五月はそれ以来、ハーベンの手作りの料理のみを口にする生活を送っている。世界各国の様々な料理を作るハーベンの料理の腕はレストランのシェフにも匹敵するのではないかと思うほどのもので、五月はハーベンの料理がとても好きだった。あまり食べる方ではない五月が丁度食べきれる量を作ってくれるのも手伝って、いつもどの料理も残さず食べられるのも嬉しい。
給仕をしてくれていたハーベンが二人分のコーヒーを手に、ようやく五月のすぐ隣の席に腰を落ち着けた。
「夕方は私も時間が取れそうだから、庭を歩こうか……少し天気は悪いけれど」
「本当に!?」
「ああ。でも今日は少し冷えるから、暖かくしておいで」
自分を気遣ってくれる言葉に五月はコーヒーの入ったカップを両手で包みながらこくこくと首を縦に振る。
ハーベンが何の仕事をしているのか、五月には難しくてあまりわからなかったが、よく書き物をしていることと電話をしていることは知っていて、とても忙しいのだと理解していた。そんな彼が夕方に一緒に庭を散策してくれるなんて、五月にとってはとても喜ばしい出来事だった。なぜなら館から出ない五月にとって、ハーベンと庭と歩くことはデートをするのと等しいことだからだ。そしてハーベンも五月の考えをくみ取って同じように考えてくれている。
朝食の時間は和やかに、しかしいつもよりも甘さを含んで過ぎていった。