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ダンジョンの美少女
ダンジョンの美少女
はの
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年06月22日
公開日
1.6万字
完結済
 動画配信全盛期。  ユーチューバーに、ブイチューバーに、ライバーに、あらゆる職業を名乗るインフルエンサーたちが視聴者を取り合う戦国時代。  時に祭りくじの闇に迫り、時に日本から遠く離れた異国の光景を映し、時に専門知識を持って一般人を知識の海へと沈めていく。  スマートフォンと言う小さな画面には、数多のエンターテイメントが詰まっていた。    そんな時代に視聴者が最も求めたのは、『ダンジョン配信』であった。

第1話

 動画配信全盛期。

 ユーチューバーに、ブイチューバーに、ライバーに、あらゆる職業を名乗るインフルエンサーたちが視聴者を取り合う戦国時代。

 時に祭りくじの闇に迫り、時に日本から遠く離れた異国の光景を映し、時に専門知識を持って一般人を知識の海へと沈めていく。

 スマートフォンと言う小さな画面には、数多のエンターテイメントが詰まっていた。


 そんな時代に視聴者が最も求めたのは、『ダンジョン配信』であった。

 ダンジョンと呼ばれる異空間で、地球上に存在しない異形の生物――魔物たちを倒しながらより深い階層を目指すその姿は、視聴者たちを熱狂させ、一大ブームを引き起こした。


「うぃっす、うぃっす。YUUKIです。本日は、神龍のダンジョン地下四十四階を攻略していこうと思います」


『YUUKIキターーーーーー!!』


『神龍の四十四攻略したら、世界初だ! 超期待!』


 午後八時。

 ダンジョン配信のスーパールーキーと名高いYUUKIは、いつも通りダンジョン配信を開始する。

 ダンジョン配信用に開発されたカメラが、浮遊しながらYUUKIの姿を写し、YUUKIの姿を全世界に配信する。

 また、カメラの上にはホログラムのスクリーンが映し出され、スクリーンにはカメラが映すYUUKIの姿と、配信を見ている視聴者からのコメントが映し出されている。

 YUUKIはカメラに手を振りながら、スクリーンに流れてくるコメントをピックアップして読み上げる。


「けんしょうさん、『絶対四十四階突破してください』。ありがとー! 絶対突破してみせます! えーっと、斎藤眼鏡さん、『全裸待機してました』。服着てくださいねー。美少女のパンチラとか出ないんでー」


 動画開始直後の様式美である応援コメントを返し終えた後、YUUKIは背中に背負っていた鞘から剣を引き抜いて、天井に向かって高々と剣を掲げた。


「じゃあそろそろ、潜りますか!」


『うおおおおおおおおおお』


『行け行けYUUKI』


 ダンジョンの通路には、安全ゾーンと呼ばれるエリアと危険ゾーンと呼ばれる二つのエリアがある。

 名が表す通り、安全ゾーンとは魔物が入ってこない安全なエリア、危険ゾーンとは魔物が人間を襲い始める危険なエリア。

 潜るとは、安全ゾーンから危険ゾーンに移動することを意味する。


 YUUKIが一歩危険ゾーンに足を踏み出すと、先程までYUUKIに興味を示さなかった周囲の魔物たちが、一斉にYUUKIに視線を向けた。


「グオオオオオ!」


「シャアアアア!」


 ダンジョンは、階層が深くなればなるほど、攻略する難易度が上がる。

 深くなればなるほど、道が複雑で、強い魔物が現れ、魔物の数も増えるからだ。

 例えば、地下五階や十階であれば、安全ゾーンの周辺に魔物がいることはほとんどない。

 しかし、地下四十九階にもなれば、安全ゾーンの周辺のどの方向を見ても魔物がいることが当然だ。


「さっそく来たな!」


 YUUKIは剣を横に構えて、向かってくる三匹の魔物を確認する。

 肌の硬さに定評のあるサイ型の魔物――アイアン・ライナースレスが一匹。

 毒の滴る牙と縦横無尽な動きに定評のあるヘビ型の魔物――ポイズン・スネイクが二匹。


『うわー。あのサイ、剣きかないだろ』


『どうするYUUKI』


 YUUKIは突進してくるアイアン・ライナースレスとの距離を意識しながらも、ポイズン・スネイクに向かって走る。

 ポイズン・スネイクの毒の牙は、一撃かすっただけでも全身が麻痺し、噛み疲れれば一分と持たず絶命する恐ろしい牙だ。

 アイアン・ライナースレスの一撃も重く驚異だが、図体が大きい分だけ、不意打ちされるリスクは少ない。

 よって、YUUKIはポイズン・スネイクを最初に仕留めることとした。


 二匹のポイズン・スネイクが何度も体を交差させながら、YUUKIに向かって這って来る。

 YUUKIはポイズン・スネイクが射程範囲に入るよりも早く剣を振り、剣を投げた。


『ちょwwwマジかwww』


『剣投げんなwww』


 槍のように飛んだ剣は、片方のポイズン・スネイクの顔を切り落とし、即座に絶命させた。

 もう片方のポイズン・スネイクは仲間の死を悲しむこともなく、むしろ武器を失ったYUUKIを格好の獲物だと言わんばかりに這う速度を速めた。

 射程範囲に入るなり、ポイズン・スネイクは自身の体を折りたたみ、バネの要領でYUUKIに向かって跳んだ。


 が、そんなポイズン・スネイクの行動を予想していたYUUKIは、飛んでくるポイズン・スネイクの首根っこを掴み、そのまま走り抜けて地面に刺さった剣を引っこ抜いた。

 ポイズン・スネイクは噛まれれば驚異となる魔物だが、噛まれなければただのヘビだ。

 首根っこさえ握ってしまえば、握る手に牙が届くことはなく、無害な魔物へと成り下がる。


「シャアアア!」


「これで二匹!」


 YUUKIは叫ぶポイズン・スネイクの首を躊躇いなく剣で斬り落とし、残された魔物であるアイアン・ライナーレスに向かって上段に剣を構える。


「グオオオオオ!」


「来いやあああああ!」


 アイアン・ライナーレスの巨大な角と、YUUKIの剣がぶつかり、火花を散らす。

 YUUKIの体が数十センチメートルほど後ろへ下がったところで踏みとどまり、互いの圧が拮抗する。


「グオオオオオ!」


「っはあ! 重いなあ!」


 浮遊するカメラが、YUUKIとアイアン・ライナーレスの押し合う姿を写した後、徐々にYUUKIの顔をズームしていく。

 YUUKIは自分の表情がスクリーンに映し出されたことを確認した後、カメラの先にいるだろう視聴者に向かって大声で叫んだ。


「四十四階の魔物は、確かに強い! 正直、俺一人じゃあ勝てるかどうかわからない! だから、視聴者の力が必要だ! どんどん拡散して、俺に力を貸してくれ!」


 ところで、ダンジョン配信が一大ブームを引き起こした理由は、もう一つある。

 YUUKIが手に持っている剣の素材――ビューアー・マテリアルの存在である。

 ビューアー・マテリアルは、ダンジョン内で発見された、人から見られれば見られるほど強度を増していく未知の物質だ。

 つまり、ビューアー・マテリアルを素材として作られた武器は、人から見られれば見られるほど強い武器となる。

 この特性が、配信と言う世界中の人間の視線を集める技術と相性が良く、視聴者が拡散によって他の視聴者を集めれば集めるほど配信者が強くなるという、視聴者と配信者の一体感を作り出した。

 まるで自分も配信者と共に冒険しているような一体感は、視聴者たちの承認欲求を満たし、熱狂させた。


 YUUKIは、チャンネル登録者数二十八万三百六十一人の配信者。

 現在の同時接続者数は、八千三百二十八人。


『YUUKI行け!』


『拡散しといた!』


『ゆーき! ゆーき!』


 YUUKIのダンジョン配信の視聴者たちは、SNSでYUUKIの配信を拡散する。

 飛び交うハッシュタグは、『#YUUKI配信』に『#スーパールーキー』に『#YUUKING』。

 全てが、YUUKIを応援する視聴者による、YUUKIを指す言葉。


 拡散によって、同時接続者数の数字が増え始める。


「おらあっ!」


「グオオッ!」


 増えた数字を維持するのは、YUUKIの仕事だ。

 YUUKIは大げさに剣を振り回し、アイアン・ライナーレスとの戦いを映えるように演出する。

 より、視聴者が食いつくように。

 より、切り抜きやすいように。


『行け! そこだYUUKI!』


『押せ押せ!』


 同時接続者数は、八千五百七十四人。

 契機が、訪れる。


『トレンド! トレンド乗った!』


 ハッシュタグ『#YUUKI配信』が、SNSのトレンドに乗る。

 トレンドに乗れば、YUUKIのチャンネルを登録していない層にまでYUUKIの配信が届き、暇を持て余していた人々が配信へと流れ込んでくる。

 同時接続者数は増えていく。


『来た来た来た! 同接9000人越え!』


『行ける行ける行ける!!』


 SNSから一気に流入すれば、次は動画配信プラットフォームのトレンドに浮上する。

 ダンジョン配信は見るがYUUKIの配信を見ない、という潜在的な優良視聴者が流れ込んでくる。

 スーパーコメントと呼ばれる、投げ銭付きコメントと共に。


『ナイスパ』


『ナイスパ』


『おおおおおおおおおそろそろ一万いくぞ!!』


 同時接続者数は、九千四百二十九人。

 加速度的な増加を続ける。


『YUUKI!』


『YUUKI!』


『あと10』


 注目を浴びる配信。

 沸き立つコメント。

 カメラを通して、YUUKIと視聴者の目が合った。


 同時接続者数は、一万人。

 一桁増える、区切りの大台。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


『同接一万おめ』


『おめ!!!!』


「っしゃあ! 視聴者たちの応援、確かに受け取ったぜ! これはもう、攻略するしかないだろう!」


 拮抗が、一気に崩れる。

 YUUKIが勢いよく剣を振り下ろすと、アイアン・ライナーレスの角の先端が切り落とされた、


「グオオオオン!?」


 前足を大きく上げて痛みに悶え苦しむアイアン・ライナーレスの前で、YUUKIは大きく跳躍し、空中で剣を大きく振りかぶった。


「止めだ!」


 振り下ろされたYUUKIの剣は、アイアン・ライナーレスの体を真っ二つに切断した。

 アイアン・ライナーレスの体は二つに分かれて倒れていき、地面に倒れきると光の粒子となって消滅した。


 YUUKIはカメラに背を向けたまま、剣を天に掲げてキメポーズをとった。


『YUUKIが勝った!』


『うおおおおおおおお! これ四十四階いけるやろ!!』


『神』


『こ れ ぞ Y U U K I N G』


『初見です。ファンになりました』


 流れるコメントは、YUUKIの姿もダンジョンの光景も隠すほど、大量に溢れかえる。


「さあ、お楽しみはこれからだ! このまま一気に、最奥まで行くぜ!」


『YUUKI! YUUKI!』


『KING! KING!』


 ダンジョンの攻略スタイルは、様々だ。

 職人のようにコツコツと攻略を進める者。

 視聴者たちに質問をしながら攻略を進める者。

 YUUKIがスーパールーキーと言われる所以は、実力よりも一つ上の階層に潜り、配信の序盤から視聴者を集めて同時接続者数を上げ、熱狂を味方に実力以上の階層を攻略し続けるエンターテイメント精神である。


 一万人を超えた同時接続者数を抱え、YUUKIは一気にダンジョンの奥を目指した。


 配信開始から二時間後。

 YUUKIは、神龍のダンジョン地下四十四階の攻略に成功した。


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