「うぃっす、うぃっす。YUUKIです。本日はついに、神龍のダンジョン地下六十階を攻略していこうと思います」
「ついに、ですね!」
『白たん! 白たん!』
『白たん! 白たん!』
YUUKIの配信に流れるコメントは、今日もシロの応援一色だ。
YUUKIは二人の仲の良さをアピールするように、シロの隣へ立って、カメラに向かってピースをした。
『おいいいいいいいいいいいい』
『近い近い近い近い近い近い近い』
『もうお前ら結婚しちゃえよ』
『白たん、嫌なら嫌って言っていいんだよ?』
「別に、嫌じゃないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
YUUKI、チャンネル登録者数四十九万人。
シロ、チャンネル登録者数十九万五千人。
この地下六十階の配信が、前人未到の六十回攻略であると同時に、YUUKIとシロの五十万人&二十万人突破記念になるだろうことを、YUUKIもシロも、もちろん視聴者も理解していた。
「さあ、行こうか!」
「はい!」
地下六十階を彷徨う魔物は、サラマンダー。
赤い鱗に覆われた、巨大なトカゲのような化け物だ。
サラマンダーの全身は熱に覆われていて、素手で触れれば火傷は必須だ。
よって、攻略法はシロの遠距離攻撃がメインとなる。
危険ゾーンに立ったシロが、ハンドガンでサラマンダーを狙撃する。
狙うのは、まず足。
「キュアアア!?」
足に傷を受けたサラマンダーは立ち続けることができなくなり、その場に膝をついた。
仲間の悲鳴を聞いたサラマンダーたちが異変に気付き、シロの元へと次々集まって来る。
シロは、近づいてくるサラマンダーたちから距離を取りながら、正確無比に足を貫いて動きを封じていく。
止まったサラマンダーに止めを刺すのは、YUUKIの仕事だ。
うずくまるサラマンダーの、最も柔らかい部分である腹部へ剣を刺し、そのまま引き裂いた。
「ギュアアアア!?」
サラマンダーは悲鳴と共に倒れ、光の粒子となって消えていった。
「YUUKI、全部撃ち終えた」
「っしゃあ! 止めは任せろ!」
『YUUKI! YUUKI!』
『白たん! 白たん!』
同時接続者数二万人オーバー。
今のYUUKIの剣は、並の魔物を寄せ付けないほどに強力な武器となっていた。
「最深部だ」
「だね」
『え? もう着いたの?』
『速すぎワロタwww』
ダンジョンの最深部には、一つ下の階層への階段がある。
ただし、十階に一回、階段の前にボスエリアと呼ばれる場所が存在する。
ボスエリアには、攻略してきた十階層で出現したどの魔物よりも強い魔物――いわゆるボスが一匹待ち構えており、ボスを倒せば一つ下の階層への階段が現れると言う仕組みだ。
今回攻略を試みている神龍のダンジョン地下六十階は、ボスエリアのある階層。
巨大な扉を前に、YUUKIとシロは立ち尽くしていた。
ドラゴンのイラストが刻まれた鉄の扉は、無言であるにもかかわらず咆哮をあげているような威圧感があり、YUUKIは思わず息を飲んだ。
ボスエリアにお入る直前の雰囲気と言うのは、何度経験してもなれないものである。
『やべえ』
『ドラゴンのイラストってことは、ボスはドラゴンか?』
ボスエリアを前に震えるYUUKIの手を、シロはそっと握った。
『やべええええええええええええええ』
『YUUKI代われえええええええええええええ』
「……シロ?」
「大丈夫だよ。私たちなら、きっと」
「……ああ。そうだな!」
YUUKIの心音が落ち着いていく。
額に流れていた汗も止まり、まっすぐに鉄の扉を見た。
「じゃあ、ボスエリア、行きます!」
「頑張ります」
『うおおおおおおおおお』
『頑張れYUUKING!』
YUUKIが鉄の扉に触れると、扉は自然に開いた。
重苦しい音を立てて開いた先からは、熱い空気が飛び出してきて、YUUKIの顔を熱く染めた。
YUUKIは剣を抜いて、シロの顔を見た。
シロもまた、YUUKIの顔を見て微笑んだ。
YUUKIのチャンネル登録者数は、四十九万九千六百四十七人。
ボスを倒し終えた時には、確実に五十万人を突破している水準まで来ていた。
五十万人の壁、そしてシロへの告白。
二つの覚悟が、YUUKIを奮い立たせる。
ボスエリアに入ると、入り口の扉が閉まった。
薄暗い部屋が赤みを増していき、闇の中から真っ白なドラゴンが現れた。
巨大な体のドラゴンは、YUUKIを頭上から見下ろし、不敵な笑みを浮かべた。
「おお、人間よ。よくも、我が聖域を荒らしてくれたものだ」
『!?』
『ウワーーーシャベッターーー!!』
上位の魔物の中には、人間の言語を解し、操るものがいる。
それは例外なく強大な戦闘力を有し、配信者たちを苦戦させる存在だ。
「さすが、地下六十階ってとこか。だが、なんでだろうな。負ける気がしねえぜ!」
が、YUUKIは勝利を確信していた。
同時接続者数二万人は、ビューアー・マテリアルの強度を増幅させ、剣そのものの威力を大きく高めていた。
サラマンダーを一撃で屠る程に。
間違いなく、YUUKIのダンジョン配信の歴史上、最も仕上がった状態であった。
それに加え、シロとの関係を進める愛の力が後押しする。
「いくぜ!」
『KING! KING!』
『KING! KING!』
YUUKIが剣を握りしめると同時に、真っ白なドラゴンは背中の羽を大きく羽ばたかせた。
真っ白なドラゴンを起点に、強風の波がボスエリアに吹き荒れる。
「ぐっ……!」
『うおおおおおお』
『威力YABEEEEEE』
体ごと吹き飛ばされるのではないかと言う風圧を受けながら、YUUKIは踏ん張りを聞かせて、その場に踏みとどまった。
同時に、一つの不安がよぎった。
YUUKIよりも小柄なシロは、この風に耐えられるのかと。
「きゃあっ!?」
「シロ!」
案の定、シロの方から叫び声が上がったため、YUUKIは咄嗟にシロの方へ振り向いた。
YUUKIと、二人分のカメラが、シロの姿を映し出す。
風でスカートが捲り上がり、白い下着を露わにしたシロの姿を。
「あ」
『あ』
『あ』
YUUKIも視聴者も、あられもないシロの姿に釘付けになる。
「う、うわ! ごめん!」
が、YUUKIはすぐにシロから目をそらし、自分のカメラもシロを映さないように動かした。
『このチャンネルは、サイトのポリシーに違反したため停止されています』
そこでYUUKIが目にしたのは、自身のチャンネルのバン宣告であった。
「……え?」
配信サイトは、過激な暴力や性的なコンテンツの配信を禁止している。
シロの下着姿という配信が、AIによって性的なコンテンツとして検知され、YUUKIのチャンネルを停止してしまったのだ。
それはつまり、ビューアー・マテリアルによる強化の喪失。
剣そのものの威力の喪失。
YUUKIの強さの喪失。
魔物一匹を殴って倒すことのできない素手と言う方法で、こともあろうにボスの魔物を倒さなければならないという無謀極まる現実が訪れたという宣告だった。
「シロ!」
YUUKIは、焦った表情でシロのスクリーンを見る。
YUUKIの剣が無力化されようと、シロの配信が生き残っていれば、シロ自身はビューアー・マテリアルの恩恵を受けられるから、まだ勝ち目はある。
だが、シロのチャンネルも同様。
無情にも、チャンネル停止の表示が浮かび上がっていた。
「あ……あ……」
YUUKIは絶望した表情で真っ白なドラゴンを見た後、どうにかシロだけでも逃がせないかと、シロの方を見た。
狼狽するYUUKIの視線の先、シロは不敵な笑みを浮かべていた。
それは、真っ白なドラゴンとまったく同じ表情。
「シ……ロ……?」
シロは手に持っていたハンドガンをYUUKIの脚に向けて、引き金を引いた。
「ぎゃあああ!?」
銃声と共にYUUKIの脚に穴が開き、YUUKIは傷口を手で押さえながら地面に倒れ込んだ。
「痛い! 痛い! 痛い!」
もだえ苦しむYUUKIへ、真っ白なドラゴンとシロは、ゆっくり歩いて近づいてくる。
シロはYUUKIの近くでしゃがみ込むと、YUUKIの頬を人差し指でつっついた。
「どんな気持ちだ、人間。殺される感覚と言うのは初めてだろう?」
「シ、シロ……何を言って……?」
「私たちは、ずっとそんな恐怖に晒されてきたんだ。貴様ら人間が、我らが住処に土足で踏み込んできてから、ずっと」
「シロ……一緒に……上を目指そうって……」
「積年の恨み、受けよ人間!」
絶望した表情を浮かべるYUUKIの体は、真っ白なドラゴンによって踏みつぶされた。
辺りには赤い血が飛び散り、シロの白いワンピースを赤く染めた。
真っ白なドラゴンが足を上げると、そこには人間の形を残さない赤い塊が潰れており、シロは興味を失ったように赤い塊から目を背けた。
そして、母である真っ白なドラゴンに向かい、跪いた。
「母様。やはり人間は、配信と呼ばれる技を封じてさえしまえば、遅るるに足りません」
「そのようだな。そこにいた人間が、身をもって証明してくれた」
「私は再び名と姿を変え、人間の世界へ戻り、今日と同じことを繰り返します。魔物たちが配信の秘密に気づいた、ダンジョンに入れば死ぬとわかれば、人間たちが二度と我らの住処に入ることはなくなるでしょう」
「おお、我が娘よ。ダンジョンの平和のため、苦労を掛ける」
「いえ。それでは、行ってまいります。我らの未来が、明るいものであらんことを」
YUUKIとシロのチャンネルバン。
そして、その日以来、YUUKIのSNSへの投稿停止。
視聴者たちは、YUUKIとシロが真っ白なドラゴンに殺されてしまったのだろうと嘆き悲しんだ。
ダンジョン配信者の死は、過去にもあった。
しかし、チャンネル登録者数五十万人規模の配信者の死は初であり、世間に大きなインパクトを与えた。
ニュースでは、ダンジョンに入るのを規制すべきではないかと言う規制派が、再び取りざたされるようになった。
しかし、ダンジョン配信は止まらない。
莫大な承認欲求と財を手に入れることができる場所を、ちょっとやそっとで人間は捨てることなどできはしない。
今日もまた、新しい配信者が生まれ、既存の配信者が前人未到の下層を目指す。
「誰だ!」
「ひゃっ!?」
そして、とあるダンジョンでは、一人の配信者がしゃがみこむ美少女を発見する。
「君、どうしてこんなところに? 名前は?」
「……アカ」