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第6話 ザイン神父の矜持

 おや? あなたも事の顛末が気になって、此処へいらしたのですね?


 まぁ、そこの椅子へお掛けになって下さい。何からお話しましょうか? 嗚呼、例のクーデターの件ですか。ええ、私はその日教会でお祈りをしていたため、何もしていませんよ。


 お城の炎は燃え上がり、実に城の半分は燃えてしまったようですね。残念ながら、アルカディア王とマルカス第一王子は焼死。王妃は全身火傷を負いながら一命を取り留めたようですが、残念ながら記憶を失い、寝たきりとなってしまっているようです。


 クーデター義勇軍総指揮は東のレーゼン領を統治していたアナハイム・レーゼン侯爵。グランソという巨漢の男が特攻隊長だったようです。


 騎士団と義勇軍がぶつかる中、予め、元騎士団員のミハエルが民を避難誘導したお陰で罪もない民が巻き込まれる事はなかったようです。


 王家に与していた上級貴族は失脚。バイツ侯爵は度重なる圧政の責任を問われ、処刑されました。


 今後は義勇軍の中から新たな王宮騎士団が作られ、あの火事の中、偶然・・にも生きていたステラ・レナ・アルカディア王女を新たな女王とする新生アルカディア王国が誕生したみたいですね。


 え? どうしてそんなに詳しいのかですって?


 心優しき信者の方々が色々教えてくれたのですよ。さぁ、一緒に新たなアルカディアの出発を祝し、祈りましょう。



「務めとやらは終わったんですか?」

「嗚呼、ミハエルですか」


 今日はクーデター直後の復興支援準備があると、午後は教会を閉めていたのですが、私の意図を汲みやって来るミハエルは流石ですね。


「皆、あなたからの加護を待っています」

「ええ、そうですね」


「あなたという方は、酷い人だ」

「ええ、その通りです」


 やはり、ミハエルだけは他の子羊とは違いましたか。私の見立ては間違いではなかったようです。私は椅子の横へ置いていた荷物を取ろうとすると、ミハエルが先にその荷物へ手を伸ばします。


「何処へいかれるのですか?」

「この国は救われました。私はもう必要ありません」


「いえ、まだまだ復興には時間がかかる。あなたの御力が必要だ」

「シスターや義勇軍の子には既に託してあります」


「駄目だ! みんな! 俺も! あなたが必要なんだ!」

「駄々っ子ですねミハエルは」


 お喋りな彼の口元を塞いであげると、一瞬蕩けた表情になるミハエルでしたが、そっと両手で私の身体を離します。


「何処へ行かれるのですか?」

「救世の旅へ。まだまだ世界は広い。私を必要としている者が沢山居ますから」

「ならば、今日から俺は神父様を守る騎士だ。お一人では危険です。護衛の一人位居てもいいでしょう」

「……」


 皆、私が言う通りに、思う通りに動いてくれました。ミハエル、あなただけですよ。こうして私の思い通りにならなかったのは。


「そんなに私の加護が欲しいですか?」

「いえ、貴方を俺が満たすんです。貴方色に染まった俺だからこそ、混沌の中に居る貴方を救い出せる」


 私は思わず双眸を細めました。


 欲しいものはどうにかして手に入れるまでが楽しいものです。手に入ってしまえば面白くない。


 喉が渇くのです。神からの啓示を伝えるには私一人の力ではまだまだちっぽけなのです。だからこそ、欲望に忠実に、神の導くまま、沢山の信者を導いて来た。それを眼前の男は〝混沌〟と表した。


「ミハエル。神が導く道が地獄の果てでも、ついて来て下さいますか」

「俺が仕えていた国はもうない。何処までもお供しますよ、ザイン様」


「ザインとお呼び下さい」

「ザイン!」

「ミハエル」


 ミハエルと抱き合う私。渇きを潤すべく、そのまま引き寄せられる口元。奏でられる水音。彼の中から吸い出した愛蜜が私の喉を満たしていきます。嗚呼、今までずっと与える側だった私が、ここまで満たされた気持ちになったのは初めてかもしれません。


「ミハエル、参りましょう」

「はい、喜んで! ザイン」



 こうして、新生アルカディア王国を後にした私とミハエルは、救世の旅へと出発したのです。まだ見ぬ未開拓の地へ。新たな迷える子羊をこの手で救うために。


 一週間かけて南の地、トロントロンへと到着した私とミハエルは宿屋へと向かいます。


「ようこそ、旅の宿へ。申し訳ございません。生憎本日は満室でございまして」

「そうですか……それは困りましたねぇ」

「小さな部屋でも構わないのたが」


 宿屋の店主とそんなやり取りをしていると、宿屋の奥、太腿を強調させた聖職者の衣装を身に着けた人物が階段を下りてくるのが見えたのです。


「神父様、よかったら相部屋しませんか?」


「フッ……あなたもですか」

「なっ! お前! どうして!」


 思わず笑みが零れてしまいました。おかしいですね。今頃新たな王女様の即位式があっている筈なのに、どうして彼女が此処に居るのか。


「渡烏のムニンさん。もう男にもどれないんですって。わたくしがお願いしたら喜んで王女役・・・も引き受けて下さいましたわよ?」

「そうですか。まぁ、あの能力をお持ちであれば、お相手には困らないでしょうしね」

「で、ザイン神父を追い掛けて来た……と。シスターステラ」


「ええ、旅は道連れ。多い方が楽しめると思いませんか?」


 そうやって舌舐めずりをする彼女は、いつにもまして妖艶で。まぁ、そのように開発したのは私ですからね。此処は責任を取るしかありませんね。


「宿屋のご主人。たまたま・・・・知り合いが泊まっていたようです。今日は彼女の借りてる部屋へ泊まります」

「三人だと狭いですよ? ソファーはありますが、ベッドも1つしかありませんし」

一つあれば・・・・・充分です」


 こうして、救世の旅にシスターステラという新たな仲間が加わりました。このあとステラは私の願星ギフトで男姿となって、再会を喜んだのは言うまでもありませんね。


 私の話はここまでです。


 何かお悩みがあるときは、アルカディア王国クレイン教会をお尋ねなさい。私の教育・・をちゃんと受けたシスター達がお出迎えします故。え、私ですか?


 さぁ、もし旅先でお会いする事があれば、お声掛け下さい。その時は神の導くまま、あなたへ加護を与えましょう。



「ザイン! 嗚呼、ザイン!」

「神父様ぁ♡わたくし、もう限界です」

「さぁ、向かいましょう。信じる者だけが辿り着く事の出来る、桃源郷アナスタシアへ」

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