イレーヌと俺の配信は、時間にもよるが魔界・人間界ともに同時接続数が5,000人前後で推移するようになっていた。つまり、今、まさにこの瞬間も、5,000人もの人間と魔族がこの配信を見つめている。
それに慣れた自分が、不思議でたまらない。
『ねー、フズリナさんってツイツイとかやってるの?』「いえ、やってないです」
『そういやSNS系、全然やってないじゃん』「はい。Aktubeの配信だけですね」
『Aktubeの通知機能が優秀なんだよねー』「そうなんですよ。でも、SNSあったほうがいいですかね」
たわいもない会話をしながら、ツルハシを振り下ろす。手ごたえは……これはゴールデンウールか。別の道具に切り替えながら、俺は周囲の岩盤に影響が及ばないように、採掘師のスキルを発動した。
「『区画制御』『安定化』っと……」
慎重にハンマーとノミで岩を削る。黄金色に輝くゴールデンウールは、名前の通り金が綿毛のようになった希少なアイテムだ。
その時だった。
『いやさー。実は最近、フズリナさん関連の変なツイツイ投稿みるのよ』
そんなコメントの読み上げに、俺の手がとまる。脳裏によぎるのは、あのグロテスクなSNSでの誹謗中傷の嵐だった。
俺がSNSをやっていないのは、どんなに隠れてアカウントをつくろうとも、結局そのうち見つけ出されると思い知ったからだ。
冒険者としてのAktubeのアカウントは、政府だけでなく魔族側からも守られている。だから安心していた。
コメント欄が動いていく。
『あー、それ俺も見た』
『すごい変な言いがかりだったよね』
『そうそう。
呼吸さえもしていたくないほど、今この瞬間にいたくないと思った。身につけた装備品の下に、じわじわと嫌な汗が染みだす。
「どうしたの? フズリナ?」
いつも通り配信を見ていたイレーヌが、俺の異変に気づいたのか首を傾げて顔を覗き込んできた。俺の感情を通じ、何を考えたのか察してしまうかもしれない。
「だ、大丈夫。気にしないでくれ」
無理やり笑みを浮かべ、俺はツルハシを持ち上げる。
打ち付けたツルハシが鉱脈を通過し、轟音と共に水が噴き出してくる。あっという間に、ゴールデンウールが消し飛んだ。
『うぉおおお!?』
『なんだなんだ!?』
魔族側のチャット欄も、一気に騒がしさを増した。
「あ、っと、えっと、あ……」
失敗した、と思った。せっかく『安定化』のスキルで岩盤を強化したのに。押し流されたゴールデンウールは、キラキラとしたエフェクトのようなものを残して消えていく。
『珍しい。フズリナの『動揺』だぞ』
『おお、こういう味がするのか……』
魔族側がのんびりとコメントをする中、俺の、つまり人間側のチャット欄に、異変が起き始めていた。
『ここが痴漢犯のとこ?』
『フズリナの素顔を暴け!』
『なんだよカメラ固定かよ』
『は?』
『おい、ちょっと、何が起きてんの』
『天谷時哉は痴漢犯! 天谷時哉は犯罪者! 天谷時哉は裁きを受けろ!』
『え、なになに、どうしたのこれ』
常連さんたちのコメントの間に、今まで見たこともない名前のアカウントから、暴言が飛び交いだす。常連さんたちも明らかに動揺していて、それは魔族側にも伝わっていく。
『どうした? イレーヌ、フズリナは無事か?』
『ニンゲン側は何を言ってるんだ』
『変だぞ。接続してるのは生身のニンゲンじゃない、これは……』
そのコメントに、イレーヌが翡翠色の目をぱちりと瞬かせた。
眼前に深紅の透明な板が浮かぶ。そこには『警告:外部からの物理的侵入を確認』とメッセージが表示されていた。どういうことだ、と思う間もない。あっという間にコメントが次々『非表示』に変更されていく。
「い、イレーヌ?」
動揺しながら尋ねると、イレーヌはシーッと唇の前で指を立ててみせる。
「みんな! 変な荒しが来たみたい! プログラムでコメントを流すのはAktubeの禁止事項に引っかかってるわ。フズリナは大丈夫よ、びっくりしてるだけ」
彼女はまるで俺を守るように、にっこりと笑みを浮かべて画面に手を振る。
「非干渉の原則に従いつつ、これからも私はフズリナの配信をダンジョンマスターとしてサポートするわよ! とはいえ、このままだと禁止事項にひっかかるから、一度配信は終了するわね!」
配信が停止する通知音と共に、周囲に赤い光が散らばっていく。何が起きているのか分からない俺とは対照的に、イレーヌは先ほどまで浮かべていた笑顔を消していた。
「フズリナ。ぶっちゃけると、マジでヤバいわ」
「な、何が?」
「……あなたの名前で、炎上が起きてる」
イレーヌが手を動かすと、Aktubeの画面が映し出された。そこには、俺のかつての冤罪事件にまつわる内容、そして『バズり採掘師のフズリナの真実!顔を暴きにダンジョン【石櫃】へ突入!』というライブ中継のサムネイル。それはものすごいスピードで視聴者数を伸ばしていた。
さらに。イレーヌが見せてくれたのは、ツイツイの投稿だった。
『フズリナってやつ、ダンジョンに引きこもるのも、後ろめたいことがあるからだろ。というかこの声、10年前の最高裁まで痴漢冤罪だって争った奴じゃね?』
添付されているのは、冤罪だと訴える俺のインタビュー動画だ。何万人もの人が子の動画を見て、さらに投稿を拡散しているのが数値として示されている。顔から血の気が引いていき、指先がブルブルと震える。
過去は、10年という月日を超え、俺の元に追いついたのだ。