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第7話 炎上開始、失われる平穏

 イレーヌと俺の配信は、時間にもよるが魔界・人間界ともに同時接続数が5,000人前後で推移するようになっていた。つまり、今、まさにこの瞬間も、5,000人もの人間と魔族がこの配信を見つめている。


 それに慣れた自分が、不思議でたまらない。


『ねー、フズリナさんってツイツイとかやってるの?』「いえ、やってないです」

『そういやSNS系、全然やってないじゃん』「はい。Aktubeの配信だけですね」

『Aktubeの通知機能が優秀なんだよねー』「そうなんですよ。でも、SNSあったほうがいいですかね」


 たわいもない会話をしながら、ツルハシを振り下ろす。手ごたえは……これはゴールデンウールか。別の道具に切り替えながら、俺は周囲の岩盤に影響が及ばないように、採掘師のスキルを発動した。


「『区画制御』『安定化』っと……」


 慎重にハンマーとノミで岩を削る。黄金色に輝くゴールデンウールは、名前の通り金が綿毛のようになった希少なアイテムだ。


 その時だった。


『いやさー。実は最近、フズリナさん関連の変なツイツイ投稿みるのよ』


 そんなコメントの読み上げに、俺の手がとまる。脳裏によぎるのは、あのグロテスクなSNSでの誹謗中傷の嵐だった。


 俺がSNSをやっていないのは、どんなに隠れてアカウントをつくろうとも、結局そのうち見つけ出されると思い知ったからだ。


 冒険者としてのAktubeのアカウントは、政府だけでなく魔族側からも守られている。だから安心していた。


 コメント欄が動いていく。


『あー、それ俺も見た』

『すごい変な言いがかりだったよね』

『そうそう。だっけ?』


 呼吸さえもしていたくないほど、今この瞬間にいたくないと思った。身につけた装備品の下に、じわじわと嫌な汗が染みだす。


「どうしたの? フズリナ?」


 いつも通り配信を見ていたイレーヌが、俺の異変に気づいたのか首を傾げて顔を覗き込んできた。俺の感情を通じ、何を考えたのか察してしまうかもしれない。


「だ、大丈夫。気にしないでくれ」


 無理やり笑みを浮かべ、俺はツルハシを持ち上げる。


 打ち付けたツルハシが鉱脈を通過し、轟音と共に水が噴き出してくる。あっという間に、ゴールデンウールが消し飛んだ。


『うぉおおお!?』

『なんだなんだ!?』


 魔族側のチャット欄も、一気に騒がしさを増した。


「あ、っと、えっと、あ……」


 失敗した、と思った。せっかく『安定化』のスキルで岩盤を強化したのに。押し流されたゴールデンウールは、キラキラとしたエフェクトのようなものを残して消えていく。


『珍しい。フズリナの『動揺』だぞ』

『おお、こういう味がするのか……』


 魔族側がのんびりとコメントをする中、俺の、つまり人間側のチャット欄に、異変が起き始めていた。


『ここが痴漢犯のとこ?』

『フズリナの素顔を暴け!』

『なんだよカメラ固定かよ』

『は?』

『おい、ちょっと、何が起きてんの』

『天谷時哉は痴漢犯! 天谷時哉は犯罪者! 天谷時哉は裁きを受けろ!』

『え、なになに、どうしたのこれ』


 常連さんたちのコメントの間に、今まで見たこともない名前のアカウントから、暴言が飛び交いだす。常連さんたちも明らかに動揺していて、それは魔族側にも伝わっていく。


『どうした? イレーヌ、フズリナは無事か?』

『ニンゲン側は何を言ってるんだ』

『変だぞ。接続してるのは生身のニンゲンじゃない、これは……』


 そのコメントに、イレーヌが翡翠色の目をぱちりと瞬かせた。


 眼前に深紅の透明な板が浮かぶ。そこには『警告:外部からの物理的侵入を確認』とメッセージが表示されていた。どういうことだ、と思う間もない。あっという間にコメントが次々『非表示』に変更されていく。


「い、イレーヌ?」


 動揺しながら尋ねると、イレーヌはシーッと唇の前で指を立ててみせる。


「みんな! 変な荒しが来たみたい! プログラムでコメントを流すのはAktubeの禁止事項に引っかかってるわ。フズリナは大丈夫よ、びっくりしてるだけ」


 彼女はまるで俺を守るように、にっこりと笑みを浮かべて画面に手を振る。


「非干渉の原則に従いつつ、これからも私はフズリナの配信をダンジョンマスターとしてサポートするわよ! とはいえ、このままだと禁止事項にひっかかるから、一度配信は終了するわね!」


 配信が停止する通知音と共に、周囲に赤い光が散らばっていく。何が起きているのか分からない俺とは対照的に、イレーヌは先ほどまで浮かべていた笑顔を消していた。


「フズリナ。ぶっちゃけると、マジでヤバいわ」

「な、何が?」

「……あなたの名前で、炎上が起きてる」


 イレーヌが手を動かすと、Aktubeの画面が映し出された。そこには、俺のかつての冤罪事件にまつわる内容、そして『バズり採掘師のフズリナの真実!顔を暴きにダンジョン【石櫃】へ突入!』というライブ中継のサムネイル。それはものすごいスピードで視聴者数を伸ばしていた。


 さらに。イレーヌが見せてくれたのは、ツイツイの投稿だった。


『フズリナってやつ、ダンジョンに引きこもるのも、後ろめたいことがあるからだろ。というかこの声、10年前の最高裁まで痴漢冤罪だって争った奴じゃね?』


 添付されているのは、冤罪だと訴える俺のインタビュー動画だ。何万人もの人が子の動画を見て、さらに投稿を拡散しているのが数値として示されている。顔から血の気が引いていき、指先がブルブルと震える。


 過去は、10年という月日を超え、俺の元に追いついたのだ。



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