最終の講義を終えて担当教員が教室を出ていくのを横目で見ながら、机の上を片付けてさっさと席を立つ。
「佐倉」
教室から廊下に出たところで、所属研究室の講師である
「……南条先生。何か御用でしょうか」
まったく心当たりもないまま尋ねた瑞貴に、彼はいつになく歯切れの悪い口調で問い掛けて来る。
「えーと、その。今日、予定ある?」
「いいえ、別に」
レポートに問題でもあったのか? それとも発表に関すること? と考えた瑞貴に。
「それじゃあ、ちょっとこのあと付き合ってくれないかな」
「それは、まぁ構いませんけど」
──先に用件言えって。いったい何の用なんだよ。
「……人に聞かれたくないんだ。でも僕は専用の部屋持ってないから。旧館の方でもいいかな?」
「は、い」
……いったい何だというのだ?
瑞貴は嫌な予感を覚えたが、拒否はできずに頷く。そのまま南条に先導される形で、今はもう実質資料置き場同然の旧館へ向かった。
「こんなところで悪いね。古いけど掃除は行き届いてるし、埃っぽいってことはないから」
「いえ……」
旧館一階の一角にある休憩ラウンジ、として使われていた場所。確かにソファもかなりくたびれてはいる。
けれど古いから遠目には薄汚く感じるだけで、近くで見ると破れはもちろん汚れもなく意外なくらいに綺麗だった。
別に上等な服を着ているわけでもないので、汚れたとしても洗えばいいだけだ。ただ、南条は困るのかもしれない。一応スーツなのだから。
とにかく建物全体が古いのと、普段は人の出入りも少ないため照明も最低限なのだ。
文化財級の建築物だ、という話は聞いたことがあった。「級」というのはつまり、「文化財ではない」を言い換えたも同然ではあるが。
外観は如何にもクラシカルで、重厚かつ歴史を刻んだもの特有の雰囲気はある。決して名門とは評されない大学の印象を良くする価値はありそうだ。綺麗に保たれてさえいれば。
そのため朽ち果てるままに放置はできないのか、古くとも堅固で書庫としてなら十分利用価値があるからか。
今の時間ならギリギリ自然光で何とかなるが、暗く陰鬱な雰囲気なのは否めなかった。もちろん正式な案件で利用するのなら、照明をつけることにも問題はないのだろうが。
立ち入り制限などはないものの、そもそも学生が自発的にこの建物を訪れる用件などまず思いつかない。少なくとも瑞貴は、行けと言われなければ足を向ける気にもならなかった。
確かに、密談には最適な場所かもしれない。
そんな風にどうでもいいことを考えていた瑞貴に、南条が話を切り出して来た。
「……昨夜、君を見掛けたんだ。その、そういうあたり、で男と揉めているところ」
彼の言葉に、瑞貴はさぁっと音を立てて血の気が引いて行くのを感じる。
──よりによって、大学の教員に見られていたなんて。