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第2章:二度目のキス

第9話 親友とバカップル

「ふふん、どうよこの制服。似合う?」


 高校入学初日、飾は自慢気に制服姿を披露してきた。

 くるんっ、とその場で一回転して、スカートをふわりと広げる。


「似合うね」

「もっと心を込めて!」

「そんなこと言われても……それするの今日で何日目だよ」


 制服が届いて以来、この時間が毎日の日課になっている。

 最初は感動して写真を撮りまくっていた父さんも、今ではデジカメどころかスマホさえ取り出さない。


「まだ一週間も経ってないのに、あたしの制服姿に飽きるの早くない?」

「それだけ毎日やってたらなぁ。いつまでも新鮮な気持ちではいられないよ。こっから三年間着るわけだし」

「それはそうだけど」

「ところで、俺の制服姿はどうだ?」


 うちの高校のブレザーは、男女でデザインにあまり違いがない。

 上は基本的に同じ。下は男子はズボン、女子はスカートというくらいだ。


「まぁ似合うんじゃない?」

「ちょっとでいいから心を込めて」

「冗談冗談、似合ってるよ。なかなかカッコいいじゃん」

「写真は? 写真を撮ろうとしないのか?」

「そんな親みたいなことする意義を感じないが……しかたない、一枚だけね」


 ということで、ふたりで並んで写真を撮る。

 一緒に撮った写真は数え切れないほどあるけれど、同じ制服を着て撮ったのはこれが初めてだ。中学の制服は男女でまったく違うデザインだったし。

 そして、兄妹ではない関係として学校生活を送るのも、今日が初めて。

 ふたつの初めてが重なったこの写真は、なにか特別な意味がある気がする。スマホの待ち受け画面にしておこう。

 ここからさらに、俺たちの新しい関係が始まっていけばいいなぁ……という願いを込めて。


 ちなみに、告白の返事はまだもらえていない。

 春休みの間ずっと待っていたのに、未だ保留されたままだ。




 うちから高校までは、ギリギリ歩いて行ける距離。

 入学式用に飾り付けられた校門をくぐり、新生活に胸を躍らせながら昇降口まで行くと、そこにクラス分けの紙が張ってあった。


「さて、俺はどこかな。星宮涙衣、星宮、星宮……」


 市内には多くない名字なので、簡単に見つかった。

 一年三組だ。

 それはいいのだが、俺の名前のすぐ近くに記載されている別の名前には驚かされた。


 ――早川飾。


 という名前が、そこに書かれている。


「同じクラスだね⁉」

「同じクラスだな⁉」


 飾も驚いていた。

 それもそのはず。小一から中二までは同じ学校に通っていたが、一度も同じクラスになったことはない。

 小学校は学年でニクラス、中学校は三クラスしかなかったのに、だ。

 兄妹で同じクラスにならないように――学校が、そういう配慮をしていたのは間違いない。

 なのに、なぜ今年に限って同じクラスになったんだ?


「あ、兄妹じゃないからか」

「卒業中学が違うから、元兄妹って情報が流れてこなかったのかもね」

「同じクラスは初めてだから、なんか楽しみだな」

「そうだね。教室でのるぅって見たことなかったから、興味ある。どんな感じなのかな?」

「別におもしろいことなんてないと思うけど。俺は教室での飾に興味あるけど」

「おとなしかったよ、去年は」

「去年はそうだろうな……」

「だから今年は楽しんでいくよ! さぁ行こう、これから一年間を過ごすあたしたちの教室へ!」


 教室に入ると、背の高い男子生徒が話しかけてきた。

 吉岡尊だ。


「涙衣! 今年も同じくらいになったな!」

「中一から四年連続。いつもの場所にいつもの顔がいてくれると、慣れない高校生活も安心できるなぁ」

「いつもの顔っていうなら、今年はもっと見慣れた顔が一緒じゃないか。よかったなぁ、おい!」


 さらに身長が伸び、一八五センチになった尊が、高いところから俺の背中をバンバンと叩いてくる。

 ちょっと痛いが、春休みはほとんど飾と一緒にいたため、こういう男同士の雑なコミュニケーションに飢えていたところだ。

 尊はそれから飾に視線を向ける。


「飾ちゃんと同じクラスになるのは小学校以来だっけ?」

「尊くんはあの頃からずいぶん背が伸びたね。その頃はまだるぅより小さかったよね?」

「中学の頃は、毎年十センチ伸びてたからな。まだ伸びると思うぜ」

「じゃあるぅにも少し分けてあげて」


 うるせぇ。たしかに中学の間に目標としていた一七〇センチには届かなかったけど、まだ伸びが止まったわけじゃないんだ。もらうほど落ちぶれてないやい。


「ところで、ふたりと同じクラスになったところで、紹介したい人がいるんだけど」


 尊は少し真面目な顔になって、後ろに立っていた女子を一歩前に出した。

 背が低く、小柄な子だ。

 高いところで結んだ髪のおかげで、ちょっと幼いようにも見える。

 その女子は、俺と飾の顔を交互に見て、はじめまして、と挨拶してからこう続けた。


「三島柚です。たーくんの彼女やってます」


 たーくん……。

 いや、幼稚園の頃を思い出すあだ名に反応している時ではない。

 この人が尊の彼女ということに注目すべきだ。


「星宮兄妹……今は違うんだっけ。でも、兄妹だった人たちを別々の名字で呼ぶのもなんか変だよね。涙衣くんと飾ちゃんって呼んでいいかな? たーくんから話は聞いてるよ。よろしくね」

「できれば飾ちゃんも一緒の時に紹介したかったから、涙衣にも今まで合わせなかったけど、まぁこの子がそうなんだよ」


 尊は三島さんの肩を抱き、そう紹介してきた。

 三島さんは三島さんで尊の胴に腕を回し、ぴったりと密着する。

 おいおい、ここ教室だぞ。いくらなんでもそのスキンシップはどうなんだ?

 いや、教室だからか。まだ話したこともないクラスメイトたちに「こいつは俺の女だぞ、手を出すなよ」ってアピールしてるわけか?


「かわいいだろ?」

「もう、やだぁ。たーくんったらぁ」


 周りに人がいるにも関わらず、いちゃいちゃしだした。

 肩を抱くだけでなく、頬を突っついたり、手を握ったり……マジでさ、ここは公共の場なんですが? いくらなんでも目の毒過ぎないか?

 そんなに見せつけてくれちゃってよ。

 俺は飾に告白して、返事を保留されている最中だっていうのに。


 ……まぁ、これまでふたりは学校が違って、会う時間が限られていたんだからな。

 今年からは同じ学校、しかも同じクラスになり、毎日会えるようになりテンションが上がっているのだろう。

 その気持ちはわかる。俺だって、飾と一緒にいられる時間が増えたのは嬉しいからな。

 だけど、こうも見せびらかされたら頭にも来るぞ。


 よし、いっちょやり返すか――飾に視線を送る。

 同じタイミングで飾もこっちを見ていた。

 どうやら意見があったようなので、飾の肩に手を回す。

 飾も俺の肩に手を回し、ふたりで自己紹介をした。


「はじめまして、星宮涙衣です」

「はじめまして、元星宮飾です」


 告白を保留されている最中だろうが、無言でこういうコンビネーションができる――それが俺たちだ。

 長年の絆をなめないでもらいたい。

 付き合って一年かそこらのカップルには。ここまでの連係はできまい。

 それにしても、元星宮って……そんなに今の名前を名乗りたくないのか。


「お前らって相変わらず負けず嫌いだな……」


 尊が呆れたように笑う。

 なにがおかしいのか?


「たーくんに聞いてた通り、とっても“仲良し”の元兄妹みたいだね」


 おや? 三島さんの言葉になにか含みがあるような……尊め、どこまで話した?


「な、おもしろいだろ、このふたり」

「うん、たーくんから聞いていた通り。ううん、それ以上かも。ねぇ、飾ちゃん。たーくんと幼馴染のお友達なんだったら、私とも友達になろ?」

「うん、いいよ。いいけど……」

「お友達なら女子トークしよ? ってことで、飾ちゃんの好きな男性のタイプは?」

「え? い、いきなりそんな話……」


 慌てた飾はいつものように顔を赤らめ、こっちを見てくる。

 助けを求めているのか、それとも好みのタイプが俺ということかなのか――直接聞けない今の状況がもどかしい。

 それにしても、なんというか……勢いのある人だな、三島さんって。

 尊と付き合うようになったのも、こんな感じで押し切ったに違いない。その様子が容易に想像できる。

 そういうタイプに振り回されるのは大変そうだけど、積極的なのは割と羨ましい。

 この人に触発されて、飾が恋愛に興味を持ってくれたりしないだろうか――?

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