「んっ……」
目を覚まして目に入ってきた天井は、見覚えのないものだった。
(ここは……)
俺はハッとして、慌てて上体を起き上がらせた。
周りを見渡しても見覚えのない寝室の景色で、着せられていたのはダークグレーのナイトガウン。
そして、隣は空っぽのダブルベット。
俺の頭は次第に冴えてきて、昨日の出来事を思い出していく。
「俺は、なんてことを……」
昨日の出来事が走馬灯のようにどんどん頭の中を駆け抜けて、俺は頭を抱えた。
初めてだったとはいえ、自分ばかりが必死になって求めてしまったことに、俺は恥ずかしさで埋め尽くされそうだった。
(と、とりあえず謝らないと!)
俺は慌ててベッドから立ち上がると、寝室の扉を開けた。
「あっ。もう目が覚めたんですか? もう少し、ゆっくりしていても構わないのに」
扉を開けた先はリビングで、併設されたダイニングキッチンで俺とお揃いのナイトガウンを着た松田課長が、コーヒーを淹れていた。
「コーヒーはブラック派ですか?」
「あ、はい!」
「朝から良いお返事で」
にっこりと笑った松田課長がマグカップを俺に向かって差し出してきたため、俺は慌てて松田課長の元に駆け寄った。
そして、目の前に真っ直ぐ立つと深く頭を下げた。
「昨日はすみませんでした。俺……」
「そんな風に謝られると、私も傷つくのですが……」
そう言って、松田課長は手に持っていたマグカップをカウンターにそっと置いた。
「俺、必死で……その……」
言いにくそうにする口籠る俺へ、松田課長は深い安堵の溜め息をついた。
「なんだ、そのことですか……。私はてっきり、昨日のことを後悔しているのかと思いましたよ」
「後悔なんて、するはずないじゃないですか!」
俺は慌てて、松田課長に近づいて抱き締めた。
「俺はこうやって、抱き締めて慰めたかったんですから……」
「いっそ、夢のほうがよかったんじゃないんですか?」
「そんなはず、あるわけないじゃないですかッ!」
試すような言い方をされ、俺は松田課長を引き寄せるようにして、抱き締める腕にもっと力を込めた。
「私は大和くんが思っているような、綺麗な人間じゃありませんよ」
「そんなことは、どうでもいいです。今こうやって、松田課長を抱き締めることができるなら……」
「ふっ……」
松田課長は俺のナイトガウンの紐を手に握りしめると、そっと解いた。
「可愛いことを言いますね……。無意識だから、恐ろしい……。そういえば、大和くんが責任をとって、高木のことを忘れさせてくれるって、ベッドでの約束でしたよね?」
「ま、松田課長……」
「若いって、本当にすばらしいですね」
楽しそうに、松田課長は俺のナイトガウンの紐を引っ張って抜き取ると、床に落とした。
「私のことを愛してくれますか……?」
「あ、当たり前です、一生を懸けて愛します!」
俺の返事に満足したのか、松田課長はにっこりと笑った。
「薫って……下の名前で呼んで欲しいんですが……」
「か、薫さん……!」
(あ、あれ? そういえば、俺は愛してるって言われていないような……)
どうやら、俺の欲しい言葉をくれるのは、もう少し先らしい。
だって、俺は知らなかったから。
こんなにも松田課長が、人を試す魔性の男だったなんて。