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恋する盾と天然主のほのぼの冒険記(改・あなたの盾になりたくて)
恋する盾と天然主のほのぼの冒険記(改・あなたの盾になりたくて)
Yonohitomi
BLファンタジーBL
2025年06月24日
公開日
1.1万字
連載中
ある村に青い髪の心優しい少年がいた。 少年は禁術で青龍にされ、洞窟に封じられる。 光も音もない洞窟で青龍は「倒されて武具になる日」を待ち続けた。 ある日、洞窟に足を踏み入れたのは一人の冒険者。 青龍は倒され、念願の武具になり、冒険者と共に旅に出る。 旅の途中、主への想いから更に盾へと変化。 だけどこの盾、感情も、感覚も、超敏感! 触れられるたびにドキドキ、撫でられるたびにぷるぷる……。 この物語は冒険者に大切に扱われる盾の物語。 人×物ののんびりBL(?) 盾がドキドキしたり、お手入れされて悦んだりします。 「あなたの盾になりたくて」短編を長編に改変。 1話は短編のお話と被りますが2話から全て新しくなります。 冒険は続く!

第1話 盾になる



 かつて、青藍の瞳を持つ紺髪の少年がいた。


 穏やかな心を持つ彼は、人間たちに捕らえられ、禁術によって「青龍」へと変えられてしまう。


 その身は重い鎖と封印術で縛られ、誰も近づかぬ深き洞窟へ閉じ込められた。


 ──長い、長い時が流れる。


 外の世界の光も音も届かぬ洞窟の奥で、青龍はずっと待っていた。


 誰かが自分を倒し、武具としてこの洞窟から連れ出してくれる日を。




 やがて、一人の男が洞窟へ足を踏み入れた。


 漆黒の髪、紅の瞳を持つその冒険者は、あらゆる力を極めた者。


 青龍はその気配に驚き、警戒するも、すぐに頭を垂れた。


「殺してください。そして、貴方の武具にしてください」


 声は届かなかった。

 冒険者には龍の言葉は理解できなかったのだ。


 敵意のない龍の姿を前にして、冒険者は剣を振るうことをためらい、立ち去ろうと背を向けた。


 強き者の大きな背中が、遠のいていく。




 ──この機を逃せば、もう……


 龍は必死に叫んだ。届かぬ声と知りながら。懇願するように。

 洞窟に、龍の叫び声が響く。


「どうか……お願いです」


 耳をつんざくように響く龍の声。


 冒険者が振り向くと、低く低く頭を下げた龍の姿があった。


 その姿に、冒険者はなぜか「倒すべきだ」と感じた。


 ──敵ではない。だが、この龍を倒す必要がある。


 冒険者は剣を振るい、青龍を倒した。


 すると、眩い光とともに、青龍は一つの指輪へと姿を変えた。


 澄んだ蒼い宝石があしらわれた美しい指輪だった。冒険者はそっと拾い上げ、指にはめた。


 これが青龍の新たな人生の始まりだった。






 指輪となった青龍は、冒険者の指に身を預け、初めて見る世界に心を躍らせていた。


 市場の賑わい、鳥のさえずり、焚き火の音が響いてくる。夜の街のあたたかな光に、朝日に照らされた海の香り。


 閉ざされた洞窟では決して感じることのなかった、生きた世界の音と光、匂いがある。


 (……とても綺麗)


 ある日、冒険者が街角の屋台で焼きたてのパイを買って、嬉しそうにかぶりついた。


 香ばしい匂いに包まれながら、思わず頬を緩める主の顔を指輪はじっと見つめていた。


 (……なんて、美味しそうに……)


 その表情に、青龍は胸の奥が温かくなるのを感じていた。


「共に生きている」と思えた瞬間だった。


 それからというもの、冒険の合間に見せる主のささやかな笑顔や、ちょっとした失敗に誤魔化しながら笑う姿も、どれひとつと見逃さなかった。


 主の全てが、笑顔が、青龍にとっては宝物のような光景だった。


 (……あなたが笑うと、私も楽しい)


 かつて人であった龍は、今や武具として、冒険者のすぐそばにいる。


 楽しい毎日を過ごし、青龍はとても幸せだった。


 しかし。


 冒険者は日々、戦う。


 幾度もの戦いを共にくぐり抜けた。

 そこで指輪は数え切れぬほどの主の傷を目にした。


 けれど自分は、ただの指輪。

 この姿では、彼を守ることができないのだ。


 主が深手を負うたびに、龍の心は震えた。


 もっと貴方の力になりたい──そう願った。





 ある日。


 敵が異常なほどに強すぎた。

 冒険者は深手の傷を負い、戦場に倒れてしまう。


 ──このままでは、危ない。


 (守りたい……もっと、傍で支えたい)


 龍は、深く強く、そう願った。


 その祈りに呼応するように、青龍の魂が震え、熱を帯びていく。

 長い時の中で蓄えてきた力が、溢れ出した。


 (守りたい……もっと、傍で支えたい)


 青龍は、深く、強く、祈るように願った。


 (どうか……!)


 蒼い光が辺り一帯を照らす。龍が気づいた時、既に姿を変えていた。


 指輪に宿った龍の心が形を成し、美しい一枚の盾となったのだ


 輝く龍の鱗の中に、小さな蒼い宝石がひとつ。それらは上品に煌めいている。

 盾にしてはあまりにも繊細な装飾だった。


 「あなたの特別な盾でありたい」という青龍の思いが、無意識に現れてしまったのかもしれない。


 ──これで、主を守ることができる。


 冒険者は盾を見て目を見開いていた。

 青龍──盾は主に見つめられ、中心が熱くなるのを感じた。

 だが、見つめ合っている場合ではない。


 敵はまだ倒していないのだ。

 冒険者は盾を手にすると、立ち上がった。


 そう、共に、敵を倒すのだ。


 この盾は冒険者の手に不思議なほどに自然に馴染んだ。


 まるで初めから、こうなることが決まっていたかのようで、戦いの最中にも主の驚きが盾に伝わる。


 盾は、思わず笑みを漏らした。


 (ふふ……私は……貴方の盾ですから……)


 斬撃が飛び交う戦場。

 金属音が耳を打つ。


 敵の攻撃は容赦がなかった。


 盾を叩き、突いてくる。


 その度に、盾は傷ついた。

 擦れて、打たれて、削られて。


 だが、それでも構わなかった。


 (私が貴方を守りたいのだから……)


 敵の攻撃は鋭く激しかったが、盾にとっては、どれもかすり傷程度に小さなもの。


 (この程度、痛くも、苦しくもない)


 痛みを感じないほどに、盾の心は高ぶっていた。


 そして見事、冒険者は勝利を収める。


 (お役に立てた……)


 青龍はこの日、盾となり、これが初めての戦いとなった。指輪だった頃よりも、はるかに幸せを感じていた。





 戦いを終えて。


 森を抜け、風通しの良い野原にいる。

 木漏れ日の気持ちいいこの場所で、少しばかり休んでいた。


 木の幹に背を預けて座る冒険者の傍らに、盾は静かに置かれている。


 あたたかく柔らかな風を感じながら、盾は主を見つめていた。



 ふと、手が伸びてくる。

 そっと抱きかかえられ、膝の上に置かれた。


「……美しいな」


 優しい響きが降ってきた。


 青龍の心が、ぶわりと浮き立つ。

 冷たい金属の中にいるはずなのに、とても熱く感じてしまう。


 蒼い石がきらりと光った。

 この気持ちを、どう処理してよいのか分からない。


 (……あの……えっと)


「傷が付いてしまった……」


 冒険者の手が、そっと表面に触れる。


 (……っ……!)


 思わず、震えた。


 (……こんなにも……私は……)


 主の手が、盾を優しく撫で始める。


 (ぇ……ぁ、まだ、心の準備が……)


 これは、ただの手入れである。


 しかし、青龍にはあまりにも心地の良いもの。

 まるで肌に直接触れられているような、そんな感覚だ。

 くすぐったさと嬉しさが混ざり合い、どうしようもなく戸惑う。


 ここで、盾を磨くための布がどこからともなく現れ、それはゆっくりと縁を滑り始める。


 時折、きゅっ、きゅう……と音を立てながら。


(あ……って、そんなところまで……)


「んっ……」


 声など出ないはずなのに。


 “音にならない声”が、いや、“声にならない音”がこぼれてしまう。


 恥ずかしさに、盾は震えた──小さな微振動。


 主の手が、鱗のひとつひとつを丁寧に撫でる。

 ぞくりと背筋に刺激が走った。


「っ……ん、……待っ……て……ぁっ」


 冒険者の手のひらが、指が。


 布越しでも熱が伝わってくる。


 何度も何度も、優しく、軽やかに触れてくる。


 盾は堪えきれずに身を捩った。いや、実際には身を捩ることはできなくて。

 盾の内側で、なんとなくそんな気持ちになっていた。



 手入れの最後に、また優しい響きが降ってくる。


「これからも、共に戦ってくれるか」


 この上ない幸せだ。もちろんです、と盾は心を込めて答えていた。

 青い宝石がきらりと光る。


 盾はこの優しい主とともに、新しい冒険の旅に出る──。

 まだ見ぬ世界に心躍らせながら。






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