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丸の内もへじ 夜のアプリ紳士録
丸の内もへじ 夜のアプリ紳士録
かかし
恋愛現代恋愛
2025年06月25日
公開日
4,265字
連載中
新丸ビルの一角にひっそり佇むもんじゃ屋「丸の内もへじ」。 丸の内の広告代理店で働く高村慎司は、マッチングアプリで出会った女性を必ずこの店に連れてくる。 目的は一夜の関係――のはずが、毎回女の秘密を嗅ぎ取り、面倒を抱えては救ってしまう。 鉄板の煙の奥、嘘と涙を炙り出す男と女の連作ロマンスサスペンス。

泣き虫教師と消えた卒業証書

第1話|マッチと泣き上戸

 「……生徒を、卒業させちゃったんです。本当は、卒業できない成績だったのに……。」


 涙がブラウスの襟元から滲んで、慎司のシャツに触れた。


 「親に頼まれて……成績を……少し……」

女が泣きつくときの匂いは、鉄板のソースより甘い。

 慎司はそう思っている。


 新丸ビルの喧騒の外、スマホ画面に新しい通知が灯った。

 『吉川 春菜(27)/2km圏内』

 プロフィールは自己紹介だらけで、面白みゼロ。

 教師らしい。


 いつもならスルーするタイプだが――

 プロフィール写真に映る、控えめな前髪と小さな鎖骨が妙に色っぽく見えた。


 『こんばんは、会えませんか?』


 慎司が送った言葉に、ものの三分で返事が届く。


 『会いたいです。』


 こういう真面目な女ほど、裏側に柔らかい何かを隠してる。

 それを剥がすのが、慎司はたまらなく好きだ。


 カフェ前で待っていた春菜は、期待以上だった。


 白のブラウス、細い首筋、落ち着かない視線。

 教師という肩書きに似つかわしくない、無防備さ。


 「……お待たせしました。」


 声は小さくて、でも耳に残る。


 「場所、任せていい?」


 慎司が問うと、春菜はすぐに小さく頷いた。


 「……はい。」


 心の中で笑う。

 「……行きたい店がある。」


 新丸ビルの飲食フロア。

 『丸の内もへじ』の暖簾をくぐると、いつもの鉄板の匂いが春菜の香水と混ざった。


 カウンターの奥に並んで座る。

 春菜の小さな肩が、すぐ隣にある。


 「ビール、飲める?」


 「……少しだけ。」


 慎司は百地に視線を送るだけで、冷えたジョッキが二つ運ばれた。


 一口飲んだだけで、春菜の頬は桜色に染まる。


 「先生、酔うの早いね。」


 からかうと、春菜は慌てて首を振る。

 だが、次の瞬間――


 ふわりと慎司の肩に頭を乗せてきた。


 「……ごめんなさい……」


 小さな声と一緒に、ブラウスの襟元から熱が伝わってくる。

 肩越しに感じる髪の香りが、さっきまでの真面目な自己紹介を全部裏切っている。


 「ちょっとだけ、休ませてください……」


 耳元に吐息がかかる。


 店主の百地がちらりとこちらを見たが、何も言わずに鉄板を叩いた。


 春菜の細い指が、慎司の膝の上をそっとなぞる。


 ――こりゃ、今日は確実だな。


 慎司が心の中で笑った瞬間、春菜がぽつりと囁いた。


 「……私……犯罪者かもしれないんです……」


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