「足の甲を蚊に食われた。夏って嫌い」
と君が不満げに言うものだから、私はパソコンのキーを打つ手を止めて、ベッドに座る君を振り返る。
不機嫌だろうと思ったのに、どういうわけか君の顔には笑みが浮かんでいる。
「ねえ、知ってる? 蚊に食われた跡から毒を吸い出せば、痒くなくなるんだって」
両足をぶらぶら交互に揺らしながら、間接照明しかない薄暗い寝室で、君の瞳は琥珀色に輝く。
やってよ、と口に出して
君の前にうやうやしく膝をつき、赤くぷくりと腫れた跡のある左足を手に取った。身をかがめ、唇を寄せていく。
風呂上がりの白い足からは、清潔な石鹸の香りがした。
「やめてよ、冗談」
陶磁器のようになめらかな足が、手の中からするりと逃げる。君はフローリングを数歩駆けていき、踊るように振り返った。
「変態」
という言葉の強さに比して、好意的な笑み。私も同じだけ口角を上げる。
「毒を吸い出すのは治療だろう?」
「いいや、あなたの目の色は、治療のソレじゃなかったね」
「じゃあ、何のソレだい?」
「ラブアフェア」
「……色恋?」
「情事」
「難しい言葉を知っているね」
「おやすみなさい、センセ」
君は音もなく近づいてきて、跪いたままの私の額に触れるだけの口付けをする。
君の唇はひやりとして気持ちがいい。私の前髪をそっと掻き分けた指先も。
だからこそ私は知りたかったのに。
君の言う毒で赤く腫れたその場所が、熱を持っていたのかどうか。