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蟻地獄には蚊が落ちる
蟻地獄には蚊が落ちる
8ツーらO太!
BL現代BL
2025年06月26日
公開日
1万字
完結済
【202X年度 ゼミナール募集要項】 ■担当者:文学部 教授 高見京介 ■テーマ:神秘学研究 ■募集人数:10名 ―――――――――――――――――――― ラストで気づけた人は、きっと最初から読み返す。

1

「足の甲を蚊に食われた。夏って嫌い」


 と君が不満げに言うものだから、私はパソコンのキーを打つ手を止めて、ベッドに座る君を振り返る。


 不機嫌だろうと思ったのに、どういうわけか君の顔には笑みが浮かんでいる。


「ねえ、知ってる? 蚊に食われた跡から毒を吸い出せば、痒くなくなるんだって」


 両足をぶらぶら交互に揺らしながら、間接照明しかない薄暗い寝室で、君の瞳は琥珀色に輝く。

 やってよ、と口に出して強請ねだられずとも、私はすでに立ち上がっている。


 君の前にうやうやしく膝をつき、赤くぷくりと腫れた跡のある左足を手に取った。身をかがめ、唇を寄せていく。

 風呂上がりの白い足からは、清潔な石鹸の香りがした。


「やめてよ、冗談」


 陶磁器のようになめらかな足が、手の中からするりと逃げる。君はフローリングを数歩駆けていき、踊るように振り返った。


「変態」


 という言葉の強さに比して、好意的な笑み。私も同じだけ口角を上げる。


「毒を吸い出すのは治療だろう?」

「いいや、あなたの目の色は、治療のソレじゃなかったね」

「じゃあ、何のソレだい?」

「ラブアフェア」

「……色恋?」

「情事」

「難しい言葉を知っているね」

「おやすみなさい、センセ」


 君は音もなく近づいてきて、跪いたままの私の額に触れるだけの口付けをする。

 君の唇はひやりとして気持ちがいい。私の前髪をそっと掻き分けた指先も。


 だからこそ私は知りたかったのに。

 君の言う毒で赤く腫れたその場所が、熱を持っていたのかどうか。

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