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02-06:「別に何も無いわ」

 緑の黒髪に陶磁器のような白くなめらかな肌。誰もが彼女を見た時、日本人形がそのまま人になったかのような錯覚に囚われる。


 カスガ・ミナモト。


 銀河協同体創設者にして初代議長であるリョウマ・ミナモトを祖先に持つ。


 ミナモト家は銀河協同体時代、そして汎銀河系帝国成立の際にも陰に日向に様々な貢献をしてきた功績で公爵位を与えられ現在に至っている。


「ミナモト会長、なんですか。それは?」


 帝国学園ヴィクトリー校全校自治会会長を勤めるカスガは、先程からデスク一体型のディスプレイに表示されている生徒のプロフィールに見入ったままだ。副会長のキース・ハリントンが疑問に思うのも無理からぬ話だろう。


「ん~~、ちょっと気になる子がいてね」


 どことなく物憂げな調子で答えるカスガだが、それ以上は説明しようとはしない。


 ディスプレイに映るのは三人の生徒。二人は高等部、一人は中等部で全員新入生のようだ。


「ああ、その男子生徒ですか。色々な噂がありますね。カスガ」


 キースの後から褐色の肌をした長身の女子生徒が覗き込む。


 アーシュラ・フロマン。


 高等部士官候補生コースに学ぶ彼女もまた自治会の役員だ。


「あら、アーシュラさんが男子に興味を持つなんて珍しいですね」


 胸元に事務処理用のタブレット端末を抱えた、小柄で童顔の女子生徒がそうからかった。


 アマンダ・ブレア。


 彼女も自治会役員で、庶務係を勤めている。


 キース、アーシュラ、アマンダの三人はカスガと共にその生徒が映るディスプレイを覗き込んでいた。


 それほど広くない全校自治会室には、もう一人、会計を勤めるグレタ・ピアースがいるのだが、ひっつめ髪でいささかだらしない格好がトレードマークのこの女子生徒は、数字にしか興味が無いようで常に計算用の端末から顔を上げない。


「確かに興味はあるのだが、このミロ・シュライデン個人に対してではない。彼の経歴に関する噂が色々と流れてるのだ」


 いささか難しい顔をしてアーシュラはそう言った。


「噂……?」


 ディスプレイを覗き込み首を傾げるアマンダの横で、自治会室唯一の男性であるキースがその噂を思い出した。


「ああ、あの件か。例のナーブ辺境空域で偽辺境伯マクラクランを打ち倒したという『ミロ』。個人名か一族、組織名かは分からんが、そのミロと同じ名前なので関係者じゃないかと疑われているんだったか」


「それもあるわねえ」


 カスガは相変わらずのアンニュイな調子でそう言いながら髪をかき上げた。そんなカスガの態度に、嘆息を漏らしてアーシュラは続けた。


「他にもミロが皇子ではないかという話もある。シュライデン家は側室を出していたのだが皇子が生まれたという噂だ。だとすれば年齢もちょうどこの男子生徒と年齢が合う」


「所詮は噂だろう。アーシュラ」


 そう言うキースはどこか苛立たしげだ。さっそくそんなキースをアマンダがからかった。


「副会長、焦ってるんじゃ無いですか? 皇子さまじゃなくても、結構なご身分の貴族が入ってくると次期会長の座が危うくなるし!!」


「べ、別に僕はそんな事など……!」


 キースは反論するが、少なからず動揺しているのは確かだ。


 自治会長は貴族出身の学生、生徒から全校投票で選ばれるのだが、事実上一部の身分が高い貴族出身者の間で持ち回りにされてるのだ。


 今はミナモト公爵家長女のカスガ。順当にいけば次がハリントン侯爵家長男のキースになるはずなのだ。


 皇位継承者は成人するまで個人情報を明かさない決まりになってる。


 しかし皇子だという噂が流れるだけでも影響はある。


 仮にミロが会長選挙に立候補して票が集中すれば、単なる形式に過ぎないはずの選挙で敗れてしまう可能性がある。


 そうなれば会長の座を失うばかりか、ハリントン侯爵家としてもおおいに恥をかく事になってしまう。


「皇子かどうかはともかくとしてぇ。結構、面白そうな子じゃない。彼……、ミロくんか」


 カスガのその言葉にアーシュラはむっとして言った。


「シュライデンは現皇帝陛下の即位に対して、日和見な態度をとった連中では無いですか。その血を引いているこの男も、どうせ優柔不断で地位を笠に着た軟弱者に違い有りませんよ、カスガ。私が化けの皮を引っぺがしてやります」


「アーシュラさん、やる気満々ですねえ」


 アマンダが苦笑するが、言われたカスガの方は余り関心が無いようだ。


「まあ、お手柔らかにね。折角ポテトローカストの抗争が落ち着いてきてるんだから……」


 そう言うとカスガはふらりと窓際に歩み寄る。自治会事務棟の窓から見えるのは、他の建物と学園が入った宇宙船の天井と壁面。


「なぁんにもないのよねぇ。なぁんにも変わらない。きっとまたそう……、ずっとまたそう……」


 妙な調子を付けて、カスガは歌うようにそうつぶやいた。


「なにか言いましたか、カスガ?」


「別に……」


 アーシュラが問いかけてもカスガ・ミナモトは背を向けたまま。


「別に何も無いわ」

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