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第4章:雪花石膏皇子のささやかなる趣味と

04-01:「皇位継承者、皇子さまだろう」

「司令、あの少年についての報告がまとまりました」


「おう、意外に手間取ったな」


 海賊船『ローボ・ロッホ』のブリッヂにいたディエゴ・アロンゾは、副官バンスの言葉に振り返った。


「それから司令じぇねえ。首領さまだ」


 指揮官用シートにふんぞり返りそう言うアロンゾに構わずバンスは報告を始めた。


「例の装甲客船はシュライデン公爵家所有の『シラキュース』にほぼ間違いないでしょう。あの少年は恐らくミロ・シュライデン。帝国学園船ヴィクトリー校に入学したとの情報を確認しました。『シラキュース』が突入したリープストリームは、当時ヴィクトリー校が補給のため、停泊していた惑星近辺へ通じていました」


「なるほど、ほぼ確定か……」


 顎の無精髭を抜きながら聞いていたアロンゾだが、何かに気付いたようで首を傾げた。


「ミロか……。ミロ? う~~ん、何か聞き覚えがあるな」


「ナーブ辺境空域で、偽辺境伯マクラクランを倒したという者の名前でしょう。個人名か組織集団名か分かりませんが、ミロと名乗っていたのは確かです」


「あ~~、思い出した思い出した」


 膝をポンと叩いてアロンゾは言った。


「そういやナーブ辺境空域は今シュライデン公爵家が領地にしていたんだな。こりゃ何かありそうだな」


「はい」


 一つ肯いてからバンスはさらに付け加えた。


「このミロという少年については、他にも色々な噂が流れているようです。グレゴール皇帝の子、即ち皇位継承者足る皇子であるとも、あるいはそのミロ皇子はすでに亡くなっており、今のミロと名乗っている少年はその替え玉、影武者だとも……」


「何者であっても驚かねえよ。しかしてんこ盛りだな。ますます面白くなりやがった」


 そう言ってアロンゾは笑った。


「ところで司令」


「首領だ」


 アロンゾの言葉を聞き流してバンスは続けた。


「少年の件を調べていて、妙な情報が入手できてまして。帝国学園宇宙船ヴィクトリー校は、まもなくウィルハム星系にて補給を行うというとの事です」


「なんでそれが分かったんだ? 帝国学園宇宙船の航路は極秘だったんじゃないのか?」


「はい、そのはずです。しかしウィルハム星系宇宙港に学園宇宙船用の補給物資の他、入学を希望する生徒とその護衛が集まり始めているようです」


「ウィルハムか……。俺たちの縄張りとは意外と近いな。それでその生徒が問題なのか?」


「左様です」


 バンスは答えた。


「ウィルハムで帝国学園宇宙船ヴィクトリー校に入学しようとしているのは、ロンバルディ侯爵の甥ギルフォードです。先日、公表されたばかりですが……」


「分かってる、分かってる」


 アロンゾは面倒くさそうに手を振りバンスを制止して言った。


「皇位継承者、皇子さまだろう」


          ◆ ◆ ◆


 重大な決定は全て引退したはずのゼルギウスを通さねばならないが、シュライデン家の当主はあくまでマリウス・シュライデン公爵。

 当然、公的な式典や会見には全てマリウスが出席している。今日もマリウスはある式典の後、パーティー会場で関係者と談笑していたところだった。


 周囲は警備員が固めており、身分の明らかではない人間は入れない。その会場に一人の男が平静を装い入ってきた。そのまま関係者と話をしているマリウスの視界に入るよう移動すると、やはり悟られぬように目配せをしてみせた。


 それに気付いたマリウスは関係者に挨拶して、男の側に近寄りひと言ふた言、声を掛けると、連れだって会場を後にした。


「それは本当か、ヨハン」


 男はシュライデン家の一人ヨハン・シュライデン。ヨハンはある情報を掴んだと言ってきたのだ。マリウスはすぐにパーティー会場のあるホテルに別室を用意させた。直前までその予定も無かった為、この部屋は盗聴や監視はされていないはずだ。


「ああ、間違いない。マリウス。あの放蕩皇子のギルフォードが帝国学園に、それもわざわざヴィクトリー校を指名して入学する。確実な情報だ」


 ヨハンは用意された水を飲み干してそう言った。ゼルギウス、マリウス同様、ヨハンもアルヴィン・マイルズがミロ・ベンディットと入れ替わった件を知っている。そしてミロが建前ではマリウスの息子とされながら、実は皇位継承権を持つ皇子であった事も知っているのだ。


「ギルフォードは先日二十歳になり、皇位継承者である事を発表したばかりだ。なんでまた今になって帝国学園への入学を希望したのか。何か思惑があるのは確実だな」


ロンバルディ家が側室として送り込んだアメリアと皇帝グレゴールの間に生まれた子。それがギルフォードだ。ミロと同様に皇位継承権のある皇子である。


「まずいな……」


 ヨハンの報告にマリウスは呻いた。


「本物のミロは子供の頃からギルフォードとは何度かパーティーで同席している。拉致される直前にも会っていたはずだ。位の高いものしか出席できない場だったから、お互いの身の上は承知していたはずだ」


「ギルは替え玉と見抜くだろうか?」


 ヨハンにそう尋ねられてもマリウスはすぐには答えられなかった。


 アルヴィンを最初に見た時、マリウスは一目で別人とは見抜けなかったのは事実だ。しかしその立ち振る舞い、言動からおかしいと気づき、アルヴィンがさして隠すつもりも無かった事から、すぐにミロでは無いと分かった。


「分からんな。いずれにせよアルヴィンとハートリーの娘にも連絡を取り、注意するように言っておく」


「ああ」


 マリウスの言葉に首肯してから、ヨハンは続けた。


「ミロの正体がばれぬ事も重要だが、ギルがなぜこの期に及んで帝国学園に入学しようとしてるのか、その思惑だが……」


「答えはは明白だ」


 ヨハンの言葉を途中で遮り、マリウスは苛立たしげに答えた。


「ギルとその母アリシアの目的はルーシアだ。正確にはルーシア・シュトラウスに流れている前皇帝の血統だ」


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