「分かってるよ、ママ。俺を誰だと思ってるんだい、ギルフォード・ロンバルディ・ベンディットだぜ。そうだ、ベンディット。皇帝の血を引いているんだ。皇位継承者なんだぜ」
ウィルハム星系宇宙港へ向かう宇宙船。ギルフォードはその通信室で母であるアリシアと話をしていた。
「だから心配なのです!」
アリシアはぴしゃりと言い放った。
「お前は自分の身分も弁えず、あちらこちらで騒動ばかりを起こして。まったくロンバルディ侯爵家の恥さらしではありませんか。皇位継承どころかこれでは家の存続にも関わります。今回は私たちの言う通りにしていればいいのです。分かりましたね」
「はいはい、分かりました。分かりましたよ、ママ。要するにあれだよね、ルーシアを手込めにして将来、俺の嫁にすればいいわけだ」
冗談めかしてそう言うギルを、通信用ディスプレイの向こうからアリシアが叱責した。
「あの娘は今までの女とは訳が違います! 一つ判断を誤れば、あなた自身どころかロンバルディ家にも災厄が及びかねません!」
「ったく面倒くせえなあ、もう……」
通信回線の向こうにいる母に聞えぬよう、そう吐き捨ててからギルは続けた。
「そんなに心配する事は無いって、ママ。俺が皇帝になれば万事解決だぜ。前皇帝の血縁に頼る事なんて……」
「あなたはこちらの指示通りに動いていればいいのです。あとで兄上と協議の上、まだ連絡します。それまで余分な行動はとらぬように。分かりましたね」
ぴしゃりとそう言い放つアリシアにギルが反論しようとした時だ。通信用コンソールの脇でインターフォンが鳴ると乗員からの連絡があった。
「ギル殿下、まもなくウィルハム宇宙港へ到着です。帝国学園宇宙船ヴィクトリー校はすでに宇宙港へのアプローチに入っております」
インターフォンの声は通信機の向こう側にいるアリシアにも聞こえていた。
「それではしっかりと頼みますよ。ギルフォード」
そう言うやアリシアはギルの返答を待たずに通信を切ってしまった。
「……ふざけんな、クソババア!!」
通信が切れるや否や、ギルは怒声と共にアリシアが映っていたディスプレイを殴りつけ、そしてコンソールを何度も蹴り上げた。
「俺が皇帝の器じゃないと思ってるんだろうが、そうはいかねえ!! 俺は必ずや皇帝になってみせるさ。その為には前皇帝ヘルムートの孫娘ルーシアだって利用させて貰う。その時になって吠え面かくなよ! クソ野郎共!!」
◆ ◆ ◆
「今頃あの子は私たちの事を罵っているでしょうね」
数百光年彼方。リープストリームを介した通信は、とある惑星上のロンバルディ家の邸宅に繋がっていた。
リープ通信機で話していた母アリシアは、息子ギルの行動などお見通しであった。
「短慮で感情的。女性や地位、金の事となると見境が無い。一体誰に似たのでしょうね」
嘆息してそう言う。
「そりゃ皇帝陛下じゃないのかね」
妹の皮肉が通じないのか、兄であるロイド・ロンバルディ侯爵は肩をすくめてそう言った。
「何を言っていますの。兄上が放蕩三昧の生活を改めないから、一向に人心を得られず、他の貴族連中からギルフォードへの支援も望めない状態になってしまったのです」
邸宅の私用通信室から出ると、外の廊下には怪しげな彫刻や絵画、剥製、骨董品が、所狭しと並んでいる。
いずれもロンバルディ侯爵が高額で購入したものの、実際の価値は無いに等しい。騙されたようなものだが、目利きを自称する本人は一向にそれを認めない。
そればかりか、これらを更に高額で目下の貴族や裕福な市民に売りつけている。向こうも偽物、偽造品とは分かっていても、ロンバルディ侯爵相手となれば購入せざる得ない。
そうして得た金はさらに美術品、骨董品の買い付け資金や、飲み食い、ギャンブル、女遊びへ消えているのである。
これでは周囲から好感をもたれるはずも無い。
そのロイド・ロンバルディの妹アリシアが皇帝グレゴールの側室に入り得た子がギルフォード。
これが伯父ロイドに悪癖を受け継いだ上、さらに暴力沙汰が加わり、貴族の間ではすこぶる不評を買っている。
これでは皇子ギルとロンバルディ家に汲みして、皇位継承を競ってくれる有力貴族や富裕層市民がいるとは思えない。
「残念ですが、今の状況ではギルフォードは皇帝になれません。その器ではありません。そればかりか無理に推せば、我がロンバルディ一族の権威が失墜する事でしょう」
「大げさだな。アリシア。第一ギルを見限るのは早いんじゃないか?」
「第一皇位継承者のジル皇女、第二継承者ガイ皇子に、第三、第四継承者のシド皇子にラド皇子。今さらあのギルフォードがそんな有力候補に敵うとお考えですか。兄上?」
「そりゃやってみなきゃ分からない……」
自信が無いのだろう。ロイドの言葉は途中で消え入ってしまう。
「兄上はそう言ってカジノで何万
アリシアは兄をそう一喝した。
「私はもはやギルフォードには何も期待しておりません。残念ながら次期皇帝争いは勝負が見えておりますわ。だからこそ次のその次に賭けます」
「前皇帝ヘルムートの孫娘ルーシアか……」
ロイドは一つ嘆息してその名をつぶやく。廊下の奥にある応接室へ歩きながらアリシアは兄に向かって言った。
「クレリアが前皇帝ヘルムートの息子ヘルベルトと婚約していたというのは、皇帝陛下の後宮では公然の秘密。もちろんヘルムート譲位後、婚約は解消したと言いますが、クレリアが後宮を離れた後、再婚したとすればヘルベルトしかおりません」
「だからと言ってギルとルーシアを結婚させて、その子に次のそのまた次の皇位を継承させるなんて、そんな気の長い話……。ギルが納得するかね。あいつは皇帝になれないんだろう。それに前皇帝派が計画通り、我々に味方してくれるかどうか……」
「私はあれの母親ですよ。文句言わせません」
アリシアは兄の心配をそう切って捨てた。
「前皇帝派と一口に言いますが、彼等もいくもの派閥に分かれています。うまく利害が一致する派閥を見つければ良いのです」
「兄上、姉上」
ロイドとアリシアが向かう先にある部屋の前で、一人の身なり良い少年が待っていた。二人からはかなり歳が離れた弟のアンドリューである。
「ハリントン侯爵の使者が先程からお待ちです」
ギルから見れば彼も伯父ではあるが年齢はアンドリューの方が下だ。
「分かりました。フロマン伯爵の方にもよしなに伝えて下さい」
「承知しました」
アンドリューは姉に頭を垂れる。末弟と言う事も有り、ロンバルディ家はまるで召使いのように扱われているのだ。
「ギルフォードがうまく立ち回れるよう、出来るだけ手は尽くします。兄上の方からもお願いして下さい」
「ハリントンくんだろう? 苦手なんだよなあ、彼。結構堅物じゃないか」
「むしろ兄上はハリントン侯爵を見習って下さい! この後、学園長とも話をしなければなりません。余り時間を割くわけにもいきませんのよ」
そんな事を言い合いながら兄妹は応接室へ入っていった。アンドリューは閉じられた応接室のドアをしばしの間、無言で見つめていたが、やがて吐き捨てるように言った。
「……あいつらでは駄目だ。このままではロンバルディ家を潰してしまうぞ」