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04-09:「タヌキめ……!」

「私がシュトラウス王朝最後の皇帝ヘルムート陛下のお孫さんと結婚すれば、つまらない諍いなど無くなるでしょう。もちろん前皇帝陛下を支持する皆さんにもそれは理解していただけると思います」


「……大変な事をしてくれたわね、この不良皇子」


 憮然とした顔でカスガは自治会長室の壁面に映るディスプレイを見つめていた。そこに映るのは言うまでもなくギルとインタビュアーである。


「ギル皇子がこういうからにはヘルムート前皇帝の孫娘はやはりこの学園内にいるんでしょうね」


 白々しくそう言うキースをカスガは横目で睨み付けた。


「前皇帝の息子さんとシュライデン家の女性が婚約していたという噂は聞いてるわ。でもその女性が誰なのかは分からない」


「グレゴール陛下は側室一人に付き一度の出産しか認めていないと聞きます。もしもミロも皇子ならば、妹はグレゴール陛下の娘ではないはずですよね。なにしろヘルムート譲位まで日和っていたシュライデン家だ。そういう事をしていてもおかしくない」


 妙に食いつきの良いアーシュラに、カスガは厳しい顔つきになった。


「アーシュラ……! 貴女がこういう事に興味があるとは思わなかったわ」


「……いえ、ちょっと気になったもので」


 カスガの剣幕に少し狼狽えたアーシュラに、キースが助け船を出してやった。


「当然ですよ、カスガ会長。なにしろ僕やアーシュラの家は、次期皇帝争いで誰を支持するのか決めていないんです。誰に付くかは重要な判断です」


 平静を装っているつもりだろうが、キースの口調からは今まで感じなかった余裕が受け取れた。


 なるほど、そういう事なのね……。カスガは一瞬、唇を噛んでから続けた。


「それは私のミナモト家も同じよ。いずれにせよ誰を担ぐかなんて、私たちが決める事では無いわ」


 そう言うとカスガは座っていた自治会長の椅子から立ち上がった。


「しかし会長。次の皇帝に仕えるのは親の世代ではありません。僕たちです。事実、僕も父から自分で選べと……」


「キース・ハリントン!」


「はい!」


 出し抜けにフルネームを呼ばれてキースは思わず直立不動の姿勢を取ってしまった。そんなキースにカスガは厳しい顔つきのままで言った。


「余計な事は言わない方がいいわよ。場合によっては私も対応せざる得なくなるわ」


 ギルのインタビュー番組放送のタイミングと今の二人の食いつき振り。カスガはほぼ状況を察したようだ。


「……それでカスガ。どうしますか?」


 おそるおそる尋ねるアーシュラに、カスガはいつもの柔和だがとらえどころの無い笑みを取り戻した。


「あら、何をどうすると言うの? ギル皇子は転入してきたばかりだし、殿下が誰と結婚しようと、帝国学園宇宙船ヴィクトリー校全校自治会としてはまったく無関係よ」


 そしてカスガは黒髪を揺らせて自治会役員室から出て行ってしまった。


「タヌキめ……!」


 閉まったドアに向かってキースは口の中で悪態をついた。そんなキースにアーシュラが小声で囁く。


「どちらに付くか決めかねてる。引っ張り込めればこちらのものだ」


「……本当にそうかな?」


 キースはそう答えたがアーシュラは無視した。部屋に残っているのは他にアマンダとグレタの二人。


 グレタはいつものように経理に没頭していたが、アマンダの様子がいつもと違う事には気付かなかった。アマンダは食い入るようにディスプレイに映るギルのインタビュー番組を見つめていたのだ。


「ええ、もちろんですよ。ヘルムート陛下のお孫さんを政争の道具にするなんて事はあってはなりません。その為に私が結婚するんです」


 相手の顔や素性を知らないのに、政治的な目的のために結婚する。それにも関わらず政争の道具にはしないと、ギルはおよそ矛盾した事を平然とした顔で言ってのけた。予め示し合わせていたのだろう。インタビュアーも笑いながら相づちを打つだけで、その点を指摘しようとはしない。


 政争の道具、政争の道具……。


 アマンダの脳裏では幾度もその言葉が繰り返されていた。


 あの人も、私と同じなんだ……。


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