「まったく、余計な手間を掛けさせてくれたわね。あの皇子さま!」
ギルの入寮手続きと私物の搬入作業も終了。
カスガたちはギルの寮を後にした。そのまま学園宇宙船内を縦横に結んでいるシャトルバスの停留所へ向かう。
まだ腹に据えかねているのか、カスガはその道すがらもぶつくさと文句を繰り返していた。
「ここは帝国学園よ。そもそも皇族はこの学園に入るよう、奨励されているのだから、素直にこちらの言う事を聞けばいいのよ」
そんなカスガの後から付いてくるキースとアーシュラは辟易とした顔を見合わせた。
「……ところでカスガ。最近、ミロはどうしている?」
カスガの文句が途切れたのを見計らいアーシュラはそう声を掛けた。
しかし余りに唐突にミロの名を出した事に、横で聞いていたキースは表情を強張らせた。
「ミロ? 彼がどうかした? 普通に授業も執行部員の仕事もこなしているわ。明日からの全校休日には宇宙港への外出願いが出ていたけど、スカーレットさんとデートじゃないかしら。彼女からも外出願いが提出されていたし」
ギルが学園に来てから、ミロの言動に変化が生じてないか。アーシュラは探りを入れたつもりだったが、その意図を知ってか知らずか、カスガにはさらりと躱されてしまった。
キースやアーシュラはミロが本当に皇位継承権を持つ皇子なのかどうか、未だに確証は持っていない。ギルに聞いてもはぐらかされるだけ。ひょっとしてギルにも確証は無いのではと思い始めていたのだ。
「皇子の件をミロがどう考えてるのか、少し興味がありましてね」
こうなったら仕方が無い。アーシュラがミロの名を出した時には慌てたキースだが、開き直ってストレートに尋ねてみた。
「この前も言ったでしょう? 余計な事に首を突っ込まない方がいいわ」
停留所に着くとカスガは足を止め、キースとアーシュラの方へ振り返り言った。
「学生ごときが中途半端な興味で皇位継承権争いに関わらない事ね。将来の身の振り方ならば、次の皇帝が決まった時に考えればいい……」
カスガのその言葉を遮りアーシュラは言った。
「我々は汎銀河帝国成立以来の名家ミナモト公爵家とは違うのです。一族繁栄の為には……」
しかしカスガもアーシュラの言葉を最後まで言わせなかった。今まで見せた事の無い鋭い視線でアーシュラと、そしてキースを見据えて言った。
「迂闊な真似をすれば……、死ぬわよ。あなた達」
語気を荒らげるわけもなく、淡々とただ事実を述べるだけ。
しかしカスガのその言葉にアーシュラとキースは圧倒され黙り込むしか無かった。そんな二人に向かってカスガは続けた。
「ギル皇子があれだけの武器を持ち込んだのは伊達や酔狂じゃないわ。ボンクラ皇子はボンクラなりに自分の身に危険が及ぶ事を覚悟しているのよ。あなた達にそれだけの覚悟があるとは到底思えないわ」
「し、しかしそう言うカスガも……」
我に返って反論しようとしたアーシュラだが、カスガはアンニュイな笑みで、それを躱してしまった。
「ええ、ないわ。そんな覚悟。私はまだ死にたくないもの。私自身の為にも、そしてミナモト公爵家の為にも、まだまだやりたい事、やらなければならない事が残ってるわ。あんなボンクラ皇子と心中なんてまっぴらね」
カスガのその言葉にキースとアーシュラは無言で顔を見合わせるだけだった。その時、自動運転のシャトルバスが停留所に着いた。
乗り込もうとする段になって、ようやくカスガは彼女の姿が無い事に気付いた。
小柄でいつもみんなの後を着いてくる。それほど積極的に話しかけてくる性格とも言えない。だから今もキースやアーシュラの後に隠れて、会話にも加わらないと思っていたのだ。
「アマンダはどうしたの?」
振り返り尋ねるカスガにアーシュラは答えた。
「ちょっと忘れ物があると、ギル皇子の寮に戻りました」
嘘では無い。少なくともアーシュラはアマンダの真意を知らないし、疑う理由も無かった。
しかしカスガは何か思い当たる節があるのか、バスに向かいかけた足を止めた。
「それにしては遅いわね」
「心配ですか?」
キースがそう尋ねるが、カスガは答えない。代わりにアーシュラが笑って見せた。
「ギル皇子は大層な女好きと聞いていますが、アマンダに手を出すような真似はしないでしょう」
ギルはカスガを構うことはあっても、アーシュラにはまったく興味を示さなかった。ましてや自分より小柄で、まだ幼い雰囲気のあるアマンダに手を出すとは、アーシュラも思っていなかった。
実際、搬入作業の間、ギルはアマンダを歯牙にも掛けていなかったはずだ。
「そうだけどいいんだけどね。アマンダは……」
カスガがそう言いかけた時だ。停まっているシャトルバスの乗客が痺れを切らして声を掛けてきた。
「会長さん、役員さん。乗るのかよ、どうするんだ?」
「ごめんなさい、乗るわ。行きましょう。キース、アーシュラ。きっと、気にしすぎね」
カスガのその言葉の真意が分からず、キースとアーシュラは共に首を傾げ、そのままバスへ乗り込んだ。