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第21話 安心感


その夜、佐藤有咲はよく眠れず、夢で何度も目を覚ましたせいか、目覚めた時にはすっかり疲れが顔に表れていた。


いつものように、洗濯機で脱水した洗濯物をベランダに干そうとしたその時——


ベランダの様子がすっかり変わっていることに気づいた。


新品の長いステンレス製の物干し竿が設置されていて、これならすべての洗濯物が一度に干せそうだ。


それだけでなく、以前は何もなかったベランダに、今はさまざまな鉢植えがずらりと並んでいた。


花が咲いているものや、まだ蕾のもの、花びらが重なり合い、整然とした美しさを放っている。


思わずその花々に心を奪われてしまう。


洗濯物を干し終えた後、昨日買った花台を組み立て、鉢をひとつずつ並べ始めた。


夢中で作業をしていると、ふと誰かの視線を感じる。


顔を上げると、佐藤司の鋭い黒い瞳と目が合った。


結婚して数日、彼のこうした冷たい雰囲気にはだいぶ慣れてきた。


「おはようございます」と声をかけ、素直に褒めた。「この花、すごく素敵ですね。本当に頼りになります。」頼んだことを、いつもきちんとやってくれる。


佐藤司は低い声で言った。

「これから何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってください。」


有咲にとっては大きなことでも、彼にとってはたいしたことではないのかもしれない。


「はい。」と返事をし、再び花の世話に戻った。

「どこのお店で買ったんですか?どれも元気そうですね。」


「何軒か回ったから、どこかは覚えていない。」司は表情を変えずに答えた。


「そうですか。」それ以上は聞かず、結果が良ければそれで十分だった。


「今日の朝ごはんは?」と彼がふいに尋ねた。


その時になって有咲は時間を見て、もう7時を過ぎていることに気づいた。

「あっ、忘れてた!先に身支度してください。すぐに買いに行きます。何が食べたいですか?」


「何でもいいよ。おまかせする。」

司の声は淡々としていた。普段食べているようなものを頼めば、すぐに彼の素性が分かってしまうと思ったのだ。


「わかりました。」と手早く準備し、朝食を買って戻ってきた。


テーブルに朝食を並べ、自分の分をさっと食べ終えると、またベランダで花の世話を始めた。


「有咲。」


「うん?」と返事をしつつ、手は止めない。


「お姉ちゃんさんのこと、あまり心配しなくていいよ。」


司は彼女の横顔を見つめながら、花をいじる様子は集中しているようでも、その目元の疲れは見逃せなかった。


「昨日の車は、うちの会社の大事なお客さんのものだった。夜に思い出して高橋さんに連絡したら、修理代は数万円程度らしい。」


「どうしてそれが分かったんですか?お姉ちゃんちゃんは相手の名前も知らなくて、背が高くて顔に傷のある怖い人だったって言ってた。陽も怖がって泣いちゃったって。」


「昨日の午前、高橋さんが会社に来たんだ。俺が対応したときに車に傷があったから、つい聞いてみた。そしたら子ども連れの女性がベビーカーで傷をつけたって言ってた。昨日の夜、君から話を聞いて、たぶん同じだと思って確認した。名前は山本桐子さんで間違いないとのこと。すでに連絡先も聞いてあって、修理が終わったら改めて支払いの連絡をするって。」


有咲は最後の鉢を台に置き、立ち上がった。

「本当に偶然ですね。高橋さんは本当に修理代は数万円って?」


「そう言っていたよ。」


有咲の張りつめていた気持ちが、ようやくほぐれた。

「それなら安心です。ありがとうございます。」


お姉ちゃん妹の不安もようやく消え、外の陽射しまで明るく感じられた。


そして、これまで感じたことのなかった安心感が静かに胸に広がった——。

この形だけの夫婦生活の中で、まだお互い知らないことだらけだけれど、困った時にはちゃんと助けてくれる。

初めて、背中を預けられる人がいるような気がした。


「礼なんていらないよ。」

彼女の表情が和らいだのを見て、司の心にもわずかな安堵がよぎった。


その時、有咲のスマートフォンが鳴った。

芦田桐子からだった。


有咲はすぐに電話に出た。

「お姉ちゃんちゃん、ちょうど連絡しようと思ってた!旦那が調べてくれて、その車の持ち主は会社のお客さんだったの。修理代は数十万円くらいって。お金、大丈夫?」


電話の向こうから聞こえる桐子の声は、安堵と疲れが入り混じっていた。


もし仕事をしていた頃なら、これくらいの金額はどうにでもなったが、今は収入もなく、夫には「また問題を起こして」と責められ、一銭も出してもらえない。昨夜は一睡もできなかった。


「数十万円なら……何とかなるよ。普段あなたに言われてこっそり貯めていた生活費で足りそう。」

桐子はほっとした様子で、「こっちからも連絡しようと思ってたの。車の持ち主から夜中の2時ごろにメッセージが来て、口座番号を教えられて、9万円振り込んでほしいって。朝見てすぐ連絡したの、心配かけたくなかったから。」


「9万円?」

有咲は少し驚いた。


「高橋さん、全部払わせるつもりはなかったみたい。」

桐子の声には心なしか温かみが戻っていた。きっと有咲や、会ったこともない佐藤のおかげだろう。


自分が困った時、夫はただ「また問題を起こした」と責めるだけで、「これは君の問題だ、うちは割り勘なんだから絶対に出さない」と言い放った。

どうにか自分で解決するしかなかった。


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